〈39〉
前々回までのあらすじ
なりゆきでグランツを壊滅させっちゃたソニアちゃん
一人で国壊滅させるとか物騒なチャカよりヤバいブツなソニアちゃんを知って他の国は騒然!
これは皆で出入りしかなくない?という空気の他国がカチコミかけてくる前にテレサの姐さんがナシつけてくれてたみたいで、大体お咎めなしになったのだ!
凄いぞテレサの姐さん!
でも、ケジメはつけなくちゃいけないからマーキュリーの学園に通うことになったぞ!
魔力を殆ど失っちゃったソニアちゃんの学園生活始まるよー!
ボクはクリスのいない教室にセリカと放り込まれていた
「ニア・アーチボルグだよ。よろしく」
自己紹介って何言えばいいんだろうね
好きなものは妹とでも言えばいいの
引かれるよね
気にしないけど別に言う必要ないよね
仲良くなりたいわけじゃないし
無難なものでよかったよね
正直、名前だけで挨拶を終える人とか感じ悪かったり根暗って思われそうだよね
前世は間違いなく根暗だった
好きなものが特になかったからね
今はクリスがいるから毎日が楽しい
クリスはどうしているだろう
クリスのことだ
その姿を有象無象共の前に見せるだけで宗教が興ると思うんだけどボクは心配だ
クリス以外の神を信仰している異教徒がクリスを傷付けないとも限らないし
心配だからベルをクリスに付けたけど、心無い言葉からは守れない
無力なボクを許しておくれクリス
「また自分の世界に入ってやがる……。セリカ・ハーネストだ。長い付き合いになるかは分からねぇけど、よろしく頼むぜ!」
無難な挨拶してるねセリカ
一発芸くらいしてみせなよ
そして、一人で注目掻っ攫ってボクの影を消してほしい
貴族というものは関係が大事
眼光で分かる
もう群がるつもりでいるよ
ボク知ってるよ
編入生特有の質問攻めに合わされるんだ
塩対応の成果として物好き以外は近付いてこなくなった
セリカは友達が出来たようで良かったね
その調子でボクの平穏を守ってくれ
死ぬほどどうでもいいことだけど学友どころか担任教師の名前すら覚えてない
※ ※ ※
前世で学校というものに通った記憶がボクには殆どない
ベッドの上で衰弱していく日々だった
そんなボクが知っているのはゲームの空想の学校だけだった
ファンタジーものでもリアルよりでもお約束として出てくるイジメ
実際、遭遇してみると面白いものでもなく、通行の邪魔でしかない
やるなら見えないところでやればいいのに目立つ場所、道の真ん中で騒ぎだす
自分の不注意でぶつかっていながら相手が平民がと知るや否や、我が意を得たとばかりに相手を責め立てる
「ああ、くせぇ!くせぇ!泥の匂いがするなぁ!お前達もそう思うだろ!?」
貴族が平民を足蹴にし下品な笑いを響かせる
遠巻きに静観するだけならマシだ
同調し、クスクスクス笑う声は目障りだ
生まれでマウントを取る三流共
平民を見下して何がおかしいというのか
随分とつまらない娯楽だ
ボクは彼等と仲良くできそうにない
こんなものが学校生活というならボクが健康でもつまらない人生を過ごすことになった筈だ
つまらない茶番に石を投じよう
「セリカ」
「合点承知!」
命を得た少女騎士は軽快に舞台に躍り出る
二、三言葉を交わし、激昂して殴りかかった貴族様はセリカのカウンターを顎に貰い倒れる
一瞬で終わった喧嘩に周りは唖然と静まる
貴族様の取り巻きは貴族様を担いでフェードアウト
痛快な舞台に観客は拍手を送る
さっきまで平民の少年を笑っていたのに現金なものだ
セリカは少年に手を伸ばす
「ケッ、貴族様に助けられても嬉しかねぇよ」
助けられておきながらセリカの手を払いのける少年にブーイングの嵐
平民と貴族の溝は深いらしい
力無く眉尻を下げるセリカと入れ替わりにボクは少年を見下ろす
これは先輩らしいが、些細なことだ
