〈27〉
今年も半分が過ぎ、夏がやってまいりました
皆様は如何お過ごしでしょう
お兄さんは学級裁判で処刑されるポジションやってました
いっそ殺せよっていうね
今年中に前話の予告まで辿り着けるのか
お兄さんは今年も無事に生き残れるのか
努力は絶対にしない主義なので祈るしかありません
火傷は背中に後が残るそうだが、幸い目に見えるところには残らないと侍女長が診てくれた
良かった
顔に火傷なんてすれば心優しいクリスに悲しい顔をされてしまうこととなる
しかし、まぁ、侍女長は本当になんでもこなすね
ギルダーツも侍女長には頭が上がらないらしいし、暗殺の腕はベルネリッタより上だと聞く
火傷による違和感は残るものの一日寝たら調子は良くなった
前世の体と違って素晴らしい適応力と回復力
ここ数日、内通者らしき者からシャルロットへの接触はなかった
ボクが少なからず負傷した今を好機と動くと思っていたのだけど、思ったより慎重なのか、まだヴォルキアに侵入していないという可能性もある
いずれにせよ警戒するに越したことはない
シャルロットは、ボクに火傷を負わせてから少し取り乱していたけれど、やっと精神状態が安定してきた
一時、シャルロットはボクを避けるようにしていたが、ボク以外に頼れる人もなし
ボクが火傷の事を気にしていないと再三に言うとまたボクの背中に張り付くようになった
火傷を負ったボクを見たクリスの百面相はそれはそう愛らしいものだった
表情を慌ただしく変えるクリスに申し訳なさと愛くるしさの板挟みだった
クリスの可愛さは日々磨きがかかっているのだと染々と実感する毎日だ
顔には火傷は残らないんだから心配いらないのに、姉思いの妹でボクは嬉しい
だが、父よ
可哀想だと抱きつかないでほしい
蛙のように潰れてしまう
シャルロットはカミーユやクラリナ嬢と少し距離が開いているものの打ち解けてきた
……と思いたいが、クラリナ嬢からの敵意は消えていないし、カミーユはシャルロットに興味もないようだ
人間関係は面倒で煩わしい
それはそうと、クリスがドレスを着る度にくるりとターンするのが最近のボクのお気に入りだ
ボクに見られているのを思い出す度に恥じらう仕草が実に良い
理性が蒸発しそうになる
「さて、シャルロット。魔法が暴走してしまわぬよう魔力を使用しないようにしているけれど、それではいつまで経っても何も変わらない。君は魔力を自由自在に操れるようにならないといけないんだ」
「で……怖……」
訳、でも、怖い
恐れて立ち止まる
大いに結構
ボクやクリスに実害がなければどうぞご自由にと言ってるところだけれど
「君はボクと同じく、膨大な魔力をその小さな体に内包している。これまでの暴走は民家や礼拝堂を全焼される"程度"に済んでいたけれど、もっと悲惨な事態になっていたかもしれないんだ」
先日の暴走による被害は城の一部とボクの背中で済んでいたが、それこそヴォルキアを滅ぼすほどの暴走になっていた可能性がある
いや、シャルロットを今のまま放っておけば、これから先、ヴォルキアを滅ぼす可能性すらある
原作で一国を滅ぼしている実績があるのだから
「だから、君には魔力の制御を出来るようになってもらう」
「やり方……わかんな……」
訳、やり方が分かんない
「なるほど、……実のところボクも分からない」
ボクは初めから制御出来ていた
母も、フィナンシェも身に付いた当初から体の一部のように当たり前に扱えたという
魔力の制御の訓練といっても何をすればいいのか皆目見当がつかない
どうしたものだろうか
森で魔獣狩りは……森が全焼するオチが見える
自然破壊は本意ではない
「ふっ、どうやらお困りのようですねソニア様」
