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女友達

「自己紹介が遅れました。私は三年の網掛といいます」


 彼女は外見と違い非常に丁寧な挨拶をした。僕はほとんど気圧されるように「新聞部の遠方です」、と言った。この五人目はどうにも僕の苦手なタイプだった。


「ときに遠方君はメールとか使う?」

「そりゃ、使いますよ」


 いまどきの高校生たるものメールなどは当然の嗜みである。多少、流行に乗り遅れるきらいがあるはいえ、僕も最低限度は使いこなしている。


「相手が見えないのに不安にならない?」


 オレンジメッシュの入った髪をくるくるとねじりながら網掛先輩が意地悪な声を出す。


「別に。知らない番号とかからじゃなければ不安になりません」

「じゃー、危ないかもね」




 高校生の夏休みはいいものだ。


 朝早くから起きてラジオ体操に出かける必要もなければ、絵日記をつける必要もない。何よりもいいのは中学の時は行けなかった隣市の夏祭りにも友達とだけで遊びに行けることだ。私の住む四乃山市のような田舎町では花火が盛大に打ちあがるような夏祭りは行われないが、隣市にはそういう大きな夏祭りもあるのである。


 仲の良い女友達五人と浴衣に身を包んで、夏祭りを闊歩する。


 今から考えるだけで、楽しみで堪らない。一つ、悔しいことは私を除いた四人は新しい浴衣だということだ。私は祖母からいただいた大変古臭い柄の浴衣があるため新しいものを購入することにお許しが出なかった。おかげで私は昨日、皆が着物を買いに行っているというのに一人で家でゴロゴロしていたのである。


「ヨーコ! いつまで寝てるの。今日はいい天気なんだから布団干したいんだけど」


 布団のなかで今日の夜に迫った夏祭りに胸を踊らせていると、母の声が上から降ってきた。掛け布団をめくると母が鬼の形相で立っていた。まったく、無粋な母である。


「あと、一時間だけー」


 私は出来るだけ甘えたな声を上げて再び布団に潜り込んだ。


「馬鹿言ってんじゃないわよ!」


 私の布団を掴んだ母は強引に布団を持ち上げる。私の体は強引に布団から追い出され、畳の上に転がった。古いい草の枯れた香りが私の鼻腔を刺激する。この家も四乃山市と同じで古いだけでなんの面白さに欠ける旧時代の遺物である。


 築二百年程になる我が家はオール和室のふすま仕様である。鍵のついた部屋は蔵くらいで、プライベートルームなどというものは夢のまた夢である。どうして、こんな古いだけの家に生まれついてしまったのか。私は自分の生まれを呪った。


 それに比べて、同じ四乃山市に住むにしても新興住宅地に住むミホやカナは優雅なものである。三階建てのベランダ付き。部屋はすべてフローリングで床暖房完備。部屋ごとの鍵なんて当たり前で、プライベートを無視して作られている我が家とは雲泥の差である。


「姉ちゃん、いい加減に起きなよ。朝ごはんで来てるよ」


 畳にあられもない姿で寝転ぶ私に優しい手を差し伸べてくれたのは。弟のコータだった。ラジオ体操から帰ったところなのだろう。少し汗ばんだ顔で私のことを心配そうに見ている。まったく弟が姉を心配するとは礼儀を知らぬやつである。


 私はコータのおでこにデコピンを食らわすと、「よし、あさげにあないせい」と言った。コータは「いてて、姉ちゃんはすぐにテレビに影響されるんだから」、と文句をたれていたが私を茶の間に案内した。


「昨日の時代劇面白かったね」

「姉ちゃんは時代劇よりもなんとかっていう俳優に見とれてただけじゃないか」

「そうだっけ? ほら、イタチなんとかの役をしてた人も良かったし」


 コータはわざとらしく人差し指を揺らすと「イタチじゃないよ。伊達政宗。姉ちゃんはホントに僕と同じ時代劇みてたの?」、と笑った。人の間違いをいちいち指摘するようでは立派な大人になれないぞ。お姉ちゃんはあんたの将来を心配して道化を演じているのに姉心を分からぬやつである。


「はい、ご飯ときゅうりの浅漬け」


 コータは私の前に茶碗と浅漬ののった小鉢を置くと縁側に出ようとしたので私は、足首を掴んで強引に引き止めた。ちょっと強引すぎたのかコータはコントのように綺麗に転けた。昔ならこれで「姉ちゃんがー」とか言って泣いていたのだが、最近では泣くこともない。さすがは小学五年生である。


