〈26〉
シャルロットの誘拐を阻止する
言うは易し、行うのは難し
原作であるゲームの知識でシャルロットが過去に誘拐されて隣国に売り飛ばされたという事実は知っているが、その詳細はゲームで描かれていない
故に、暗中手探りで阻止しなければならない
原作でシャルロットは人間不信という設定があった
確証はないが過去に親しい人物に裏切られた、そんなお約束の展開があったのではないか
王城で心を許せる相手はいない状況
心細い子供の弱みに付け込み、優しい味方の振りをして近づき、誘拐犯はシャルロットの懐に入り込む
油断している彼女を連れ去るのは容易だ
これへの対処は難しくない
ボクが付いているだけでシャルロットを誑かそうとする手合いの抑止力になる
残虐非道な第一王女に好き好んで近付く物好きはそういまい
それでもなお、近付いてくるのは腹に一物抱えた食わせ者か頭が悪い変態だ
獲物が餌に食いつくのを待つとしよう
「師匠!本日は稽古を……なんだお前!?ソニア様の後ろに着いて回るなど不敬者め!」
まずはお腰に木刀を付けた馬鹿が釣れた
全く成果が伴わない訓練をよく律儀に続けるものだと感心するよ
駄犬は新参者を見てキャンキャンと吠えている
ボクを見つけては着けて回る犬は不敬者にカウントされないのか疑問だ
「ソニ……」
チワワの遠吠えに怯えたシャルロットはボクの背中に密着して隠れる
どこかで壁を殴る音が聞こえたけれど気のせいだろう
全く、仕方ない子だ
仕方ないけれど、ボクの背中に密着した状態での暴走は勘弁してほしい
シャルロットの魔力の高まりを感じるんだよ
「ユリウス」
「はい!ソニア様!」
よし、いい返事だ
ご褒美にボディに一発打ち込むとしようか
「歯を食いしばれ」
「え?ぶふっ!?」
うん、綺麗なのが入った
ユリウスはくの字に折れて飛んでいった
屋内で助かったねユリウス
その無様を多くの者に晒すことはない
通りかかった者が噂して広めるかもしれないけど
いや、もう無様な駄犬と知れ渡っているんだっけ?
噂に疎いボクは知らないし、興味もない事だ
「この子はボクが面倒を見ることになった子だ。怯えさせるようなことがないように。次はないと思いなよ?」
警告が聞こえていたか定かではないが、警告はした
か弱い少女を泣かす男に騎士になる資格はない
次にシャルロットを泣かせれば騎士見習いから【カミーユと永遠に一緒コース~首輪を添えて】に送ることになるよ
シャルロットがボロ雑巾を放っておいていいのかと視線で訴えかけてくる
ボクは頷いて大丈夫だと答える
これは耐久値を鍛える稽古だからね
ユリウスも納得している
二、三回殴った時点でドMだと確信した
見てみなよ
幸せそうな顔で気絶しているよ
「あら?ユリウスが無防備に可愛い顔を晒してる気配がして来てみればソニアと……見ない新顔ですわね」
「カミーユ」
随分とピンポイントな気配を嗅ぎ付けるものだね我が親友
ボクとシャルロットを一瞥して、ユリウスの顔を覗き込んでいる
シャルロットを紹介してもいいけど、今はユリウスのだらしない顔を見ることに全リソースを裂いていそうだからまた今度にしよう
「この顔のどこがだらしないと言いますの!?」
「人の心を読むんじゃない」
人の心の声にツッコミをいれながら、ユリウスから一切目を逸らさないところ意識が高い変態だと思う
同じ穴の貉?
