〈35〉
短い
知らない馬車に揺られて目が覚めた
ここ最近、知らない天井だ、みたいな展開が多い気がするけど気のせいだろうか
公式チートでも無敵ではないのだよ無敵では……
胸の辺りが痛むから死語の世界なんてことはなさそうだ
経緯は知らないが運よく生き延びたらしい
あの状況からどうやって助かったんだろうか
グランツの王の気が変わったのか、ヴォルキアの助けが間に合ったのか
「お目覚めかしら王女殿下」
「……ああ、最悪な目覚めだね」
「ふふ、最悪と言えるうちは最悪ではありませんわよ?」
野太い男の声にボクは心当たりがあった
案の定、後ろ姿からも分かる修道服を着た筋肉質な女装が馬の手綱を握っていた
ダルク教司教、ヴェイグ・ジグラード
この女装司教はゲーム本編でも登場している人物で、魔法抜きにすればおそらく父やギルダーツどころかボクを抜いて作中最強のキャラクターだと名高い
一人でグランツからボクを奪還できるだけの実力が伴っている
実際、ヴォルキアとグランツが戦ったとき、この男は司教でありながら戦場で猛威を振るっていた
そのときヴェイグについた通り名が『虐殺神父』
司教なのに神父なのはおかしいだとか細かいことを気にしてはいけない
『虐殺神父』は、たった一人でヴォルキアの本隊を無視して本国に進軍していたグランツの遊撃隊を相手取り全滅させた伝説を持つ
その司教が、わざわざ出向いたのは王家に恩を売るためというわけではないだろう
ヴォルキアから独立している教会の性質上、ヴォルキア王家に恩を着せようという意図があるとは思えない
どんな思惑があって、司教自ら出向いたのか
わからないが、ゲーム本編でもグランツを焦土にしたシャルロットを拾って帰ってきたのはヴェイグなのかもしれない
「状況の説明を頼めるかな?」
「お友達にお聞きにならないのですか」
「シャルロットは話をするのが苦手なんだよ」
というかシャルロットはボクの隣で寝息を立てていた
説明のため起こすのはしのびない
彼女も助かっていたようで少し安心した
「内気な子なのねぇ。食べちゃいたいわ」
「……子供に手を出す気かい?」
「あら、やだ冗談。冗談ですわ王女殿下。私だって食べ頃くらい心得ております」
この色ボケ司教は信用できない
女装していて女のような口調で話をしているが、かなりの好色家で節操なく女と関係を持っていることで有名なのだ
手が早く、二桁の嫁とその三倍近くの子供がいる
子供相手でも寝るときく
無理矢理手籠めにすることはないが、同意を得られるまで付き纏われたと噂があるので出来れば関わりたくない
絶対にクリスに合わせたくない
クリスほどの完成された美を前にこの男が理性を保てるだろうか
いや、保てないに違いない
警戒しておくに越したことはない
「傷の手当は応急措置程度しか。傷口を凍らせて出血は最低限に抑えられていましたが、凍傷は諦めてください。ヴォルキアに帰国次第腕の良い医者に診てもらうのがよろしいかと思いますわ」
生きているということは急所は外れていたのだろう
銃弾は貫通していたらしい
体内に残っていると大変と聞くし、不幸中の幸いというべきか
拳銃の威力も侮れない
グランツの王から全身の皮を剥いで塩を塗り込んでやらないといけないような妄言を聞いた気がするけど覚えていない
「元から火傷の後で見れたものではないんだ。今更、気にしないさ」
シャルロットが起きている間は気にするだろうから触れないけど、ボクは本当に気にしていない
生きているならそれでいい
それが全てはないか
自分のみてくれなんてボクは割とどうでもいい
「私は傷のある女性も平等に愛しますよ?」
「そうかい。グランツはどうしている?」
追手をかけられていては厄介だ
ボクは今、戦える状態ではない
ヴェイグなら容易く返り討ちにできると思うが、あまり借りを作りたくない
絶対ボクと寝たいとか戯言を抜かしだす
クリスに合いたいなんて言われた日にはダルク教の司教を一人消すことになる
事後処理で母に多大な迷惑をかけることは避けたい
ヴェイグは一拍おいて言った
「……覚えておられないのですかぁ?」
「何を?」
「私がグランツに到着したとき既にグランツは滅んでおりました。他でもない王女殿下の魔法によって」
「ボクの魔法だって……?」
全く覚えがない
グランツの王に撃たれた後の記憶が曖昧だ
ボクは魔力封じで魔法を抑えられていた
だから死に瀕しても魔法の暴走はないと安心してグランツの王も引き金を引いたはずだ
シャルロットの代わりにボクがグランツを滅ぼすようにシナリオが書き変わった?