「もう。姉ちゃんなんだよ」

「あさげが少ない。一汁三菜は? これだと一飯一菜なんですけどぉ」

「あのさ。姉ちゃんが寝てる間に爺ちゃんも母さんも父さんも食べちゃってるの。おかずが残ってるわけないじゃん。我が家は弱肉強食。大皿の料理は早い者勝ち。ルール無用の残虐ファイトだって母さん言ってただろ」


 まったくよく口の回る弟である。そこまで分かっているのなら偉大な姉のために何かを取り置いておくという優しさはないのか。


「たりなーい。成長期の姉には足りません。これではボンキュボンの姉になれません。断固追加を要請します!」

「なんだよ。ボンキュボンって」

「あんたも中学生くらいになれば分かるよ。姉がボンキュボンとキュキュキュではどれくらいの差があるか。そうなってからでは遅いのよ」

「いや、いいよ。もう姉ちゃんは態度がボンボンボンなんだからさ」


 実力行使である。私は黄金の右手をコータにお見舞いすると、冷蔵庫の中からなにか良さげなものをとってくるように命じた。コータは「知らないからねー」と言いながら台所へ走っていった。最初からそうしていればいいものだ。気が利かない男子はモテないぞ。


「これでいいでしょ」


 台所から戻ってきたコータは、祖母お手製のくぎ煮と梅干を手に帰ってきた。


「良き働きである。世は満足じゃ」

「どこの人だよ。あー、姉ちゃんは大丈夫だと思うけど昨日、宅地と城下町の境にある賽川さいかわで人が流されたんだって。だから、母さんが川には近づくなって」

「流されたってどうせ、川を見に行った年寄りでしょ。毎年のことじゃない。どうして、年寄りは雨が降ると川に行くかね。あれ? 昨日雨降った?」

「夕立は少しだけ。まぁ、姉ちゃんは川で遊ぶような歳じゃないから大丈夫だよね」

「姉さんは、コータと違って川遊びは小学四年生で卒業したのよ。あんたこそ、気をつけなさい。どうせリューヘイ君とかと川遊びしてるんでしょ?」


 リューヘイ君はコータの一番の友達である。彼は一見、インドア風の色白な少年なのだがなかなかアクティブな少年で去年はコータと二人で竹と縄で作った筏で近くのため池を横断するという快挙をなしている。


「姉ちゃん。今年のトレンドは川じゃないんだな。今年は山だよ。秘密基地建設が流行ってるんだよ」

「秘密基地ねぇ……」

「あっ、言っとくけど姉ちゃんが思ってるよりかなり立派だからね。地上五メートルのツリーハウスなんだから」


 まったく我が弟ながら変なところに気合を入れている奴である。


「そんなことしてると夏休みの宿題おわらないよ」

「心配ご無用! 自由研究はツリーハウスの建造にしたから」


 妙にちゃっかりしている。だれかの入れ知恵か、と疑いたくなる。そんなこと思いながら冷えたご飯を浅漬とくぎ煮で押し込んでいると携帯がなっている音が遠くで聞こえる。どうやら誰からかメールが来たようだ。きっと、今夜の夏祭りの件だろう。


 最後に梅干の身を崩して、そこに麦茶を注いだ特製の梅干麦茶を飲むと私は席を立った。後ろからコータが「食器片付けないと怒られるよ」という声が飛んできたが「あんたやっといてよ。姉ちゃんの一生のお願い」と言っておいた。


 襖を開けて自室に入ると布団は見事に母に持って行かれており、六畳の私の部屋はガランとしていた。部屋の角に置かれた文机の上で私の携帯がチカチカと青い光と放っている。本当はスマートフォンにしたいのだが、私の家は四乃山市でもかなり山奥にありLTEが通じていない。そのため未だにガラケーで我慢している。


 携帯を開くとカナからであった。


『今日はどこに集合?』


 そういえば、どこに集合するのかまだ決めていなかった。私は誰に聞こうかと思案する。一緒に夏祭りに行くのは新興住宅地に住むミホとカナと、旧市街と呼ばれる四乃山城下に住むエリとユーコである。

 四乃山市は大きく分けて三つの地区に分けられる。私の住む四乃山市でも山沿いの田舎地区と江戸時代に栄えた旧市街と呼ばれる城下町地区、そして最近になって開発された新興住宅地区である。地区ごとに中学があるので私たち五人が仲良くなったのは今年、四乃山高校に入学してからのことだ

 そのため、私たち五人のグループでリーダー格というのは少し難しい。


 カナとユーコが私たちを主導することが多いのだが、いまのところどちらが上というのは決まっていない。ちなみに私は田舎地区の出身でなんの権力もない。カナはミホをユーコはエリを部下のように思っているフシがあるが、私に対しては一歩引いた様子である。


 まぁ、確かに私がどちらかに肩入れすればバランスが崩れる、と思えばそうなるのかもしれない。

 だが、どうしてカナはミホに聞かなかったのだろう?

