〈28〉
グランツにヴォルキアの情報を流している内通者がいるのは間違いない
シャルロットを誑かし、グランツに売り飛ばすよう手引きする者がいるのも間違いない
だから、内通者、ないし内通者の息がかかった者がシャルロットに接触してくるとずっと思っていた
希少な魔力持ちの中で、特にシャルロットは数百年に一人の逸材である
正面から浚うには桁外れた戦力が必要となるに違いない
そう思っていた
いや、過信していた
シャルロットがボクと同じように悪意を持って近づく者を殺せると
原作のシャルロットと同じように外敵から自分を守れる少女であると
漸く、シャルロットが笑みを見せたその夜に事態は進行した
シャルロットが浚われた
これはボクの失態だ
シャルロットは人を殺せないどころか傷付けることすら出来ない心優しい少女だった
だが、この事態を想定していなかった訳ではない
事前の接触なしにいきなり本丸を狙ってくる可能性は勿論考慮していた
ボクの氷は特殊な性質が付与されており、"熱を感知"できる
地味だが、かなり有用
氷で熱感知って一体……
ともあれ、シャルロットの部屋に侵入者が現れれば瞬時に分かる
それはボクの部屋であっても同じだ
クリスの部屋はシャルロットの部屋の三倍、警戒度が高くなっている
クリスの可愛さを知れば、仕事など忘れて拐おうとする不届き者が現れても何ら不思議はないからだ
姉馬鹿フィルターを外せ?
ボクに死ねというのか
それにしてもだ
「……おかしい」
氷の感知が死んでいた
シャルロットの熱すら感知できていない
それどころか部屋を覆っていた氷がなくなっている
警戒しながら部屋を出る
シャルロットの部屋はすぐ隣だ
流石に夜遅くまで部屋の前で衛兵に見張らせるのは可哀想だとボクが父に主張したことで無惨に床に伏す衛兵を見ることはない
昔は容赦なく衛兵を置いていたが、ボクに刺客が差し向けられる度に毎度毎度声を上げる間もなく気絶させられる彼等が余りにも哀れだったので解放したところ、彼等は感極まり「人形姫万歳」と喜んだ
そんなに苦しかったのかと同情の念を抱きそうになる一方、『人形姫』は別称なんだけどなと複雑な心境だった
彼等が消えてから表向き、深夜は警備がざるとなった
……というのは、あくまで表向きで侍女が目を光らせている
侍女って衛兵より凄いよね
どこに隠れ潜んでいるのか分からないし、情報伝達の速さが異常だ
SNSでもしているのか
異常があれば侍女が動いている筈だが、その気配はない
しかし、ボクは剣を抜き、シャルロットの部屋の扉を開く
風が吹き抜けた
「遊びにいった……という訳ないか」
窓は開け放たれ、夜風が吹き通っていた
部屋の氷は綺麗さっぱり消えており、ベッドの上にいるはずの少女の姿もなかった
窓から外を覗くと外套を纏った二人組が走り去っていくのが見えた
片方は、麻袋を背負っていた
丁度、子供が一人入るくらいの大きさだ
ボクは窓から身を投げ出す
体は重力に従い落下する
地面にぶつかる前に風の魔法で減速し、フワリと着地する
チート能力を有しているからといっても、体も体力も大の大人には敵うまい
普通に走れば、距離を離されるだけだ
だから、少しズルをする
地面は音を立てて、凍る
更に風を吹かせる事で、ボクは氷の上を滑走する
追跡者に気付いた二人組は短く言葉を交わし、頷いた
バレたなら遠慮はいらない
ボクは速度を上げて一気に距離を詰め、氷柱を飛ばす
シャルロットには当たらないよう狙いは低めだ
手ぶらの方が、足を止めてもう一人を守るために氷柱の射線上に立ち、石で出来た何かを振り下ろす
すると、足を砕く気で撃った氷柱は初めから存在していなかったかのように掻き消えた
足元の氷道も消えてそれ以上、進むことは出来ず、足を止めざるえなかった
「一人でボクの相手をするつもりかい?」
面白い玩具を持っているようだけど、たった一人でボクを足止めしようという無謀
後悔させてやろう
対面した下手人は仮面で顔を隠していた
流石に顔を晒すほど間抜けではないらしい
仮に晒していても覚えることはないのだけれど
外套の男は恭〈うやうや〉しく腰を曲げ、名乗りを上げる
「これはこれはご機嫌麗しゅう王女殿下。私はアルルカンと申しますどうぞよしなに」
「自ら、道化を名乗るのかい下郎」
「本名を語るほど阿呆ではありません故」
「そうだね。今から殺す相手の名前なんて知ったところで意味はないね」
周囲の温度は下がり、道化は構えを取る
石で出来た手錠で戦うとする姿は、なるほど、道化を名乗るだけはある滑稽さだった
「リーナ・ヴァレンタインの契約に基づき、貴女様を無力化させていただきます」
「リーナ……?」
知らない名前だ
誰かに恨みを買うようなこと……よくあるからそれかな……
