退路遮断
朝のホームルームを終え、みんな授業の準備を始める
「ねぇ、泊君・・・・・最近調子変だけど、どうかしたの?」
美奈は弘忠に声を掛けた。美奈は手になにも所持せず、ただただ弘忠を気にしている。弘忠の顔色でも伺うようにじっと見詰めていた。
「え・・・・え、いやそんなことないよ」
いきなり声を掛けられたせいで、弘忠は動揺した。美奈は不思議そうに弘忠の顔を眺め、自分の髪の毛をいじり始めた。
「ふぅ〜ん、そう?絶対なにかあったでしょ?」
美奈は手を体の後ろで組んだ。そして首を横にかしげ、目を瞬きさせる。その目は妙に光が反射し、悲しそうな目になっている。
「・・・・・別に・・・・・」
(お前が高田に話しかけていることに毎日嫉妬していたからなんて言えるわけねぇだろ)
弘忠は視線を美奈から逸らし、自分のカバンから授業道具を取り出そうとした。
「そう・・・・・じゃあね」
美奈は自分の席にもどり、教科書とA4ノートをカバンから取り出した。それを机の上に置いた後、悲しげの表情のまま、女友達の所へ駆け寄った。
「ふぅ〜」
弘忠は美奈と話ができたことに安堵感が生まれた。しかし、美奈が清志に近づく場面が頭の中を横切り、いままでの安堵感が一瞬にして消去された。弘忠はなんとなくうつぶせた・・・・3分ぐらいしたら上から声が聞こえた。
「お〜い、どうした〜。なんで今日の朝っぱらから死んでんの〜」
体を起こして見上げると清志がつっ立ていた。同時に蛍光灯の光が目に入り込み、手をかざす。
「んなもんどうでもいいだろ?」
自分を不快にさせた元凶が笑顔で話しかけてくる。とはいえ清志に対して「どっかいけ」などと言えば、なにかあったと相手に考えさせてしまう。怒りを堪えて弘忠は返事をした。
「だっていつも朝は英語の課題なんかやってるじゃん」
清志は笑顔のまま弘忠を眺める。その笑顔には、君の考えは全てお見通し、という意味が込められているようだった。
「昨日終わらせたよ・・・・」
(本当にムカつくやつだ・・・・俺の行動を観察してんじゃねぇよ)
「そう・・・・・・それで?私が聞きたいのはそのことではありませんけど?」
清志は即答した。弘忠から別の答えを催促しようとした。弘忠は何言っているのかわからないまま怒鳴った。
「はぁ!?」
「中村と話して楽しかったか聞いてんの!」
清志は顔を近づけ、見開いた目を弘忠に向ける。どうやら最初の質問は「なにかあったの?」という意味だったらしい。口調はだんだん厳しくなってくる。清志は手を後ろに組んだ。美奈に続いて清志までが似たような質問をする。しかし清志は美奈と違って、質問されたらしらばっくれることはできない。なぜならその時の目が恐ろしいからだ。
弘忠は慌てふためいて、口調が乱れた。
「別に・・・・・楽しくねぇよ」
「あ・・・・楽しかったんだ。ほぉ〜、よかったじゃん」
清志はニヤニヤしたまま弘忠の向かいにある机の上に座った。そして話を続けようという意思表示で、弘忠をじっと見下ろした。
「はぁ!?なんでそうなんだよ!」
その答えを待ってましたと言わんばかりに清志が挑発的な口調で即答する。清志の唇の周りにしわが入った。
「好きなんでしょ?中村美奈が」
「んなわけねぇだろ!だいたいなんでそうなるんだよ」
弘忠は席を立ち、机を叩き強がって答えたが、それが本心を表している。
「ん〜とねぇ。まぁなんとなくかな?でも泊が中村をしょっちゅう見ていたし、実際に今日の朝ね。あ、そうそう。一昨日もなんか俺に嫉妬してたね」
清志は口元を引き締めながら笑う。
弘忠はまた怒りが溜まった。毎日の行動が隠しカメラに捕らえられているように、清志に毎日の行動を観察されている。清志の監視下にあるようで、すごく不快だった。
「そんぐらいで決め付けんな!だいたいお前も人の行動を観察してんじゃねぇよ」
弘忠はうっかりと教室にひびく大声で叫んだ。教室は一瞬静まり、3秒ほどしてから弘忠は周囲の状況を把握した。
「じゃあ、そういうことでいいや、心配すんな、わしが中村にお前の本心伝えてやっから」
清志は弘忠の怒鳴り声を恐れず、平然とした顔でそう言った。これは清志の特性でもある。相手が自分より立場が上であろうと、自分が正しいと思ったことは堂々と言う。そして立場が同じものであれば、相手に対して気に掛けず、相手が自分を見失ったとしても平然な顔のままでいるのだ。
清志は机から下りて、中村のいる女子集団の方へ向かった。清志は言うことは本当に実行する。だからこそ弘忠はあせった。
「わかった、本当のこと言うから待て!」
弘忠は席を離れ、清志の肩を摑んで言った。
「好きなの?」
確認口調で清志は聞いた?そしてその時の清志の顔はいつもの顔で、目は優しい目に変化
していた。
「・・・・・・うん、好きだよ・・・」
弘忠は自分の席に戻りながら答えた。清志は改めて弘忠の方を向き、笑った顔でこう言った。
「ほぉ、そうかそうか。じゃあ恋愛関係をがんばって作れよ。お前ならできるんだから」
弘忠にとってこの答えは意外だった。美奈は本当に稀に見る美人だ。それでいておしとやかで優しく、頭もそこそこいい。
「え?お前、好きじゃないの?応援してくれんの?」
弘忠は驚きを隠せないままそう言った。
「うん、別にわしは女子に興味ないし、自分の恋愛よりお前の恋愛が成功して欲しいから。泊と中村は・・・・なんかいい関係を築けそうだしね」
この言葉に弘忠は2重の驚きがあった。自分の恋愛より他人の恋愛を心配する人など初めて聞いた。
「好きじゃなかったんだ」
「そうだよ、俺が中村のことが好きとでも思ってたの?」
清志は笑顔で答えた。弘忠は驚きと安心の2つが心の中で混じった。弘忠は驚きのせいで清志の言葉から情報を分析できていなかった。清志はそう言ったあと自分の席に戻った。弘忠は清志への見る目が一変した。
(意外にいいやつだな)
自己中心的に、安直に考えてしまう・・・・・・・
このとき、国際情勢に動きがあった。
北朝鮮、韓国と軍事同盟締結。