この手の転生モノで作品を正しい形に修正しようとする『強制力』の介入の可能性はないだろうか
この世界は、ゲームのように辻褄を合わせるような都合のいい世界だったのか
違う
勘だけどそんなものがあればボクはクリスとイチャつけなくなる
それは困る
ここはもうゲームから離れている
ファンタジーでもリアルはリアルだ
何か、作為があったに違いない
誰かがそうなるように仕組んだのではないか
しかし、誰が?何のために?
これはまだ見ぬ当人に問い質さねばわからないことだ
一応、『強制力』の可能性も考慮しておこう
多分忘れると思うけど
自然災害と同列の現象相手だともうどうしようもない気がするからね
「グランツの惨状。私はもう手遅れと思ってましたけどぉ、お友達に感謝ですね」
「シャルロットが?」
「ええ、諦めて引き返そうとしていた私を引き留めて、あの地獄から王女殿下を見つけてきたの彼女ですから。そのときの泣き顔、とても慕われているのが伝わってきましたわ」
「そうか。うん、彼女には借りが出来てしまったな」
ボクを見つけてくれたのはシャルロットだった
ボクと同様に魔力を抑えられていた彼女が如何にして魔法の暴走から生き残ったのか知らないけれど、国を亡ぼす怪物を助けようとしてくれたらしい
この行動には必ず報いよう
「私も期待してもいいのかしら?」
「ボクは借りは返す。覚えていたらね」
だけど、ボクが抱かせてやってもいいと思うほどの恩義は感じないから期待には応えられそうにはない
別の形で借りは返すとも
血が足りないのか
体調がよろしくない
眠気が波のように押し寄せてくる
「安心してお眠りになってください王女殿下。この命に代えてもヴォルキアにお送り致します」
「ありがたいけど、命までかける義理が君にあったかな?」
「将来、結ばれるかもしれない女性を助けるのは紳士として当然ですもの」
「そんな予定は、未来永劫、一切有り得ない」
「未来は誰にも分らないものよ」
「寝言は寝ていいなよ。……母から教会に要請で救助にきてくれたのかな?」
「いいえ、教会も王妃も関係ない個人的な行動です。勝手ながら、我が23人目の妻タニアの娘、マリーに恵み与えてくださった恩義。これでお返しいたしました」
ああ、クリスとのデートで行き倒れの少女に林檎をクリスが恵んだことがあったように気がする
流石、我が愛おしいクリスだ
クリスの行いの全てが回りまわって良いことになる
ああ、クリス早く合いたいよ
ボクはクリスとの再会を夢見て眠りに着く
本編で説明するか微妙なのでここで少し裏話
ソニアとシャルロットは魔力の量はほぼ同等ですが、魔法の強さはソニアの方が上です
例えるなら魔力を絞り出す蛇口がソニアの方が大きいのです
しかし、相性の差でシャルロットの方が少ない魔力でソニアの魔法を相殺できます
本気で戦えばソニアが魔力切れで負けます
ちなみに魔力が暴走すれば基本魔力持ち死にます
暴走を起こしてもソニアとシャルロットが死なないのは魔力の量が桁違いだから
死なない程度に魔力がもちます
以上