ウザい声がした方を見てみれば
壁に寄りかかって、腕を組んで、ドヤ顔をした侍女がいた
態度が不遜すぎてビックリする
「君は、……誰だったかな?」
「あっれ!?もしかして私をお忘れですか!?」
侍女が凄い顔で驚いている
悪いけど、ボクはベルリネッタと侍女長以外の侍女の顔は覚えていないんだ
ヴォルキアの侍女って当然のように気配消すから視界に映らないし
というのは冗談
クリスに関わる人間を見逃すほどボクの目は甘くはない
名前と顔が一致しないことが多々あるが決して甘くはない
本当だよ
「馬鹿な少しばかり留守にしている間に時が過ぎたというの……!?ということはソニア様そっくりなこの子は……孫?」
「ボクはソニアで合ってるよ」
思考回路がかなりぶっ飛んでいるね
ボクは娘を作るどころか結婚する予定もないよ
生涯、クリスを愛で通すと決めている
「姫様、あの残念な方はヒルダです。肩書だけのクリス様付きの侍女の」
「分かってるよ。仕事もせずよく放浪しているヒルダ」
「酷い言われようですが放浪ではなく迷子です!お間違いなきように!」
「知ってたけど余計駄目じゃないかな」
強く訂正したところでサボり魔が方向音痴になっただけで悪印象が拭えていない
構わない?
君がそれでいいならボクは何も言わないよ
「こほん。魔法の鍛錬ならばお任せあれ!何を隠そうテレサ様の魔法の師匠とは私の事です!」
露骨に話が変わったね
まぁ、いいけど
「君、歳は?」
ベルくらいの見た目だし、せいぜい二十代前半といったところじゃないかな
それなのに母の師匠とはおかしなことを言う
侍女長だって年齢相応に老けてるんだよ
母に魔法の師匠がいたなんて話は聞いたことが無い
母から惚気以外の話が出ることもない
「駄目ですよソニア様。女性に年齢を尋ねるのは失礼にあたりますからね!女の子にモテませんよ?」
「クリス以外に好かれる意味があるのかい?」
変人の戯れ事に付き合っていては身がもたない
適当に流すのが吉だ
「おっと、クリス様を溺愛しすぎて正直引きますね……。まずは座学からです」
ヒルダは懐から伊達眼鏡を取り出し、装着
頼んでもいないのに魔力の講座を始めた
ドヤ顔で
眼鏡を着けたならば、表情を引き締めるところではないのか
氷塊で殴ってもいいかな
「諸説ありますが、魔力操作は感情に影響されるという考えが主流です」
「シャルロットを見ていると確かにそんな気がするね」
ボク、諸説とか主流とか知らないんだけど
魔力持ちの研究?
少し前まで放蕩と堕落の国であったヴォルキアがそんな頭良さそうなとこしているとでも?
「チッチッチッ、感情と言っても、魔力持ちが自身の魔力に抱いている感情ですよ?」
わかってないなー、と指を振って得意気に告げる
ヒルダは煽らないと気がすまない質なのか
氷槍で刺そう
「多くの魔力持ちは自身の魔力を当然のもの、謂わば、体の一部として考えています。だから、暴走なんて滅多に起こらない。けれど、魔力を恐ろしいものだと自身の感情が自身の魔力を否定すれば暴走するのですよ。火の魔力持ちがよく暴走するのは人間が本能的に火を恐れているからだと言います。まぁ、私の所感ですけどね?」
「へぇ、シャルロット。参考になったかい?」
「う……」
それはよかった
魔力に対するトラウマの克服の切っ掛けを得れたなら幸いだ
「それにしてもだ。ヒルダ、魔力についてよく知っているようだけど君も魔力持ちだったかい?」
「いえ、違いますよ?大体、私の勘で言ってました」
「それでよく知ったように語れたね」
その自信はどこから沸いてくるのか
氷像にして砕こう
「ん?」
ヒルダが真顔になる
真顔だとまともな侍女に見えるから不思議