確かに余計な世話だったが、セリカに当たるのはお門違いではないか
表面上だけでも礼を述べれば事無く済むのに
それにボクは彼を助けたいと思ってセリカに声をかけたのではない
耳障りな声を止ませたかっただけだ
なのに、彼の軽率な行動がまた雑音を生んだ
ボクは昔と違って我儘だ
「助けたつもりはないよ石ころ。文句があるなら周りを黙らせるだけの力を得るんだね」
うちのセリカに無礼を働いたことは文句の一つで不問にしてやろう
下らない三文芝居の幕は閉じた
思い思いに散らばる観衆を尻目にボクは教室へと向かった
自分の境遇を嘆いて、勝手に周りを羨んで、不貞腐れている者が喚いて何になる
ただの小さな雑音だ
路傍に転がる石ころだ
それを理解して石ころに甘んじるのもいいだろう
ボクは前世でそうだった
ボクは自分の境遇を不幸とは思わなかったけれど、諦めていた
今のボクはどうだろう
ボクが見落ろした石ころはどうだろう
栓無き事かな
ところで授業って退屈だよね
クリスのいない授業に一体なんの価値がいるというのか
無為な時間が過ぎていった
昼になればクリスに会える
それまでの我慢だ
時間を無為に、虚無に、浪費するのは
昔、得意だったのだから
※ ※ ※
昼休みになるとまた人だかりが出来ていた
先程のものとは別の案件らしい
この学園の生徒は人を取り囲むのが随分とお好きなようだ
また状況も把握せずに首を突っ込もうとしているセリカの襟を掴んで、一歩離れた場所で事態を静観している生徒に話を聞く
「失礼、少しいいかな」
「え、は、はい……」
なんでも女の子同士で付き合っているのが発覚したので、大勢で馬鹿みたいに囲んで笑いものにしているらしい
騒ぎの中心の彼女等のことをボクは知らないけれど、「君達のことを思って」など恥ずかし気もなく自分の価値観を押し付けて、少数派を臭いものように扱う彼等に問いたいことが出来た
「おっ、やるのか?」
「なんで君はそう喧嘩腰なんだいセリカ。少し話を聞きにいくだけだよ」
人の波を掻き分けて中心に進む
生徒達がやけにすんなり道を開けてくれた
セリカが狂犬とでも認識されているんだろうか
人の波を抜けると、二人の女生徒に対し、見た目だけ頭が良さそうな少年が取り巻きを引き連れて上から目線でご高説を垂れていた
「やぁ、ボクも混ぜてよ」
「ん?君は編入生の……」
「ああ、今は名前なんてどうでもいいじゃないか。ボクは君自身に興味は微塵もない」
空気がピリついた気がするけどどうかしたんだろうか
セリカが笑いをこらえてる
この少年の顔はそんなにもおかしかったか
二秒で忘れそうなモブ顔でしかないけど
「……ほ、ほう。君も彼女達に正しい在り方を説きにきたのだね?」
「それなんだけど、彼女達が付き合っていると君に何か不都合があるのかい?」
「はっ?」
「彼女達が付き合っていても君にはなんの関係もない話だ。何故、口出しする?君に不利益が生じるのかい?それを聞いているんだよ」
「それは……女の子同士なんておかしいじゃないか!」
「何が?」
「何がって……非生産的だ!」
「それで?」
「え、……我々は彼女達のためを思って!」
「我々?君は自分の意見を皆の総意みたいに言うんだね。単純に気持ち悪がってる人、面白そうだから糾弾してる人だっているとボクは思うけど、そもそも君は彼女達のなんなんだい?他人の色恋に口出しする権利はないだろう?余計なお世話じゃないかな?自分の常識が全ての人間に適応されて当然だと思っている可哀想な人なのかな?ボクは君が関与する理由について問うたんだけど?」
「な、なんで、私が責められなければならんのだ……!」
「責める?それは誤解だ。ボクはボクの思ったことを口にしただけだ。君が何をしようと何を言おうと君の自由だ。さっきも言ったけど、ボクは君に微塵も興味はない」
