〈5〉
父アレクトル・フォン・カインベルクは騎士団長ギルダーツ・ライヤードと上半身裸で模擬試合を行っていた
火花を散らす刃を落とした剣、飛び交う汗、躍動する筋肉、中年男性二人の満ち足りた笑顔
愛しの娘が近くにいても見えないくらい真剣に剣を打ち込む
「ないね」
「はい、ありませんね」
模擬試合をボクとベルリネッタは死んだ目で見ていた
こんなの罰ゲーム以外のなんだっていうんだろう?
まぁ、ボクは自主的にここにいるんだけどね
「そろそろだね」
父の剣が騎士団長の首を捉えようとし、それを予想していた騎士団長が仰け反り父の剣を避け、その隙を突き騎士団長の剣が父の胴を打った
勝負あり、騎士団長の勝ちだ
騎士団長の勝利にボクとベルリネッタ以外の外野から黄色い歓声が上がる鬱陶しい
騎士達の野太い歓声は嫌いじゃないんだけどね……
「よくわかりましたね姫様」
ベルリネッタはボクの予想が当たったことに目を見開いている
「そんな大したことではないよ。騎士の中にも数人、見えていたのいたようだしね」
達人とまでいかなくても剣の心得がそこそこあれば、ほんの少し先の結果が見える
ソニア・フォン・カインベルクのスペックの高さ故に出来た見切りの一種だと思う
「ボクは汗臭いところに長居しなくない。さっさと用事を済ませようか」
ボクは手拭いで汗を拭っている父に歩み寄る
「ん?おぉ!愛しのソニア!俺に用か?」
父は汗を拭きおえ漸くボクの存在に気付いたらしい
ふ、父の愛はその程度か
ボクならクリスが半径10m以内に近付けば死角でも気付くよ
心の中でボクは得意気にほくそ笑む
「ご機嫌麗しゅう」
騎士団長は爽やかな笑みで白い歯を見せ一礼だけして下がっていった
「父上、お願いが――」
「よかろう聞こう何をすればよい?」
言い終わる前に許可が出た
模擬試合の後で気分が高揚して正常な判断が下せないということにしておこう
「早いです。まだお願いの内容すら言ってないですよ」
「愛しの娘のお願いなら何であろうと叶えるのが父としての義務だろう?」
さも当然のことのように言ってるよ……
「クリスの教師についてですが――」
「奴等クリスに何かしたのか!?」
反応早いよ
ボク、まだ最後まで言っていないのに刃が付いてない剣を持たないでほしい
持つならせめて刃のついた剣を……いや、そうじゃない
それに教師の方々がクリスに何かしようものなら父に報告する前に氷漬けにすることくらいわかっているだろうに
「いえ、何もしてないです。何もしてないのが問題なんだ」
「問題……?」
父は何のことかわからないようで首を捻っている
察しの悪い父と違い後ろでボクの言葉を聞いていた騎士団長はなるほどという顔をしている
「ギルダーツ、お前はわかったか?」
「王女殿下は妹様を甘やかしすぎるのは良くないとお考えになっているのでしょう」
「何故だ?」
「クリスがあまりにも可愛く甘さかしてしまうのは当然で抗えないのは仕方ないことですが、このままでは駄目な大人になってしまうかもしれません。父上のように」
父の疑問にボクが答える
「ソニアには俺が駄目な大人に見えてるのか?」
「そんな今更で手遅れなことはどうでもいいんです」
「ガハ……ッ!」
父はいつも通り地面に崩れ落ちる
ボク、父のリアクションに飽きてきたよ
元から尊敬の念は欠片も持っていなかったけれど侮蔑はしていなかった
でも、リアクションが毎度同じであるのと成長しないメンタルの弱さに呆れてしまう
「王女殿下の将来が少し心配ですな……」
ボクはヴォルキアの未来が心配だよ
情けない父の様で他国に舐められるよ
母がいるから他国と対等に渡り合っているのが現状だ
暗殺者も母やボク、クリスを狙って送られるけれど、ボクの知る限り一度も父の元には来ていない
脳筋など相手にするまでもないということだね
「父上に頼みたいことですが、甘やかさずにきちんと指導してくれる教師をクリスに付けてほしいのです」
「ただの親馬鹿なアレクトルより優秀ですな……」
感心した様子の騎士団長がボクや父に聞こえないように呟いていた
小声でも声に出したらボクは拾えるんだよ?
騎士団長、ボクが風の魔法も使えること知らないな
「きちんと指導?他人になど任せたらクリスを傷付けるかもしれんぞ。ソニアがやればいいのではないか?」
父は立ち直った
しかし、馬鹿は治らないようだね
「父上、想像してください。――クリスを叱ればどうなるかを」
ボクは真顔で心苦しい想像をするよう父を促した
「――確実に泣くな」
さきほど拭いたばかりの父の顔に一筋の汗が伝う
「父上は泣いているクリスに厳しくできますか?」
ボクには出来ない
クリスが泣いていたら原因をボクの無駄に高いスペックの全力を持って排除するだろう
「無理であろうな……」
それは親馬鹿である父も同じこと
クリスを泣かした者は他国の王であろうと喧嘩を売るに違いない
「そういうことです」
ボクと父はわかりあい頷く
クリスに厳しいことをいうだなんて無理難題である
「度しがたい溺愛っぷり……」
ベルリネッタが引いているが知ったことではない
騎士団長は慣れているので今更引くことなく落ち着いている
ベルリネッタは一年もボクを見てまだ慣れないらしい
「あいわかった。優秀で厳しいと評判の者を知っておるから今すぐ手配しよう」
「お願いします。クリスのために」
「分かっておる。ソニアとクリスのために」
ボクと父は親指を立て背を向ける
ボクのほうもクリスのために厳しいけれど無駄なことはしないと評判の身内を当たるとしようか