おいしいごはんであやかしが釣られるそうです!
【 まえがき 】
■ごはんに釣られたあやかしとフリーターな女の子のなんやかんや
■あやかし関わる現代風ファンタジーになります
2016.05.08
日が沈みきり、月が顔を出したはいいが雲のお陰で翳る空のした、バイト先からの帰路に着いた貴田レイコは「ふごっ!?」と変な声を上げた。
アパートの駐車場に小動物を見たからだ。それも、犬でも猫でもなく――狐である。
「狐っ? えっ、なんでこんなところにっ……?」
困惑しつつもおそるおそる近づき、伏せる狐の正面へと屈む。レイコはスカートよりパンツスタイルが多く、いまも動きやすい薄手のパンツであるので屈むことをいとわない。
どうやら死体ではなくちゃんと生きているようで、レイコを見ると「にゅ」と小さく鳴いた。
「どうしましたか~?」と声をかけるが、それ以上の返事はない。目の前の狐は「腹が減った」と言いたげにレイコを見つめるだけだ。
「お腹がすいただけ? 怪我はしてないのかな……? 少し失礼して……」
ひょいと狐を抱き上げ、顔やお腹、前足、後ろ足、背中を確認し、怪我がないことにほっとする。
「どうやら君はお腹がすいているだけのようだね~」
「よかった、よかった」とレイコは狐をそのままに笑み、狐は「にゃ」と力なく鳴く。
「うーん……、狐がなにを食べるのかは解らないけど……、このままにはしておけないしなあ……」
あ、朝の味噌汁が残ってたっけと思い出したレイコは「怪我がないならうちにどうぞ」と、狐とともにその場をあとにした。アパート三階、一番奥の1Kへと。
□
部屋に入るやいなや、レイコは狐を下ろして少し待つように言う。先に室内に上がり、肩にかけていたトートバッグや上着を脱いで脇に置き、クッションの下敷きになっていた座布団を手に戻ってきた。
「春先といえども地面は冷たかったねー。この上に乗ってくれるかな、運んでいくから」
言葉を理解したのかなんなのか、狐は座布団の上に飛び乗った。「ぐにゃ」と鳴いて、座布団の感触を確かめるようにぺちぺち叩く。
「おりこうさんですねー」
よいしょと狐ごと座布団をリビングに運び、「じゃあ、ごはんにしましょうか」と廊下に備え付けられたキッチンに向かっていった。ドアが閉まる音が小さく響いたのち、狐は眩しそうに目を細め、伏せの姿勢でおとなしくしている。
数分後、音が止んでドアが開けば、お盆の上にはスープ皿が載せられていた。「いまはこれしかないのですが」と申し訳なさそうに狐の前に置かれたのは『ねこまんま』だ。保温のほかほかごはんの上に、コンロで温めた合わせ味噌汁をかけた代物。豆腐、わかめ、油揚げという具材は、レイコの一番の好みである。
起き上がって匂いを嗅いだ狐は目を輝かせてねこまんまにかぶりつく。「にゃぅ」「にゃぅ」と喜んだように鳴きつつ。
「犬も猫もかわいいけど、狐もかわいいなあ」
狐を眺めるレイコはうんうんと頷いて、テレビをつけた。レイコ自身はコンビニで買ったホットスナックを食べたばかりなので、夕飯はもう少しあとになる。テーブルに頬をつきながら流れるニュースを眺めていれば、足元に狐がやってきた。
「あ、食べ終わった?」
「はいはい」と席を立って、空になったスープ皿に目を遣れば、狐が「にゃ」と頭を下げたように見える。見間違えか、気のせいかも解らないが、この狐は礼儀正しいようだ。「おいしかったならよかったです」と笑みを浮かべ、皿を下げたレイコはふたたびキッチンへと消えていく。狐は座布団ヘと戻り、体を丸めてあくびをこぼした。
レイコの夕飯もねこまんまであり、掻き込む間に狐は寝てしまったらしい。くぴくぴ寝息を立てる姿は、なんとも言えないくらいにかわいらしい。
起こさないように片付けとシャワーを済ませ、布団を敷いてからがレイコの本領発揮であった。布団の上でゴロゴロしながらテレビや携帯を眺めたり、スナック菓子をつまみながら雑誌を読む。この時間が至福なのだと頬が緩むまま寝る時間を迎えていた。
雑誌やスナック菓子を片付け、携帯を充電器にセットし、歯磨きをして布団に潜る。狐はいまだに寝ているようで、電気を消しつつ「おやすみなさい」と小さく紡ぐ。
「にゃぅ」と返ってきた鳴き声は、寝入るレイコには届かなかった。
□
「んー……」と眠気覚ましに躯を伸ばしたレイコは「おはようございます」と狐を見遣る。――が、姿はなく、「狐さんっ!?」と慌てて探索を開始する。トイレや風呂場を覗いたが、狐のきの字も見当たらない。ドアを閉めたので、この部屋からは出られないというのにどこにいってしまったというのか。
そこでレイコははたと気づく。この町は【そういう】町であったと――。つまり狐は狐だが、あの狐は【普通の狐】ではなかったのだ。【あやかし】賑わうこの町のことだ、狐は【妖狐】の類いに違いない。
「なら大丈夫、だよね」
自分の手は必要ないだろうと考えを改めたレイコは洗顔と歯磨きに取りかかった。さっぱりしたあと、部屋着に着替えた姿でテレビを眺めていれば、インターホンが鳴り響く。
誰だろうかと確認するモニターに映るのは、飴色の髪をした美青年と形容するにふさわしい男だ。その男は「飴沢と申します」と名乗り、「隣に越してきたので、ご挨拶を」と宣った。
急いで通話に切り替え、「あ、はい、いま出ますので」と通話を終える。玄関ドアを開けたレイコに笑みが向けられ、「これからお世話になります。こちら、引っ越しそばです」と買い物袋ごと包みが渡された。
「わざわざありがとうございます」と受け取ったレイコは包みを玄関脇――下駄箱の上に置き、「なにかあったら遠慮なく言ってくださいね」と笑みを浮かべる。