ボクに恨みを持つ有象無象の一人が道化を雇ったか
「では、失礼」
道化は外套を脱ぎ捨てる
外套と共にガラス片が一緒に落ちていた
気になったが、道化はアクションを起こさない
時間稼ぎのブラフか
おそらく道化の持つ手錠は特別製
迂闊に近付くべきではない
離れた場所から仕留めることにしよう
「串刺しだ」
四方から氷柱が起立し、道化の全身を刺し貫く
「……」
……はずだった
道化は無傷で立っていた
氷も発生していない
これは
「おや?魔力が使えない御様子」
「何をした」
魔法が使えない
魔力を使おうとしても何も起こらないのだ
そもそも魔力が練れているのかも曖昧だ
道化はおどけて言う
「はて?“魔力を殺す”ガスでも蔓延しているのではないですか?」
「そんなもの……」
ガスを散布したのはいつかは分からないが、外套を脱ぐときには撒き終えていたらしい
落ちたガラス片はガスの入っていたフラスコといったところか
しかし、周囲の魔力を殺すアイテムなんて……果たして、ないと言い切れるだろうか
ここは既にゲームの世界ではないのだ
ボクの知らないものがあっても不思議ではない
魔力を封じる手錠ならば知っている
原作でも『魔力封じ』という名称で登場していた
現に、ボクの初撃の氷柱を掻き消した石製の手錠が『魔力封じ』だ
けれど、“魔力を殺すガス”なんて知らない
いつか撲滅した『ユートピア』もそうだ
ボクやレオナルドの行動で、原作から乖離しているのか
だとしたら原作知識はあまりアテにならない
元より、原作知識は完全ではなかったのだから仕方ない
ボク、バッドエンドはプレイしない主義なんだよね
「魔力が使い物にならないのであれば、お得意の剣で挑まれますか?」
「ボクは守り専門なんだけどな……」
「ええ、貴女様のカウンターの鮮やかさは私の耳にも届いておりますとも」
道化は距離を詰める様子を見せない
向こうも迂闊に手を出す気はないか
「……聞いてもいいかな?」
「なんなりと。私に答えれることならばお答えしましょう」
「魔力を殺すガスなんてどこで手に入れたんだい?」
「私の手製です。お気に召したようでなにより」
「手製か。ボクも一つ欲しいね。友人が魔力を扱え切れていなくてね」
「存じておりますとも。ところで、貴女様は『魔力』が何であるか考えたことはありますか?」
「魔力がなにか、だって?」
魔力は魔力だ
それ以上でもそれ以下でもない
「貴女様も有象無象と変わらぬ、か。……俺はお前達の持つ『権能』が堪らなく妬ましいというのに……ッ!」
質問の意図を理解しないボクに男の態度が豹変する
仮面の上からも分かる憎悪
魔力が何かだって?
権能?
興味深い話だ
是非、ご高説頼みたいものだ
「……失礼。もう十分でしょう?貴女様は時間を稼ぎたい様子だが、私は速やかに仕事を終わらせたい」
「ならば、かかってくればいいじゃないか。魔力を使えないボクはただの小娘だからね」
「お戯れを。魔力を封じて尚、貴女様は格上。私は元より戦闘は専門外です。故に」
「……ああ、成る程」
急に剣を握る手に力が入らなくなってきていた
視界が霞む
気を抜くと意識を持っていかれそうだ
簡単なことだった
道化が撒いていた毒ガスは一種類だけではなかったのだ
「毒を盛らせていただきました。まさか、卑怯とは言いませんよね?」
「うん、言わないさ。けど、不味いな。ここまでの危機に陥ったのは初めてだ」
膝が震えてきた
気力で立ってはいるが動けそうにない
道化の姿がブレて見える
「危機と言っておられますが、貴女様は笑う余裕があると見えますよ」
ボクが笑っている?
それはおかしいな
顔色一つ変えないからボクは『人形姫』と呼ばれているんだよ
「笑みの理由は理解しております。見張りの侍女が援軍を連れて現れるのに期待しておられるのですね?」
「……」
舌が痺れてもう声も出せなかった
知っていて、道化はのんびりと話しているのか
違う
手を打っていたが故の余裕だ
「見張りの……確か、ウルスラとヒルダでしたか。今頃、良い夢を見ていることでしょう」
何が、戦闘は専門外だ
この男、侍女に気取られるより早く意識を奪う程度の技量はあるらしい
ガスでは遅すぎる
ほぼ暗殺者の侍女を殺さず、倒して見せたのか
ボク一人でもなんとでも出来ると慢心し、侍女の状態を確認しなかったボクの失態だ
気付けば、ボクは地に伏せていた
指一本、動かせない
「それでは良い旅を"悪役王女"。またお会いできましたら、またお会いしましょう」
ボクは、ソニア・フォン・カインベルクは人生初の完敗を喫した
Q,魔力とは
A,なんか凄いの
こうしきちーときゃらソニアちゃんは負けてしまいました
でも、作戦「ガンガン行こうぜ!」を選んでいたら剣で勝ってた
選択ミスですドンマイ姫様
次があるさ