〈40〉
授業が終わり、ボクは暇を持て余していた
内容の復習なんてボクがすると思うのか
青春とかよく分からないから混ざれないし
意味もなく、ダラダラも散歩するのは嫌いじゃない
生徒達の喧騒をBGMに歩き回るのも趣があって悪くない
以前のように風魔法で声を拾うほど魔力に余裕はなく、何を言っているか聞き取れないが雰囲気でなんとかなく青春というやつを謳歌しているのは分かる
平民と貴族の壁は厚いようでいて、そうでもない生徒もいるらしい
特にマーキュリー出身の生徒は産まれを気にしない傾向にあるみたいだ
といっても少数派で、平民が貴族に馴れ馴れしくしているのは見かけない
「ねぇ、貴方。お話いいかしら?」
とか思ったそばから平民の少女にフレンドリーに話しかけられましたとさ
平民か貴族か、学年も制服から分かるようになっている
胸にマーキュリーの紋章を刺繍で縫ってある制服は貴族
縫っていないものは平民
男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年が分かる
二つ上の先輩らしい
つまり高等部二年
平民か貴族かは割とどうでもいいけれど、学年が分かるのはありがたいね
目上を敬うとは言ってない
「……まぁ、予定はないから構わないよ」
「お前、先輩に対してタメ口か。平民だからって見下してんじゃねぇぞ」
少女の後ろについてきていた少年が噛みついてきた
いい加減、この手の手合いが鬱陶しい
年長者を敬わないボクが悪いのは分かっているんだけどさ
いちいち文句を言ってると話がこじれるので素直に敬語にするよ
殴って解決できないかな
平民なのに貴族様相手に先輩風吹かす手合いはこの少年が初めてではある
面白くもなんともないけど
「よしてよオリヴィス。私はただこの子と話に来ただけなんだから」
「でもよ」
「オリヴィス」
「……わぁったよ……」
あ、もう終わった?
ボク帰ってもいい?
駄目?
少女と睨み合いの末、オリヴィスと呼ばれた少年が視線を逸らした
なんだか既視感
知り合いの弟がこんな感じ
うちのユリウスのほうが犬として利口だね
少女はこちらに向き合い、改めて言った
「私はツクシ。平民だからただのツクシよ。よろしくね」
「ニア・アーチボルグです」
あまり交友的な表情をしてない相手とよろしくしたくないな
ツクシという少女に見覚えはない
気付かないうちに彼女の知り合いに何かしたのかもしれない
「君に聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ボクに答えれることならなんなりと」
「最近、この学園で行方不明の生徒が続いているの。なにか心当たりはないかしら?」
「いえ、すいません。ボクは転入してきたばかりなので力になれそうにありませんね」
何故、それをボクに聞く
もしかして疑われているのか
「本当に?突然の美少年の転入生に何もないわけないわ。平気で人を殺しそうな目をしてるもの」
失礼な
平気で人を殺すなんて、間違っていないことを
そもそも行方不明者が出始めたのはボク達が転入するより前からだろう
疑われる理由が不明すぎる
人を殺してそうな目をしてるだけで疑われたというのか
ツクシはぶつぶつとなにかを呟いて、無言でボクを見つめた
ボクも無言で彼女を見つめていた
黒髪って結構珍しい気がする
クラリナ嬢と合わせて何気に二人目
それにしても随分と不躾にボクの顔を覗き込むね
デリカシーはないのかな
ボクもない
「ボクの顔になにか付いていますか先輩?」
「ええ、貴方の綺麗で何も映していないような目が気に食わないわね……」
「どうも」
突然のディスにボクびっくりだよ
一応、綺麗と言われたので世辞として受け取っておこう
知らない相手から世事を貰っても嬉しくないけどね
「知らないならいいの。変な事聞いちゃってごめんね」
本当だよ
という言葉は飲み込む
