〈31〉
何の用かボクは再び、グランツの王の前に連れてこられていた
暇なのかこの王様
今回はシャルロットは同行していない
シャルロットの捨てられた子犬のような表情は不覚にも嗜虐心をくすぐられた
「余が言うのもなんだが、たかが一週間で衰弱しすぎではないかアレクトルの娘。ちゃんと飯は出しているだろう、なぁ、おい」
ボクはそれはそれは酷い顔をしているのだろう
シャルロットどころかグランツの王にまで心配されるなんてね
環境は悪くない
衣食住、共に最低限は提供されている
住は地下牢だが衛生面はそれほど悪くない
労働を強いられているということもない
同じように過ごしているシャルロットには変化はあまり見られない
にも関わらず、ボクがこうも弱っている原因はわかりきっていることだ
「クリスニウムが、足りない」
この一週間、クリスを見ていないクリスと話していないクリスを嗅いでいないクリスに触れていない
クリスニウムが圧倒的に不足している
勿論、原因はそれだけではない
シャルロットは逆に調子がいいらしいが、ボクは魔力を封じられてから喪失感のような、蟠りのような不快感を感じて多少ストレスになっている
だが、クリスニウム不足が九割九部九里を占めているのが事実だ
感触がクリスに近いシャルロットを抱いて誤魔化してきたが、限界だった
「なんだそれは?」
「気にしないでくれ。グランツにはないものだから」
「ふん。ヴォルキアの重荷にならぬために衰弱死を狙っているなどという愚かなことないだろうな?」
「はッ、ボクは衰弱死より盛大な死に方を選ぶ」
ボクがそんなまどろっこしい死に方を選ぶ訳がない
どうせなら盛大に、人々の記憶に刻み付けられるような死に方をしてやるさ
「そちらの方が奴の娘らしい。しかし、あの出鱈目さと根性は受け継がなかったか」
余計なお世話だ
『魔力封じ』がなければ今すぐにもこの城を氷で飾り付けて御覧にいれるし、クリスリウムさえ補充できれば火の海を見事に泳ぎ切ってみせるよ
「グランツが貴様を招待したと察した頃だろうと、ヴォルキアに間者を潜らせていたのだが、案の定、アレクトルが戦を準備をしていると報告があってなぁ。間者は奴の伝言を持たされて送り返されたわ。伝言はなんだと思うよ?なぁ、おい?」
「『娘を返すか。貴様が死ぬか。選べ』辺りかな」
「くくっ、ハッハッハッハ!大正解だ、おい!流石は娘だな!正確には『娘を返すか。グランツ最後の王になるか。選べ』だったよ。グランツを滅ぼすつもりのようだぞ、おい!」
父らしい
人質を取られているというのに逆に脅すなんて
頭に血が上っている父は母でも止められないだろうし、止めないだろう
母もまた冷静ではないと思う
うん、ボクは前世と違って愛されてるんだ
それはとても幸せなことで……
理解できない感覚だ
「貴様を招いて一週間だ。ヴォルキアの軍がグランツを目指し、進軍していてもおかしくない頃合いだ。だが、不運にも、よりにもよって、この時期に、間の悪い事に、魔獣の群れがヴォルキアを目指しいるそうだ、なぁ、おい」
「魔獣の群れ?」
原作をやっていたボクに心当たりのある出来事だ
ヴォルキアを魔獣を率いた亜竜が横断しようとするのを阻止するイベントだ
だが、おかしい
ゲームでそれはセリカルートで起こるイベントの筈
タイミングが合わない
転生者であるボクの介入によるイベントの展開に変化が生じること想定していたけれど、イベントの時期までずれるのか
「然り。向こうがこないならこちらから攻めてもよいのだが、今戦力を回して国を空けたくはない。周辺にグランツに攻め入る馬鹿者はヴォルキアしかいないのは分かっておるが、もしもがあると困るのでな」
周辺諸国は中立だ
この事態を静観することだろう
ただ、旨味があれば介入してくる卑しい国がないとは言い切れない
「今の奴は昔ほど身軽ではない。魔獣の群れを処理して返す刀で魔獣を相手にし、疲弊した軍を率いて乗り込んでは来まい。体制を整えるまで待つ筈だ。おろらくだがな」
いや、正直父はすると思う