知らない言葉だね
※ ※ ※
実の弟に危うい目を向けている親友は放置した
まだ年齢的に手は出さないと思う
ボクもクリスに手を出してないから間違いない
それはそうと、シャルロットの人間不信レベルが上昇した気がする
「いいかいシャルロット?さっきの変人は稀少種で滅多にいるものではないん……」
世の中はあんな馬鹿や変態ばかりではないと、フォローしていた矢先に
父とギルダーツが上半身裸で組手を取っているのが視界に飛び込んだ
あの二人が裸なのはいつもの事だ
だから、分かる
声援を送る他の騎士も脱いでいた
これは分からない
何故だ
観客である騎士達が何の理由があって脱いだ
今は肌寒い季節だというのにおかしな事だ
汗臭いというか男臭いというか熱気が凄まじい
ユリウスに凄まれた時よりシャルロットの震えが強い
変態に遭遇するにつれてシャルロットのボクへの信頼度が上がっていく
「……ソニア様」
「……ッ!」
男共のお祭り騒ぎに引いていると後ろから声をかけられた
接近に気づいていなかったシャルロットが大きく跳ねる
慣れてないシャルロットには心臓に悪かったかな
「どうかしたかいクラリナ?」
クラリナ嬢だ
彼女はいつも音もなくボクの背後に現れる
ただ完全には気配を消し切れていないからある程度の距離まで近付くと分かる
侍女長は鍛えれば光る原石とクラリナ嬢を高く評価していた
ただ、侍女に暗殺者適正は必要ではないと思う
「……その子は」
「うん。優秀なクラリナならもう知ってるよね?」
「……はい」
ボクの数少ない友人の中で一番情報通な彼女の事だ
シャルロットの事情も知っていることだろう
ボク以外と積極的に関わらないクラリナ嬢がどうやって情報を集めているのかは気になるところ
「……」
「クラリナ?」
瞬きせず、ボクの背後を注視しているけれど噂の魔力持ちが気になるのかな
「怪我をしてるみたいだけど大丈夫かい?」
クラリナ嬢の拳から血が滲んでいるように見える
「……少し、ぶつかっただけです」
ご心配をかけました、と手を後ろに隠した
どう、ぶつかって拳だけを傷付けるのか
別に深く聞くつもりはないけどね
顔に反して目が笑っていなくて少し怖いし
「……シャルロットさん」
「……」
クラリナ嬢にも言えることだが、知らない人間と喋れるほどシャルロットのコミュ力は高くない
ボクもディナーをご馳走して漸く口を開いてくれた
クラリナ嬢に返事はしないが警戒からか耳は傾けているようだ
それを承知してクラリナ嬢は続ける
「……夜道には気をつけてください」
「ひぇ……」
殺害予告だった
クラリナ嬢は冗談を言う性格ではない
本気の目をしている
何が彼女を駆り立てたのか
意図しない事態に警戒する相手が増えた
それはそうと、ガタガタ震えるシャルロットをどう宥めようか
殺意を向けられた程度で振る上がるなんて弱い子だ
ボクの耳が去り際に、クラリナ嬢の衣服から割と慣れ親しんだ金属音がするのを拾ったが、装飾品の類だと思いたい
※ ※ ※
「あの子、殿下に虐められているのかしら?」
「可哀想に顔が真っ青よ」
「どんな惨い目に遭わされてるっていうんだ?」
聞こえないように言っているつもりだろうけど、ボクにはばっちりと聞こえているよ
血の気が引いてゲッソリしている子供を引き連れているせいか、すれ違う人間の間に誤解が広がっている
今更、一つや二つ誤解が増えたところで気にするボクではないけどね
それらしい人間からの接触はなかったが、魔力持ちの噂は十分に城内に広がった
そもそもボクがいるのに接触してくるはずはないか
少し歩いて回っただけだけれど、インドア派シャルロットに疲労が見える
部屋に戻ろうと踵を返して面倒に出くわす
ああ、不注意だった
警戒するべきは内通者ばかりではない
同じ転生者であるレオナルドも警戒するべきだった
最近は大人しくしているから存在を忘れていた
今、角から曲がって現れた本人を見て思い出した
向こうもこちらを視界に捉えている様子だ
「あっ、ソニア様!おはようございます!」
顔を合わせたフィナンシェがボクに挨拶をする
レオナルドはボクの後ろにいたシャルロットだけを見ていた
寒いのに強いボクだけど悪寒を感じた
面倒事の予感だ
予感というより確信かな
「あ?シャルじゃねぇか」
ああ、本当に厄介だ
隣にフィナンシェがいなければ氷柱で顔面を殴打して黙らせていたが、躊躇してしまった
その隙にレオナルドの言葉はシャルロットに届いた
「シャ……?パパ……ママ……ぁ……ああああッ!!」
「あ、やべっ」
「あの屑、面倒な事を……」
いつもの仕返しか主人公が見事に地雷を踏み抜いた
シャルロットをシャルと略称で呼んではいけない
彼女を略称で呼んでいたのはシャルロットの両親だけだから
シャルロットは取り返しのつかない事故を一度起こしている
自身の両親を焼き殺したことだ
その傷が癒えていない
略称で呼べば両親を殺したトラウマが甦り、堰を切ったように魔力が溢れ出す
