芽の話 その1
むかしむかしある所に、小さな小さな芽がありました。
その芽に名前はありません。
誰もその名前を知らず、どう成長するか分かりませんでした。
何も無い場所にポツンと咲いたそれは、一人でも力強く凜と背を伸ばして生きています。
不思議な不思議な小さな芽。
通りかかった優しい少女が芽にジョウロで水をあげました。
「とっても小さな可愛い子。ニコニコ可愛らしく育ってね。」
ある晴れた日に、旅人は持っていた水筒の水をあげました。
「一人でも負けずに、志強く生きていくんだよ。」
悲しみにくれた儚き人はその涙で芽を濡らしました。
「私のみたいに後悔しないよう、真っ直ぐ天だけを見ていなさいね。」
ニョキニョキ
小さな小さな芽はすくすく成長していきます。
ニョキニョキ
空に向かって高く、沢山の葉を茂らせながら伸びていきます。
大きな器材を運びながら豪胆な男は言います。
「やっぱり元気な事が一番だ。健康に健やかに育て。」
ある雨の日に、雨除けを作ってくれた少年が言います。
「ふとした優しさを与えたり与えられたりする、そんな存在になれますように。」
風に飛ばされてきた糸くずを払いながら老人は言いました。
「可憐な花を咲かせて人々の心を癒す、そんな美しさを持った子に。」
ニョキニョキ
小さかった芽は沢山の思いを栄養に、すくすく成長していきます。
ニョキニョキ
いつしかそれは、天辺に小さな花のつぼみを実らせました。
空の色より少し淡い、綺麗な水色をしたつぼみはきっと素敵な花を咲かせることでしょう。
名も無き小さな芽は、今や輝く未来を待ったつぼみに。