王だけど、親馬鹿だし
単身でも進軍する男だ
グランツが戦火に呑まれてないのは、母あたりが手綱を握ってるからじゃないかな
「そこでだ。嫌がらせと保険を兼ねて貴様の首を贈ってやろうと思う。どうだ、おい?」
「短慮だし、どこが保険なのか検討もつかないけど、嫌がらせとしては最高だと思うよ」
ボクも人質は生きているという希望を踏み躙るのは愉しいと思う
冷たいスープも美味しくなりそうだ
互いに悪趣味極まりないね
「それは上々。長考の結果、テレサには逃げられたからな」
母もグランツに囚われた過去がある
この男、母を始末せずに人質にしようとした結果、逃げられるわ
父にそれなりに戦力は削られるわで痛い目を見ている
母のことだからわざと捕らえられたのではと邪推する
昔のこととはいえ相当に腹に据えているだろう
そのときの反省を活かそうというわけだ
「それに、魔力持ちなどと面倒な爆弾より使い勝手のいい道具が手に入った」
グランツ王は二回手を叩く
合図に従い、彼の臣下は何かを運んできた
彼は王にソレを渡すと下がっていった
グランツ王はそれをボクに見せ付けて、言った
「なんだと思うよ?なぁ、おい?」
「それは……」
それは、この世界にあっていいものじゃないだろう
なぁ、おい……
ボクはソレを直接見たことはないが、知識としては知っていた
詳しくないが用途ははっきりした道具だ
「ん?その様子は知っているようだなぁ、おい」
グランツ王はソレを自慢したかったのだろう
少し残念そうに肩を落とす
「奴め、グランツだけに売り込んだというのはやはり嘘だったか。だが、ヴォルキアではこれの量産などできてはいまい?なぁ、おい?」
グランツ王はボクにソレを向けた
殺すための道具
命を奪う道具
『拳銃』が、その銃口がボクを捉えていた
この男は、売り込まれたものだという
誰かがアレをこの『世界』に持ち込んだのか
ボクとレオナルド以外の転生者が存在している
しかも、拳銃の製造方法なんてものを知っている者が、だ
「拳銃は良いよなぁ、おい!魔力持ちに比べたら威力は劣るが、危険性も、射程距離も、殺傷能力も、量産性も優れている!これと魔力持ちを以てグランツは世界の頂点に立つ!」
「マーキュリーにも売り込みがあって生産、輸出の準備が整っていると思わないのかい?」
マーキュリーは周辺諸国の中で生産力、貿易において一つ頭が抜けている
「思わんなぁ。マーキュリーは身の回りが甘い。奴等の情報などどの国にも筒抜けだろう。なぁ、おい」
その通りだ
マーキュリーは軍事力を持たない商業国家
他国に攻め込まれればたちまち占領される
スパイも余りの容易さに呆気に取られるという
マーキュリーはその事実を受け入れ、情報をオープンにすることで他国への誠意とした
「魔力持ちはもう必要ない勢いじゃないか」
「おいおい、今更、解放して何の意味がある?言わなくても分かるだろう。なぁ、おい」
グランツの民は歴史の刷り込みにより魔力持ちを嫌う
今更、魔力持ちを解放したところでグランツの民は魔力持ちを受け入れない
最悪、嬲り殺しにされ、野に晒されることになるだろう
魔力持ちもグランツで自身が、同胞が受けてきた所業を許すことはあるまい
彼等の解放は殺し合いの火種にしかならない
グランツの民と魔力持ちが歩み寄るには解放は必要不可欠なことだろうが、長い時間と相応の血が必要となるはずだ
「無意味とは言わんが、無駄が多い。それとも遠回しな命乞いだったか?なぁ、おい?」
「さぁね」
「貴様は見せしめだ。アレは自分の女が浚われただけで激昂し、後先考えずに突っ込んでくる男だった。愛しい娘の首を見たアレクトルはどうなるだろうなぁ?」
グランツの王はさぞ楽しそうに、さながら悪戯を考えて喜ぶ子供のように笑いを浮かべていた
「理性を手放し、獣畜生まで落ちると思うがどうだろうなぁ、おい?痛快さを思えば、らしくない行動もとろうというものだ」
「その獣はきっと、愚者の喉を噛み千切るだろうね」
「おお、怖い怖い。用心せねばなぁ」