 私は珍しく考えてみた。


 そして、ひとつの答えに行き着いた。実はミホもカナも集合場所を知らないのではないか。それでカナはもう一人のリーダー格であるユーコに聞こうとしたが、自分からユーコに聞くと自分がユーコよりも格下のような気になるためワンクッションとして私に聞いたのだろう。つまり、私はカナに変わってユーコに集合場所を確認すればいいのである。


 おお、我ながら名推理ではないか。こんなに自分でも頭が回るのがわかっていれば、進路調査票には探偵とか弁護士とか書けばよかった。そう考えると、希望進路をOLと書いたことが悔やまれてきた。しかし、昨日は四人で行動してたのにまだ決めていなかったとは段取りが悪い。


『カナが今夜の集合場所どこだっけ? だって』


 私は手早くユーコにメールを打った。わざわざカナの名前を入れたのは、そちらのほうがユーコの優越感をくすぐってすぐに返事が返ってくると踏んだからだ。この読みは正しかったらしく。ユーコからすぐに返事が返ってきた。


『十七時に四乃山駅の改札前だけど。ホントにカナが聞いてきたの?』


 なんだ。私の言うことが信用できないというのか。


『そうだよ。そういえば集合場所決めてなかったね。でも昨日カナと会った時に言っておけば良かったのに』


 私は言葉の端に毒を塗ってメールを送った。ユーコは気を悪くするかもしれないがそれはお互い様というやつである。さて、今のうちにカナにメールを送っておこう。


『十七時に四乃山駅の改札前だって』

『ありがとう。助かったわ。ヨーコは優しいよね』


 送ってすぐにカナから返事が来たので私はびっくりした。カナはメール不精で五回のうち一回くらいしか返事をくれない。そのくせにこの速さである。まぁ、それほどまでに困っていたのかと思えば悪い気はしない。


『良きに計らうがよいぞ』、と返事を出そうとした時、別のメールが来たため私は出鼻を挫かれた。誰だ、と思い確認するとそれはエリであった。今日はほとほとメールの多い日である。


『カナからメールが来たって? カナ何か言ってた?』


 カナ、カナ、とセミかお前は、と言いたくなる。こうやってエリが訊いてくる、ということは昨日の買い物中にカナの機嫌を損なうようなことをしたのだろう。だから、今日の集合場所も決められなかったのだと考えれば合点がいく。


『来たよ。今日の集合場所どこだって。もう場所教えといたから大丈夫だよ』


 メールを送り返すと、少し今日のことが憂鬱になってきた。せっかく、浴衣を着て屋台で買い食いして、恋話にでも花を咲かそうと思っていたのにこれでは幸先が悪い。どうも最近、ミホにいい感じの人ができたらしい、というのにこれでは尋ねにくい空気になるかもしれない。夏休み前にユーコがバスケ部のショウタ先輩にフラれてから久々の浮いたの話なのだ。ここは逃したくない。


『カナから聞いてるかもしれないけど、今日は十七時に四乃山駅の改札前だって』


 私は残る一人のミホにメールを出した。もし、気まずいことになっていて彼女が集合場所を知らないままになっていたら大変だと思ったからだ。我ながら気の利いた対応だと思う。しばらくして、携帯が鳴った。


『ありがとー。今日は楽しみだね』


 ミホは残り三人の確執は知らないのかもしれない。なんとものんびりとしたメールである。私は少しほんわかした気持ちになった。


『私も楽しみ。あとで会おうね』


 最後にそう送って私は、夏休みの宿題を少しだけ片付けた。宿題をせずに夏祭りに行ったりすれば、母からどんな小言が飛び出すかわかったものじゃないからだ。それに、母には浴衣の着付けもしてもらわなければならない。不安要素はできるだけ減らしておかなければならない。


 それから、私は二時間ほど宿題とにらめっこをした。その間、誰からもメールが来なかったので集中力が途切れるようなことは起きず。無事にいくつかの問題を消化することができた。