「侍女長の気配が近付いてくる!ソニア様、私はこれで退散しますね!」
ヒルダはそう言い残すと風のように去っていった
侍女長の気配を察知するとは、ヒルダは出来る侍女らしい
「姫様」
「捨て置け」
侍女長からは逃れられない
ボクですら付近に接近されるまで侍女長に気付くことは出来ない
侍女長を撒くのはギルダーツを撒くより難易度が高い
ヒルダが捕まるのは時間の問題だね
侍女長の大捕り物
さぞや良き見物になることだろう
「わた……まりょ……きら……」
訳、私は魔力嫌い
シャルロットが魔力に嫌悪を抱くのは共感できなくとも理解はできる
魔力のせいで疎まれ、遠ざけられて、両親を奪っていったのだから
「ボクは魔力を疎ましいと思ったことはないね」
精神は幼子のそれだがシャルロットは賢しい
嘘や同情などすぐに気付く
そして傷付くのだ
だからボクは嘘をつかない
「ボクは魔力が暴走したことがないからね。それがどれだけ恐ろしいのか実感がない」
一度、死んで、二度目の生では幾度の暗殺未遂
それでもボクは死の危険なんて感じなかった
一度目の死では現世に未練はなかった
二度目の今ではハイスペックさ故に人生がイージーモードだ
ボクは感情が爆発するような事態に遭わなかった
悪役王女ソニア・フォン・カインベルクは主人公達と敵対しない限り、そんな目に会う設定は存在していない
「ボクは君の苦悩を分かってあげれない。ボクは家族に疎まれていないから」
家族に愛されている
ボクは恵まれているんだ
例え、疎まれていてもボクは……
前世と同じように家族をいない者として扱い、扱われていただけだ
そこに傷付く余地はない
「人は他人を理解できはしない。だから、少しずつ慣れていけばいいさ。君がどういう風になろうとボクが君を疎まない」
紛れもない本音だ
ボクはシャルロットがどのような変化を迎えようと拒絶しない
ありのままに受け入れる
生まれ変わろうと"私"の本質は変わっていないのだから
「魔力は体の一部。手足の使い方なんて誰かに教えられて使っているわけではない」
臆病な少女に良いものを見せてあげよう
彼女がほんの少し、勇気を出せるように
魔力に形を与える
氷は姿を得て踊り出す
「凄……!」
氷の蝶が舞い
シャルロットが蝶を追い掛ければ
氷の兎が跳び跳ねる
氷の小動物と少女が戯れる絵は幻想的だった
「これくらい練習すればシャルロットも出来るようになるさ」
「いや、無理では……?」
思っても言うんじゃない
正直、ボクも無理だと思うけど言ってはいけない
氷と火では出来る事が違うし、今ボクがやっている芸当はかなり技術がいる
大きな氷塊で人を圧殺するのは練習するまでもないのに、これには結構な時間を費やした
でも、クリスに喜ばれたので無駄ではなかった
クリスの笑顔のためなら無理で道理も押し通そう
「出来……?」
訳、出来る?
「ああ、魔力は人を傷付けるだけのものじゃない」
クリスを楽しませたり、父の抱擁を避けたり、クリスに近寄る馬の骨に身の程を教えたり、頭以外を凍らせて、すぐに殺さず、じわじわと迫る死の恐怖を味あわせて命乞いをさせたり出来る
魔力って素晴らしく便利だよね
「まりょ……わた……自し……」
訳、魔力は私自身
シャルロットは魔力を練ったのだろう
ライターくらいの火が現れて宙を焦がす
火は揺らめいて、心なしかボクの氷に合わせて踊っているように見えた
「……なんだ出来るじゃないか。暖かくて優しい火だ」
「う……!」
良い笑顔だ
ボクと会ってから初めてシャルロットの笑った顔を見た気がする
てっきり暴走すると思ってシャルロットを氷の檻に閉じ込める準備をしていたのは秘密だ