やたらめったらに毒を吐くボクではない
「いえ」
「また今度、一緒にご飯でも食べましょう」
手を振って走り去っていくツクシを見送った
今にも噛み付いてきそうな様子のオリヴィス少年はなんなのか
やはり、ユリウスと同じ種族なのかな
大人しくご主人様に尻尾でも振っておきなよ
まぁ、しかし
彼女の指摘はあながち間違っていない
全員かどうかは知らないがボクは行方不明者に心当たりがある
※ ※ ※
ルークシュアーツ学園初日の夜
男装して男として転入したので当たり前の事だけどボクは一人、男子寮に振り分けられていた
基本的に平民は相部屋で貴族は一人部屋
クリスを一人にするのは不安なので同室にセリカをぶちこんでおいた
万が一のことがあればセリカがクリスを守ってくれると信じている
ちなみにシャルロットはボクの妹ということで貴族扱いである
一人部屋だが知らない他人と同じ部屋になるのはもっと嫌だろう
シャルロットを一人にするのも心苦しいがどうか堪えてほしい
「……」
ソニアに転生してから誰かがそばにいることが多くて忘れていたけれど、ボクは前世でずっとずっと一人だった
それは苦ではなかった
今もこの静寂が心地よく感じる
まるで世界に自分一人だけが存在するような感じがボクは好きだった
人間は一人で生きていけず、どう足掻いても他人と関わりを持つ
神様に会えれば文句を付けたい欠陥だとボクは思う
……これを許容できない欠陥と感じているのはかなり少数派という自覚はある
静謐な空間は物一つがよく聞こえる
暇潰しに物思いに耽〈ふけ〉っていたとしても、ボクの部屋のドアノブが回された音が響く
鍵が閉まっていたはずなんだけど、壊したな
「ノックもなしに人の部屋に入るのはマナーがなっていないと思わないかな?」
「……」
虚ろな目をした少年が無言で部屋に入り込んできていた
ゆっくりした足取りでボクに近寄ってくる
初日に夜這いに会うなんてね
今ボク男という設定なんだけど
丸腰でボクをどうにか出来るつもりなのか
「普段なら命までは取らないんだけど、時期が悪かった」
細剣は男子生徒の額を突き、そこから氷が広がる
この生徒のことを知らないし、興味もないが害意をもって近付いてきたというならば是非もなし
手足を刻んで、丹念にお話する方がいいけれど、加減も容赦もする気分ではないので一撃で葬り去ろう
もの言わぬ置物が一つ出来上がった
……勢いで殺ってしまったけど
これ誰
どこに処分しよう
いきなり問題事を起こすのは不味いよね
せめて身元だけでも確認しておきたい
ベルに頼もう
アレのついでに調べものくらい優秀なボクの侍女ならお茶の子さいさいと信じている
隣の部屋が使われていないそうだからゴミは雑に投げておいた
※ ※ ※
あれから数日
ベルに調べさせて分かったことはゴミにしてしまった生徒は行方不明になっていた生徒達だということだった
行方不明の生徒達が何故ボクを襲う
誰の指示で動いているのか
彼等が行方を眩ませた原因に心当たりはないが、全員ではないが数名ならばどこにいってしまったかは知っている
ボクの隣の部屋に積み重なって捨て置かれている
襲撃は初日だけではなく、一人ずつではない日もあった
生け捕りにしたが、意味はなかった
生徒達は元から死んでいるようなものだった
意思を持たない操り人形に何を聞いても返ってくるのは呻き声だけだ
被害にあっているのは今のところボクだけ
いつまでも隠し通せるものではないし、ボクの魔力の底がバレると不味い
なによりクリス達に牙を剥く前に首謀者を処理したい
ゴミの山に首謀者に繋がる手掛かりはなし
気は乗らないけれど、今日は会ったツクシという少女に接触するか
正直、期待は出来ないけど何もしないよりはずっとマシ、なはずだと信じたい
※
ふと、自身を俯瞰し
空虚な自分に焦りを感じる
こんな感情とうの昔に捨てたと思っていたのに




