〈23〉
アクシデントもあったせいか王城の門を潜る頃には、すっかり日が落ちていた
御者の人に結構飛ばしてもらったんだけどね
そのせいもあって、マーキュリーの王女と王子は完全に酔ってしまっていた
馬車の御者は馬の扱いは荒いが速度に関しては右に出るのはいない
少々、頭がアレだが頼りになる御者だ
最高にイカしたドライブテクニック
慣れていないと二人のようにダウンする
王女と王子はギルダーツにでも預ければいいだろう
他国の王族の扱いが雑だと感じなくもないが、マナーとかボク知らないし粗相があってはいけない
ボクはこれにて失敬するよ
手遅れとか言うんじゃないベルリネッタ
ギルダーツの悲鳴なんて聞こえない
夜帰りのボクにクリスはご立腹のようで、可愛い
耐えろボクの理性
手を出すにはまだ早い
お互いもっと成長するまで待つべきだ
取り合えず、一緒にお風呂に入ろうクリス
大丈夫
ボクは冷静だとも、ベルリネッタが心配するようなことは何もなかった
ああ、なかったとも
姉妹水入らずでお風呂に入っただけなのだからね
当然だけど、クリスの染み一つない珠肌は美しいだけで言い表せない素晴らしいものだった
その後は二人で一緒に寝るだけさ
そういえば、母からも何かしら注意を受けると思ったけど何もなかった
母が忙しそうにしているのは珍しくないけれど、父すらも駆り出されていた
父よ
仕事が出来たのですか
ソニアは驚きです
そして、疲れたからと娘の寝室に堂々と入り込むとは本当に驚きです
クリスを起こした天罰を受けるといい
反抗期ではありません
ただのシスコンです
母に説教される父はいつも通り滑稽だった
※ ※ ※
翌朝、父は真面目な様子でボクに時間はあるかと聞いてきた
顔面に殴打された後がなければ完璧な王様の風格だ
氷で殴打したのはボクだけれどね
真面目に勉学に勤しむ賢く可愛い妹と違ってボクは時間があったので付き合うことにした
母が後ろでにこりとしていたから初めから拒否権がないことは分かっていたとも
家庭内で最強は母である
「愛しい我が娘ソニアよ。実はだな、良い報せと悪い報せだあるのだが、どちらから聞きたい?」
「では、順番で」
両方聞くならばどちらからでも結果は変わらないと思う
「魔力持ちの少女が見付かった。今は教会に保護されているがどうする?」
聞いてばかりだね父よ
しかし、そうか
おそらくヒロインの一人であるシャルロットが保護されたのだろう
それは確かに良い報せだ
原作でもシャルロットについては大雑把な情報しかなかったからね
幼い頃に誘拐されて、彼女は誘拐された先で国を亡ぼすという曖昧で過激な経歴だ
何が起こるか不明瞭なところがあるが、確保しておくに越したことはない
核兵器並の戦力であるシャルロットを抑えられるのは同じく核兵器レベルの戦力であるボクだけだから
「教会から引き取って、ボクが面倒を見ます」
「分かった。そのように手配しよう」
そもそも、ヴォルキアが魔力持ちの少女の探索をしていたのは何故か
ボクが父に懇願したからだ
同世代の魔力持ちの友人が欲しいと強請った
レオナルドとかフィナンシェがいるがそれはそれ
深く考えない父は直ちに魔力持ちの捜索の命を出した
……ギルダーツに
三十路だからかギルダーツは白髪が増えてきた
気苦労が絶えないね
原因はボクとか父だけど
彼は真面目な性分だからきっちり仕事を果たしてくれたらしい
本当に感謝するばかりだ
もっと、慎みを持ってくださいとか言われた気がするけれど気のせいだね
それで悪い報せはなんだろうか
「隣国のポンコツが婚約を申し込んできた。断るぞ」
そこは聞かないのか父よ