「姫さんはもっと他人に関心をもつべきだと思うけどな」
そこセリカ、余計なこと小声で言わない
今のボクは姫ではないと何度言わせるつもりだい
「君と話していて、さらに興味が失せたから最後に答えてほしいんだけどさ。本気でその迷惑極まりない愚行が善意からのものなのか、気持ち悪いと思ったから潰しにきたのかどっちなんだい?」
「そ、そんな目で私を見るな……!わ、私はただ、良かれと思って……!」
ふむ、答えは出た
彼にもう用事はない
これは面白いモノでもなかった
どうでもいいありふれたモノだったらしい
「すまないね。邪魔をした。どうぞ続けてくれ」
「え……、この流れで……?」
知らないよ
ボクはボクの聞きたいことを聞いて、言いたいことを言っただけだし
君の行動を咎める気はない
思うように行動すればいい
クリスに手を出さない限りは路傍に転がる石と変わらないのだから
ボクが困っている人を誰彼構わず助けるような善人に見えるのかな
「行くよセリカ」
「りょーかい」
ここ最近、マーキュリーの学園で噂になっている生徒が二人いる
貴族の横暴に正面から食ってかかるセリカ・ハーネストと、自分の考えが絶対だとか皆が同意する常識だとか思っている人にその自信の根拠を聞いているだけのニア・アーチボルグこと、ボクだ
ボクは目立つようなことをしていないのに、セリカとセットでいるから悪目立ちしているんだろうね
そうに違いない
ボクは静かにクリスとの学園生活を謳歌したいだけなのだ
本当だよ?
※ ※ ※
嵐のように去っていった編入生を見送り、野次馬の一人が渋り出すようにいった
「噂以上に災害じゃねぇか」
その野次馬の隣にいた少女はソニアの背を見えなくなるまで見つめていた
※ ※ ※
「今日はお酒はお飲みにならないんですか?」
「形式上だけとはいえ、教育者さ。それくらい自重するさね」
場所は学長室
そこにいるのは二人
客人、ヴォルキア第二王女クリスティーナ・フォン・カインベルク
部屋の主、学園の長である老婆アンギル・ミュラー
二人は向かい合い、茶を飲みながら歓談していた
「ところで、編入早々身内が生徒達の話題の中心になった気分はどうだいお姫様」
「ええ、自慢のお姉様です」
「くく、ポジティブなことさ」
クリスティーナは学園長の皮肉を皮肉と受け取らなかったらしく、寧ろ誇らしげであった
姉が姉なら、妹も妹だ
「私の私用のために貴重な時間を取らせてしまって申し訳ありません学園長」
「そんな畏かしこまらなくていいんだよ。アタしゃ、役職なんて形だけのただのババアなんだから」
「そういう訳にはいきません。私はお姉様ほど素直ではありませんよ?」
「いいねぇ。そうこなくちゃ、お前さんは世界の真実に至れるかもしれない役者なんだから」
「世界の真実、ですか?」
「惚とぼけて無駄さ。『管理者』ほどでないにしてもここではある程度干渉できるんだよ」
「『管理者』……、詳しくお聞きしてもよろしいですか学園長?」
「そうしてやりたいのは山々なんだけどね、現地からも『外』からも待ったを掛けられてるからねぇ。思わせ振りなことしか言えないのさ」
そもそも、アンギルがヒントを与えるべき相手は『転生者』であるソニア・フォン・カインベルクかレオナルド・ギーレンであってこの世界出身のクリスティーナ・フォン・カインベルクではない
この年端もいかない少女が何からヒントを得て、隠された謎に気付いたのかアンギルには興味があった
「それならば仕方ありませんね」
「あっさり引き下がるんだね。ところで、お前さんは何が目的なんさね?」
「決まっています。私は―――お姉様を想っている。ただそれだけのです」
クリスティーナの心からの無垢な笑顔を見て、老婆は姉妹揃ってどこか歪なのだと改めて理解した
それこそアンギルの知ったことではないと、大して味も分からない茶を啜った