「隣町の夏祭り何時に行くんだい?」


 ざるいっぱいの素麺を茶の間に運びながら母が私に訊ねた。今日で二日連続で昼食が素麺な気もするが私は母の機嫌を損なわないように、笑顔で素麺に箸をつけた。


「四乃山駅に十七時」

「じゃー十五時には一度シャワー浴びときなさいよ。十六時までには着付けて、駅まで送ってあげるから」

「ありがとう。お母さん」

「こんな時だけ素直な子だね。嫌なとこだけお父さんに似るんだから」


 多分、私の口の悪いところはお母様の遺伝だと思いますわ、と言いたかったがなんとか我慢できた。いよいよ、私も大人の対応というのが出来つつある。流石、高校生になると大人の女というのが近づいてくる。私が自画自賛に酔っているとコータが「姉ちゃん、ニヤニヤして気持ち悪いよ」、といったので母に見えないところでコータの麺汁めんつゆにたっぷりとわさびを放り込んでやった。


「何するんだよ!」

「コータ。黙って食べなさい!」


 母に叱られてコータはしぶしぶわさびたっぷりの麺汁で素麺を一口食べたが、鼻を抑えて悶絶した。ここまで反応がいいと気持ちがいいものである。


 十六時になると母は約束どおり、着付けをしてくれた。

 藍地に紫の朝顔が描かれたどうにも古臭い浴衣であるが、着てみればなかなか気分が乗ってくる。私の浴衣姿を見た母が「私の若い頃の方が綺麗だね」、と言った。まったく愛娘の浴衣姿にひどい言いようであるが、やはり私の口の悪さは母譲りらしい。


 母が運転する車で四乃山駅前についたのは十七時の十五分前であった。駅に着く直前、ミホからメールがあった。


『少し準備に手間取るかも。遅れたらごめんね』

『浴衣って結構着るの難しいね。またあとで』


 私は着付けに戸惑っているミホを想像して少し、笑ってしまった。ミホはなんでもそつなくこなすくせになんでもないところでつまづくことがあるのである。今回もそんな感じなのだろう。


 駅前は私と同じように隣市の夏祭りに向かう人々でごった返していた。普段着の人も多いが浴衣の人も多い。薄桃色や白地に鮮やかな赤や朱の絵柄が描かれている浴衣を着ている人もおり、私もあのような華やかな方が良かったなぁ、と少し残念な気持ちになった。


 少し気分が沈み下を向いているといきなり携帯が鳴った。ユーコであった。


『ごめん。ちょっと行けそうにない』


 まさかのドタキャンであった。それほどまでにカナとの中が拗れているのだろうか。そうだとすればもうじきにエリからも連絡が来るだろう、なんて考えているとまた携帯が鳴った。予想通り、エリからであった。


『悪いけど、行くのやめるね。カナにうまいこと言っておいて』


 二人揃って私をなんだと思っているのか。怒り狂うカナの相手をするのは気が重い。なによりもこれは夏休み明けになっても尾を引きそうである。そうなれば、今いるグループから違う女子のグループに移ることも考えなければならない。面倒なことである。


『高くつくからね』


 私は短く、それだけを二人にメールした。

 ちょうど、メールを送信した瞬間、駅の改札に向かってくるカナの姿が見えた。朱地に黄縁の白菊の浴衣である。カナは大人びた服装を好むのは知っていたが、今回のは極めつけだった。女子大生と言われてもわからない。


 彼女の切れ長の目が浴衣と似合うのか、すごく雰囲気があった。


「すごく似合ってるよ。カナ、大人みたい」


 私はこれから怒り狂うであろうカナの怒りが少しでも和らぐように、カナを褒めた。カナは少しも微笑むことなく私の左右を凝視した。きっと、ユーコとエリがどこにいるか探しているのだろう。私は何か話題を探そうとカナをまじまじと見る。すると、彼女の右手に持った浴衣と揃いの巾着が目についた。


「その巾着もいいよね。綺麗な朱色」

「ヨーコ? ユーコとエリは?」


 カナは少し怒ったような早口で私に問うた。それは、命令にも近い質問であった。


「二人は来れないって……」

「来れない? じゃー二人はどこにいるの?」


 カナが私の両肩を掴む。掴む手に力が込められ、私は痛みから「痛い痛いって」、と言ったがカナは力を緩めることはなかった。寧ろ、より強くなった。


「ヨーコ、お願いだから教えて」

「カナ、落ち着いてお願い。痛いから」


 カナの顔が私の顔に迫る。遠目では気づかなかったが、彼女の目は泣き腫らしたかのように真っ赤であった。その血走った眼が私の瞳に迫る。正直、正気とは思えなかった。


「教えて、早く。それとも二人を庇ってるの?」


 カナはパッと私の手から手を離すと右手に持っていた巾着の中から包丁を取り出した。私は迂闊にもその鈍い鉛色が浴衣の朱色に映えてカナが美しく見えた。だが、それはすぐに恐怖に変わった。取り出された包丁は私に向けられているのである。