戦装束まで着て、戦でも開くつもりだろうか
親馬鹿ここに極めりだ
え?クリスに婚約を申し込む国があれば?勿論、滅ぼすよ
「アレクトル?」
「む、むぅ」
一瞬で母の威圧に屈した
いい歳した大人がむくれても可愛くないぞ父よ
「ソニアには不快な思いをさせてしまうかもしれないけれど、国のために必要なの、分かってね」
話の続きは母が継いだ
マーキュリーは【商人の国】と呼ばれるほどに国力が高く、食料も豊富
この世界では珍しい学園などもあり、他国との交友も広い
その反面、軍事力が低い
そのためマーキュリーの王は各方面に血縁者を送り込み、仲良くしましょうねと条約を結んでいる
条約は破り捨てるものと歴史が語っているが、マーキュリーを攻めてはいけないと国々に暗黙の了解があるため戦火がマーキュリーに及ぶことはない
そんなマーキュリーから見てもヴォルキアなど眼中にないほどの弱小国家で、【愚者の国】と比喩されていた
だが、王が交代してから短期間の間に、列強と対等なテーブルに付く王妃の手腕や、ある戦争をきっかけにヴォルキアの軍事力を見せつけられた
いよいよ、マーキュリーも座してはいられなくなったということか
「別に本当に結婚するも、ましてや仲良くする必要はないわ。あくまで婚約。搾り取れるだけ搾り取って、用が済んだら向こうの後ろ暗いことを暴いて婚約を解消する。向こうに傷が付いてもソニアは無傷で済むわ」
だから、安心してと微笑む母の姿に頼もしさと腹黒さを感じる
父の放浪に付き合わされた結果、ここまで黒く染まってしまったというのか
いや、母の腹黒さは天性の才能だ
ボクは確信している
もしかしたら、母はボクの心の底まで見透かしているのかも
……その上で、ボクに愛情を注げるだろうか
「一応、マーキュリーの王子と顔合わせはしてるのよね?会っておく?」
顔合わせとは森で救出して、馬車で運搬したことだろうか
あれを顔合わせといっていいのか微妙なところだが
「今日はクリスと過ごすのでいいです」
生憎、予定はクリスで埋まっている
「あら、そう。じゃあ、お土産を持たせて帰らせましょうか」
命の危機に瀕してまでヴォルキアに来た客人にその対応は酷くないかと思うが、クリスのためだ
すまない王子
しかし、君なら分かってくれると信じている
可愛い妹は何事においても優先されるということを!
「お姉様、もし良ければナイフの使い方など教えていただけないでしょうか?いえ、料理ではありません。護身術の方です。ええ、万が一など有り得ないことは分かっていますが、扱えるに越したことはないと思うのです。……駄目ですかお姉様?」
ボク、上目遣いは反則だと思うな
※ ※ ※
翌日、カサンドラと王子はヴォルキアを発った
母が土産だけ渡してさっさとヴォルキアから追い出した
というわけでは流石にない
負傷した兵を無事だった護衛と共に先にマーキュリーに返したので、早く帰国して顔を見せねば心配されてしまうとのことだ
当然、見送りくらいはした
誠意として馬車をヴォルキアが用意し、護衛にギルダーツを始めとした精鋭の騎士を付けた
野盗や魔獣如きに遅れは取るまい
昨日、顔を見せなかったというのに、カサンドラと王子はボクに好意的だった
人が良いのだろう
……そういえば、婚約者の少年の名を聞いていなかった
婚約とはいえ、形だけのものらしいから、どうでもいいかな
名前が出ないまま出番が終了した不遇な少年
彼の名はエルモート・ヴァン・ルークシュアーツ
人を疑うことのない真っ直ぐな正統派イケメン
彼との縁が更なる縁を呼び込む事になるが、彼の活躍があるかどうかは別の話
一応、今後出番はある
逆転のチャンスはあるぞ