〈30〉
普通、敵国の要人を捕虜にした場合
それなりの部屋に監禁するとか、塔に幽閉するとか然るべきお約束が存在するものだろうに
案の定、来賓室なんて上等な場所ではなく、地下へと続く道を歩かされていた
シャルロットは相変わらず無言でボクにぴったりと寄り添って付いてきている
ボクに他の魔力持ちと同じ待遇を与え、「余は平等主義でな」と笑っているであろう顔面に氷塊を叩き込みたい
偏見だけど
シャルロットと離されなかっただけ喜ぶべきか
ヴォルキアの城から誘拐されてから殆ど言葉を発していない
こんな状態で一人にすれば原作にあった燃えるグランツの一枚絵と同じ結末を辿り、仲良く心中することになりかねない
流石にそれは御免被る
地下はじめじめしていて湿度が高く、蝋燭の火は頼りなく灯っている
ボクは暗闇なんて気にしないが、相当精神が参っているシャルロットは不安を積もらせている
地下の暗さのせいもあるだろうが顔色はお世辞にも明るいとは言えない
「着いたぞ」
兵はそれだけ言い、牢屋の扉を開け自分から入るように促した
投げ入れないだけ兵の対応は良心的に思える
ボク達を見る目は同じ人間に向けるそれではないが理解している
ここの牢屋はヴォルキアの地下と違って血の臭いもしない
ヴォルキアの地下は主に前王より前の変態貴族の悪趣味のせいだろう
罪人を閉じ込めておくというより、遊び場としての役割が強かった
媚びについた血や臓物は百や千に収まりきらないと思える
ボクが多少汚したくらいでは気にならない程の悪臭
そんなもの死んでいった者には慰めにもならないか
「ソニ……?」
「ん?ああ、気にしないでくれ。すぐに入る」
立ち止まっているボクを不審に思ったかシャルロットがボクの袖を引いていた
そういえば、ドレスのままだが着替えはどうするのだろうか
格好にこだわりを持つ方ではないが、同じ服を着続けるのは辛いのだけど
なんというか不快感がある
「お!新入りか!俺はロキっていうんだよろしくな!」
牢屋に足を踏み入れるとすぐに同居人は牢屋に似つかわしくない軽快な自己紹介をしてくれた
先客のいる牢屋に王女を入れるのか
しかも、同居人は男ときた
「子供とはいえ、男女を同じ牢屋に放り込むとは配慮が足りないね」
愚痴を溢すも兵の男は取り合わず無言で扉を施錠し、踵を返し来た道を帰っていった
いなくなった兵の代わりに同居人の少年、ロキが言葉を投げ返した
「とか言って、どうでも良さげじゃんかよ」
「良いものか。表情が乏しいのは生まれつきだよ」
実際、ロキの指摘通りそれほど気にしてない
『魔力封じ』で手錠されているが相手も同じ
襲われたとしても素人に遅れは取らない
「わりぃわりぃ、俺、目見えないんだわ」
失言だったか
いや、盲目であることを気にしている様子はないから謝る必要はなさそうだ
ボク心にもないのに謝るのは苦手なんだ
しかし、目が見えていないのに無関心に気付かれたのか
そんなに棒読みだったろうか
「そっちの静かな方は皆と同じだけど、お前はなんでそんなに落ち着いてるんだ?使い捨てられて死ぬ運命なのによ」
「そっちこそいずれ死ぬと分かっていて随分と能天気じゃないか」
「おう!元気だけが俺の取柄だからな。皆の分も俺が笑うんだ」
「なるほど、馬鹿なんだね」
「ひでぇや!」
シャルロットがくすりと笑った
若干、雰囲気が明るくなったか
人見知りが絶賛発動中なので会話に参加してこないが、聞くだけでも気が紛れるようだ
馬鹿も案外、馬鹿にできないものだ
「ところでさ。お前、なんで二色あるんだ?」
「にしょく?一体何の話だい?」
「俺、目が見えない代わりに人の色が見えるんだけどよ?皆、色んな色してるけど一色だけなんだわ。なのにお前は薄い水色?どっちかっていうと透明?みたいなのと底に灰色があるんだ。珍しいよな!」
「君の見えている世界がボクに分からないからなんとも言えないね。それが君の魔法だね?」
人によって見えている世界が違い、血が繋がっていようと同じ視界、同じ感想は共有できないとボクは考えるが、それとは別
魔法の類かな
母と同じ、『風』属性とみた
「おう!あんまし使い道はないぜ!」
「何で誇らしげなんだい?」
「なんとなく?後、ダチに褒められたから?」
「そうかい」
まぁ、興味はない
話題は逸れたけれど戻すつもりはない
しかし、二色
『私』と『ソニア・フォン・カインベルク』で二色ということだろうか
ボクの中にまだ彼女はいて、それで透明はあると
それとも
※ ※ ※
食事は兵が運んできた
ボク達を連れてきた兵と同じなのかは顔を覚えていないので分からなかったが、ロキが『色』が違うと言ったのでおそらく別の兵だったのだろう
今夜のメニューは硬いパンと冷たいスープ
硬いパンは嫌いではないが、冷たいスープはどうにかならないものか
『魔力封じ』の手錠がなければシャルロットの魔法で温めれるものを
いや、火加減を間違えて蒸発するかもしれないか
「俺、友達がいたんだ」
「いたってことはフラれたんだね」
「そうだけどそうじゃねぇよ!?」
「どっちだよ」
「友達はこの国を変えるんだってどっか遠くに行っちまったんだ」
「へぇ、グランツを変えるね……無理だと思うな」
「あいつは凄ぇやつだから出来るけど、それ以外ダメダメになりそうで心配なんだ」
「その自信はどこから出てくるのか」
「だから、お前さ。友達になってやってくれよ」
「互いに明日も知れぬ身なのに何を言ってるのかな」
「大丈夫。お前は生きてここから出る。そういう色してるからな」
「そうかい。もし、君の友人が仲良くしたいというなら一考しよう」
「ああ、頼んだぜ」
ロキは忠犬ユリウスより愉快な人間だ
やることもなし
下らない話で時間を潰せるのはありがたい
シャルロットは初対面のロキと打ち解けれないようで喋りかけられても沈黙を守っている
無視されているにも関わらず言葉を止めないロキに困惑している気配はある
まぁ、そのうち慣れるだろうし放っておけばいい
原作でシャルロットはグランツを滅ぼし、生き延びた
チャンスは必ず巡ってくるはずだ
原作と違いボクがここにいることで変化が起きるかもしれないが、今はただ待つのみ
ところで、風呂はどうすればいいのだろうか
拭く?濡らした布で?男がいる牢で?
目が見えないから気にするな?
それもそうだね
半年ぶりです天の邪鬼です
生きとったんかワレェ!と思う方違うんです死んでたんです死人さんなんですだから許して待たせてごめんね待たせるねごめんね
どうでもいいことですけど、ソニアの一人称が『ボク』なのは『ソニア・フォン・カインベルク』がそうだったから合わせているだけで、ソニアになった『彼女』の一人称は『私』で、口調ももっと普通な感じでした
折角だし、役割を演じようという軽い気持ちで深い意味はなかったり