「では、さっそくですが……」
こほんとひとつ咳を払った飴沢は、とたんに真摯な目になった。穏やかな空気が揺れ、どこか雄々しく艶かしい。
「――どうか私に、毎日味噌汁を作ってほしい」
「……………………はい?」
たっぷり数十秒の沈黙のあと、レイコは首を傾げた。なにを言われたのか理解できずに。
□
飴沢コンという名の男は、レイコの思惑通り【妖狐】らしい。昨日は晩飯の食材を買いにいこうとしたが、あまりの空腹に堪えかねて【狐】の姿――省エネという形をとったようだ。
とりあえずと案内したリビングで、正座したままの飴沢の話にレイコは「はあ……」と気のない相槌を打っていた。たとえ【あやかし】賑わう町だとしても、レイコ自身は【あやかし】と関わったこともなく平和に過ごしてきた手前、どうしていいかが解らない。シュシュでポニーテールにした髪の残り、垂れる横髪を弄ってはどうしたらいいのかと考えていた。
「レイコさんのねこまんま、本当においしかったです」
「ただのねこまんまですよ……」
飴沢はレイコのねこまんまにいたく感動したようである。たしかにレイコは料理をすることは好きだが、人並み以上というわけではない。自分が食べておいしいと思えばそれでいいというスタンスで、毎回料理に取りかかっている。
「私も炊事をしているのですが、レイコさんの料理には遠く及びません」
「わたしも初めは焦がしたり、吹きこぼしたりもしましたが、少しずつできるようになっていったので、飴沢さんもできるようになりますよ、きっと」
飴沢の長くきれいな指には傷ひとつないではないか、という言葉は飲み込む。料理用に手袋をしているかもしれないし、飴沢がどういう仕事をしているのかは解らないが、職業柄というものもあるかもしれないと思い至ったからだ。
「図々しいお願いかも解りませんが、レイコさんに料理を教えてほしいのです」
「わたしに、ですか……? わたしよりも、もっとうまい人に教わった方がいいと思うんですが」
「いえ、私がレイコさんに教わりたいんです。先ほどはわけの解らないことを言ってしまって申し訳ありません」
「気にしていませんよ」
頭を下げた飴沢に顔を上げるように言う。レイコの笑みにパニックに陥った飴沢は「――どうか私に、毎日味噌汁を作ってほしい」と口走ってしまったらしい。その件については最初に謝られたので、レイコはそれほど気にしていなかった。
下げたと同時に飴沢の頭からはキツネミミが生え、背中越しには立派なしっぽが見える。やはり飴沢は【妖狐】に他ならないようだ。
かわいいと思ってしまったが最後だろう。レイコは心中でしかたがないなとごちて、ため息を吐いた。緊張が解けたように。
「飴沢さんがわたしがいいと言うのなら、頑張ってみます」
「よろしいのですか……?」
今度は飴沢が目を丸める番だった。その言葉にレイコは小さく頷いて、「料理のレパートリーを増やすいい機会ですし」と胸の前でふたつの拳を作った。やる気があるとでも言いたげに。
「改めてよろしくお願いしますね、飴沢さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にこりと笑んだ飴沢は、レイコに気づかれないように背中に腕を回してガッツポーズをした。
□
引っ越しの前、物件探しのときから【妖狐】には気になる女の子がいた。昔々、【妖狐】はその子に命を救われたのだ。といっても、その子は小さすぎてなにも覚えてはいないだろう。
そのとき、【妖狐】は公園のベンチの陰に伏せていた。もう動けないと。【あやかし】賑わう町に来たころは、まだ人型を保つほどにはいかなかった。何度も何度も練習を繰り返し、そして何度も腹を空かせた。いまと同じように。休めば多少はましになるが、直前ではなにもする気が起きない。
「おにゃかしゅいてりゅなら、こりぇあげゆ!」
女の子の声が聞こえたかと思えば、ドーナツが鼻先に押しつけられた。「おにゃかいっぱい! あげゆ~!」とぐいぐい押しつけられる間、【妖狐】は考える。つまり、この子は満腹なのかと。傍らに立つ親たちも「よろしければ、どうぞ」と笑顔だ。
母だろう女性が「お手伝いしていっぱい作ったんですよー」と女の子の頭を撫で、父であろう男性が「【あやかし】さんはいつもここで練習していますよね。お疲れ様です」と言いながら、こちらも【狐】の背中を撫でた。男は続ける。「天気がいい日はお弁当とおやつを持ってピクニックをしているんです」と。この親子は【あやかし】に警戒心がないようだ。ならばこちらも、警戒心を取り払わなければ。
ありがとうと伝えるために「にゃう」と鳴き、ドーナツをくわえたらば、女の子は笑みを浮かべた。「いっぱいあゆから、いっぱい食べゆのー」と。
その一瞬で、【妖狐】は彼女に落ちていたのだ。【あやかし】の情報網で彼女の情報を集める度に早く近くに行きたいと焦がれたが、しかし、彼女に似合う男になるのだと【妖狐】は奮闘した――。
そして、眺めていただけの彼女と出会う。アパートの駐車場で。「ふごっ!?」という驚いたであろう声とともに。
偶然を装いながら、ようやく。
(了)
【 あとがき 】
最後までお付き合いありがとうございました。
布団のなかで浮かんだネタを形にしてみましたー!
淡い恋?のお話。
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 : 2016/05/06 - 執筆終了 : 2016/05/08




