〈6〉
ボクから頼んでおいてなんだけど父にあまり期待していない
今よりはマシになるだろうけれど、ボクはクリスに立派な大人になってほしい
故に可愛いクリスが泣いても微塵も動じない血も涙も無い冷徹な人間を教師に据えなければならない
「叔母様にお願いがあって参りました」
そういう訳でボクは母テレサ・フォン・カインベルクの妹であるイリア・パーシブルの住んでいるパーシブル領にお願いに来ていた
「何かしら?あと、叔母ではなくイリアお姉様と呼んでくれていいのよ?」
金髪の美人が紅茶を飲む様はとても様になる
ただ微笑む顔が母が悪巧みしているときの顔に似ていて身構えてしまう
「いえ、お姉様は無理がありますよ叔母様」
お姉様という歳ではないだろうし、それに子供を二人産んでいるではないか
空気を和ませるために冗談をいうと叔母の顔が引き攣った
人を挑発するのは楽しくてやめられないね……
「わかったわ。イリアと呼び捨てで構わないから叔母様は勘弁してちょうだい」
二十八歳で叔母様キツいのか
笑うと流石に怒られるので我慢しよう
「改めて、今日は叔母様にお願いがあって参りました」
「なんでも聞いて上げるから叔母様はやめて……!」
「約束ですよ?」
「そもそも、ソニアちゃんのお願いなら断れないでしょ?」
……ボクをちゃん付けで呼ぶか
叔母にはボクが女の子に見えているようだ
精進が足りないか
やはり、ドレスを着ているのがいけないか
ボク、出来るだけ女の子っぽくないようにしてるつもりなんだけどな
原作でソニアはボーイッシュな見た目と喋り方からプレイヤーに君付けで呼ばれていた
ギャルゲーだからプレイヤーは殆どが野郎なのだけれど、ボクみたいに女でもギャルゲーをする人達からは人気が高かった
ボクは可愛い女の子が好きなのでソニアはタイプではない
だけど、男避けのために男のように振る舞うのはいい案だと思ったのでボクは原作ソニアの真似をしている
そのおかげでボクは女の子扱いされることは極限まで減っている
ゆくゆくはドレスも卒業してやるつもりだ
「そうですね。断ろうものなら父上と母上が何か仕出かしますから」
ボクがチクればあの二人が嫌がらせにくるだろ?と叔母の言外の問いを肯定する
「貴女は意地悪ね……」
陰鬱そうに瞼を閉じ溜め息を吐く仕草は美人がやると本当に絵になる
クリスがすれば氷漬けにして天使の溜め息と名付けて博覧会に展示してあまねく世界に広めたくなるレベルで可愛いはず
クリスが成長するのが楽しみでならない
それは置いておいてクリスが馬鹿で我が儘……それはそれでありなんじゃないだろうか
いや、ボクに万が一の事態が起きるとも限らないのだから、クリス一人でも生きていけるように頭の回る人間になってもらわないとね
「お褒めにあずかり光栄ですイリア……、クッ、イリアさん……」
ボクとしたことが失態だ
精神的に格上の人間を呼び捨てには出来ないだなんて……!
ボクの失態に叔母はポカーンと口を開いている
クリスがすると可愛いけれど美人がやると間抜けに見えるね
「…………。もしかして意地悪じゃなくて恥ずかしかったから誤魔化してたのかしら?」
クスクスと笑い頭を撫でてくる叔母
このボクが子供扱いされた……!
ボクは子供扱いされるのがむず痒くて好きではない
「用件を言いますよ。イリアさんにはクリスの教師をしてほしいんです」
好きではないのだけれど、あまり撫でられると子供扱いでもいいかと思いそうになるので話を進めよう
「教師?なんで私なのかしら?」
完全にボクを可愛らしい子供と認識した叔母は小首を傾げて質問してくる
これって舐められてるよね……?
「イリアさんはあの可愛くて仕様がないクリスを叱り導くことができるからです」
「そんなー過大評価よー」
皮肉を言ったら照れられた
確かに過大評価かもね
この人チョロいよ
クリスが不用意に他人を褒めることはないと思うけれど少し不安になった
「引き受けてくれますね」
「いいわよ。その代わりといってはなんだけど私からもソニアちゃんにお願いあるの」
「交換条件ですか……」
イリア・パーシブルが頼みたいことか
十中八九、我が儘な息子のことだろうね
ボクはゲームで登場する彼のことを知っているからこそクリスを甘やかしすぎるのは良くないと思ったのだ
「無理にとは言わないわ。賢い貴女は私が何を頼みたいか察しているみたいだし」
「……まぁ、クリスのためです。可能な限り尽力しましょうか」
「ふふ、助かるわ。主人と娘が甘やかすからね」
まるでボクと父のことのようで耳が痛いね
「えぇ、イリアさんの生意気な息子の我が侭を叩き伏せればいいんですね?」
「完膚なくまで頼むわ。私もクリスちゃんに容赦しないから」
「く……!クリスのためとはいえ……!」
ボクにはクリスが苦しむのを許容しなければならないだなんてこの上ない苦行だよ
渋い顔をするボクを見て叔母は懐かしそうに目を細めている
どうかしたのだろうか?
「ごめんなさいね。ソニアちゃんが昔の姉さんと同じことをやっているものだからおかしくなっちゃって」
「母上はイリアさんを溺愛してたんですか」
ボクは転生者
ボクは本物のソニア・フォン・カインベルクではない
似ていると言われると複雑な気分になる
でも、皆はボクが父と母に似ているという……主にシスコンと脳筋であることを
本当になんと言えばいいのかわからない複雑な気分になる……!
「そうよ。今はそうでもないけで昔は相当酷かったわ」
今にも叔母の昔話が始まろうとしていた
「長くなりそうなので後日聞かせてもらいますよ」
叔母は母と同じで長話をしそうなので断っておく
でも、叔母は母に溺愛されたことを疎んじていなかったことがその楽しそうな表情から読み取ることが出来た
ボクにはそれだけで充分だ
「これでボクの用は済んだので帰るとします」
「えぇ、またお茶しましょうねソニアちゃん」
「はい、またいずれ」
ボクは晴れやかな気持ちでパーシブル領を後にした