魔力を封じられ、剣もないボクは無力な子供だ
一発避けれたとしても事態は好転しない
ただで死ぬのは癪だし、無駄な抵抗をするか
奴の腕、いや、首をへし折ってやろう
「寛大な余は、貴様の大好きな妹も後から同じ場所に送ってやるから安心しろ」
「は?」
先程の言葉を遺言と捉えたのかグランツの王はこれ以上交わす言葉はないと、引き金を引いた
斯くして弾丸は発射された
思考を停止しそうになった身体を必死に捻る
ドンッと衝撃を受ける
音が消えた
熱が体の中を暴れまわる
ああ、致命傷だ
本当に致命傷だ
即死は免れたが失血死は目に見えている
でも、そんなことより、奴はとんでもないことを言わなかったか
クリスを殺すと言わなかったか
駄目だ
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ
許されない
それは許されないことだ
ボクがそう定めたのだ
燃え盛る憤怒と裏腹に体は熱を失っていく
二度目の死がすぐそばにまで歩み寄ってきていた
『馬鹿な王様。ソレは滅びの撃鉄だったのに』
最後に聞こえた声は、誰の声だったろう
※ ※ ※
それは肌に触れた側から容赦なく体温を奪っていく
幻想的な自然の暴力
雪が降る
室内にも関わらずだ
「…ッ!貴様、何故生きて……いや、何故、魔力を行使している、なぉ、おいッ!?」
「さぁ?『魔力封じ』が壊れていたんじゃないかな?」
膝から崩れ落ちた少女は、立ち上がることはなかったが、顔だけは前に向けられていた
血の気を失っているのに、なんでもないとケロリとした表情を浮かべ、人間味に欠けた作り物のような顔だ
銃で撃たれた傷口は氷で乱暴に塞がれていた
『魔力封じ』で両手を縛られているにも関わらずだ
「壊れるだと?それは在るだけで魔力を封じるモノだ!壊れる代物ではない!故に、重宝しておるのだ!」
王は声を荒げながら、銃を発砲する
けれど、少女を取り囲むように氷の壁が起立する
銃弾は氷壁を傷付けることも叶わなかった
「それさ。これから死ぬ者が理解する必要あるかい?」
「ハッ!大した虚勢だなぁ、おい!死んでいなくても死にかけであることは変わるまい!」
兵は王を庇えるよう前に出る
別の兵は少女の四方を取る
また別の兵は氷壁を破るための道具を地下に取りに向かった
弱っている相手だからと油断はできない
そもそも。短慮すぎる行動だった
魔力持ちを瀕死にするたど、まるで暴走してくれというようなものなのだから
普段なら、絶対に取らない愚行だ
何故、こんな、まるで誘導されたかのような
「その通りだ。だけど、グランツを滅ぼすには十分だよ」
虚ろな目の少女は何もしない
ただ、話すだけだ
「なんだと……」
「君の敗因は頭を撃たなかったことだ。いや、ボクは使ったことがないから分からないけど狙ったところを撃つには経験不足ってところかな?だから、当たりやすい胴体を狙った」
「……分析とは、随分と余裕じゃないか、なぁ、おい」
「余裕なんてとてもとても。この『ボク』が表に出ることなんて滅多にないっていうのに、限界さ。これ以上は――抑えられそうにない」
そう言い残すと少女はそれっきり動かくなり
――世界は白銀に塗り潰された
クリスニウムが足りないので代用としてシャルロットを常に抱いてます
気休めにもなってねぇけどな
シャルロットも無抵抗でソニアに抱かれていますが、現状ソニアの腕の中が一番安全なので受け入れています
でも、ロキに見られているのは恥ずかしいので照れて俯きがち
ええ、そんなシャルロット可愛いと思います
微妙に経つシャルロットフラグ
暴走した自分を止めれるのがソニアだけなのでズブズブに依存していくぅ
ずっと『魔力封じ』嵌めてればいいじゃんと言うのは無しな?
ちなみにヴォルキアでちょくちょくシャルロットが魔力の制御に失敗して惨事を起こしてましたが、あれは蛇口から水滴が一滴一滴零れ落ちる程度の可愛いものでして、原作のシャルロットや今回のソニアは蛇口が決壊し全力全開な感じです
誰にも止められない止まらない