「教えて!」


 カナは包丁を振り上げると思いっきり振り下ろした。私は顔を庇うように両手を交差させて真横に倒れ込んだ。包丁は私の浴衣の袖を裂いたが、幸いにも私には怪我はなかった。この様子を見ていた人々が悲鳴や何かを口々に叫ぶ。私はそれを地面に伏したまま呆然と見ていた。


「ヨーコ!」


 再度、カナが包丁を振りかざしたとき、彼女はあたりにいた駅員や男性客に羽交い絞めにされていた。彼女は激しく抵抗したが、包丁を取り上げられるとおとなしくなった。それでも血走った眼は私を見据えたままであった。


「……どうして?」


 驚きと恐怖がようやく薄まり、私が最初に口にできた言葉はこれだけだった。カナは私の言葉など聞こえていないのか。この問に答えてはくれなかった。周りでは大人たちが何やら騒がしく右往左往していたが、私には何をしているのかさっぱりわからなかった。


 私とカナが睨み合ったまま硬直していると、固い電子音のトロイメライが鳴った。


「ミホ!」


 カナは取り乱したように、巾着の中に入った携帯を取り出すと食い入るように、その画面を見つめてその場に座り込んで動かなくなった。彼女が呆然と座り込んだのと同じくらいとき、私の携帯も着信を知らせる音が鳴り響いた。


『ユーコとエリと一緒にいくね』


 ミホからのメールにはそれだけが書かれていた。私にはそれが何を意味しているのかわからなかった。

 だが、それから一時間もしないうちに私は三人の友人が死んだことを知った。

 ヨーコとエリは自宅で、ミホは賽川で水死体として発見された。


 ここからは、あとから分かったことである。ミホは夏休みに入ってすぐにバスケ部のショウタ先輩と交際するようになった。だが、それはユーコの彼氏だった男性である。ミホはそれを後ろめたく思っていたらしい。そして昨日、ユーコとエリの二人と一緒に浴衣を購入した帰りに告白したらしい。だが、これにユーコは激怒し、賽川にミホを突き落とした。夕立のあとの賽川はミホを簡単に飲み込み。それから一時間後に下流で遺体となって発見された。


 この知らせは中学からずっと友人であったカナにも知らせられた。カナは三人と一緒に浴衣を買いに行っていたが、塾があるため先に別れていた。事件はそのあと起こったのである。彼女はミホから事前にこの日に交際のことを打ち明けると相談を受けていたため、ミホの死にユーコとエリが関わっているとすぐに感じたそうである。


 そして、私に今日の集合時間や場所を確認したのである。友達を殺した二人に復讐をするために。だが、私がカナからメールがあったことを言ったために二人はカナが全てに気づいたことを察した。だが、二人はどうすることもできず家に引きこもった。


 何も知らない私は、二人がどうして来ないのか知らないままノコノコと駅に向かい。復讐に燃えるカナに襲われたのである。


 家に引きこもっていたはずのユーコとエリの二人がどうして亡くなったか、その原因は分かっていない。警察の話では、二人の死因は溺死だった。だが、彼女たちはそれぞれの家の自室にいて溺死するような水はその場になかった。だが、二人の肺からは賽川の水がたっぷり満たされていた。どこからこの水が現れたのかは最後まで判らなかった。


 そして、私とカナに送られたミホからのメールは、間違いなくミホの携帯から送られたものであった。だが、携帯は彼女が溺死したときに壊れており、遺体が引き上げられた時には電源すら入らなかった。だが、私たちにはその後も、メールが届いている。


 誰が送ったのか。警察は何も言ってくれなかった。


 最後に私とカナに送られたメールにも違いがあった。私に届いたのは、

『ユーコとエリと一緒にいくね』であるのに対して、カナに送られたのは、

『ユーコとエリと一緒にいくね。カナもくる?』と一文多かった。


 カナはまだこのメールに返事を返していないという。





「遠方君ならどう返す?」


 網掛先輩はそう問うだけ問うと、答えも聞かずに部室から出て行った。最初から最後まで彼女に主導権を握られていたような気がする。よく考えてみればメールなども一緒だ。


 送りつけてくる者の方が常に先手で、受け手は常に後手になる。

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