ボクには理解できない感情だ
死者にそこまで激情を抱けるシャルロットをボクは理解できない
だって、死んだらそれはただの肉の塊なのだから
「く……っ」
「ああああああ!!」
悲観に染まる魔力が炎という形を得て顕現する
全てを灰塵に化さんと猛り震える
至近にいたボクは諸に炎を浴びドレスは焼け、皮膚を炙られた
痛みを与えるのは得意だけど、痛みを与えられるのには慣れていない
涙が出る
ボクはシャルの周囲に氷壁を生み出し炎の進行を留める
だが、いかんせん相性が悪い
シャルロットの叫びに比例して勢いを増す紅蓮の前にとうとう氷柱は溶け出す
二つの魔力がぶつかる最中、我先に逃げ出したレオナルドの足元に小石程度の氷を作り出し、顔面からスライディングさせたが余裕はない
ざまぁみろ
ボクはもっと痛い
「ソニア様!」
幼馴染みを放って逃げ出した屑と違い、フィナンシェはボクに寄ろうとする
何故、危険なのに近寄ろうとするのか理解に苦しむ
火傷のせいで魔力を上手く練れなくて、氷壁は
今、足手まといを守る余裕はない
万が一の場合は見捨てるか
フィナンシェは手を翳し言った
「止めます!」
何をと聞く前に事態は好転する
シャルロットの炎が弱まった
これなら鎮められる
「凍れ」
※ ※ ※
落ち着いたシャルは赤色から黒色に変色した床で寝息を立てていた
被害は最小限に抑えたと自負している
壁は焦げ、天井は焼け落ち、上の階に穴が開いた程度で済んだ
これを修理するのにまた老害が騒ぎ立てるに違いない
聞くのはボクではなく父なのだけれど
悪いのはレオナルドなので許してほしいところだ
とはいえ、レオナルドに罰を与えるは難しいだろう
屑は見ず知らずのシャルロットを略称で呼んだだけなのだから
これで罰を与えようものならアルゴン・ギーレンが黙っていまい
悪いのは勝手に暴走したシャルロットと、その暴走を未然に防げなかったボクとなる
全く、今日は酷い日だ
「あの、ソニア様……お怪我が」
事態解決の立役者がボクの身を案じてくれる
足手まといだと思って申し訳なかった
口にはしないけどね
火傷の具合はよろしくない
「大丈夫だよフィナンシェ。凄く痛いだけだから」
表情が顔に出にくいからそう見えないだろうね
でも、強がっているだけで凄く痛いんだよね
火傷なんて前世でも負ったことないよ
気を抜けば意識が飛びそうだ
もうじきにベルが飛んで来る
それまでの辛抱だ
「そういえば、フィナンシェも魔力持ちだったね」
会話していると痛みが紛れる気がするから彼女と言葉を交わす
フィナンシェを助けておいて良かった
よくやった昔のボク
「はい!私、人を楽しい気持ちとか嬉しい気持ちにさせたり出来るんです!」
フィナンシェは自慢げに自身の魔法の効果を口にする
シャルロットのトラウマをフィナンシェは魔法で喜びの感情を与えて相殺したのだ
「なるほど、他人の気分を高揚させる魔法か。凄いね」
使い方次第で化ける魔法だ
彼女の魔法はおそらく痛みも高揚で打ち消せる
恐怖を興奮で殺せる
死を恐れない兵団を作ることが出来る
そういう恐ろしい魔法だ
「そ、そうですか?えへへ、レオはへっぽこ魔法って笑うんですけど、ソニア様に褒めて貰えるなんて光栄ですっ」
肯定的な意見に照れた様子を見せるフィナンシェ
普通の感性をした彼女にはボクが想定した使い方なんて出来そうにない
それはきっと、いいことなのだろう
通りすがりのフィナンシェのおかげで事なきを得た
こんな事態になったのも通りすがりの屑に遭遇したからだけ
どね
あの屑が口説いてる貴族の子女共に悪評を流してやろうか
結構な火傷だけど治るかな
後が残ってもボクは気にしないけれど親馬鹿の父は嘆くだろう
勢いのあまりシャルロットを殺さないか注意しないとね
説得は母に任せよう
クリスの悲しむ顔が唯一の気掛かりだ
泣いてしまったらどうしよう
妹を悲しませるなんて不甲斐ない姉だ
前世の妹はボクが死んでも悲しまないから気が楽だったけどね
「お待たせしました姫様」
ああ、やっと来たかベル
少し眠るから後はよろしく頼むよ
はいはーい!皆様お久しぶりです!天の邪鬼です!
そろそろどっか矛盾が発生してるんじゃないかと不安になってくる頃
間が開きすぎるのが原因ですよねー
早くなんとかしないと!
どうにもならないんじゃないですかねー!
リアル捨てれば書けるんだけどね!
毎週更新できてる人凄いよねお兄さんリスペクトしてるよ
話ズレてる?
まぁ、それはそれ
難しいこと考えず生きていきたいなぁ……
作者の逃げ場
プロットをころころ書き換える悪癖を封じるための予告
「ようこそグランツへ。蛮族の姫君」
「いやぁ、お恥ずかし話ですが。今、ダルク聖教は危機に瀕しておりましてね」
「ソニア様と一緒に過ごしたいかなーって。どう……かな……?」
今年中に予告の場面まで執筆できるかなぁ
できたらいいなぁ
いや、できる!お兄さんできる系のお兄さんだから!