〈17〉
「今日から行事見習いとして仕えることになりましたフィナンシェ・ギーレンです。お久しぶりです王女殿下!」
ボクは無表情を保ちつつ彼女の来訪に驚いていた
以前あったフィナンシェは茶色の目だったが眼前にいる彼女の目は淡い緑色になっていた
前世ならカラーコンタクトという可能性もあったがこの世界にはまだそんなものは作られていない
この世界で目の色が変わるということは魔力が発現した証に他ならない
原作では死んでる設定の主人公の幼馴染みはボクと同じ希少な魔力持ちだったようだ
「そうかい」
驚きはしたけれどそれを表には出さない
驚きを顔に表さないのは単にポーカーフェイスの癖がついているだけなんだけどね
あまりに表情を変えないものだから一部の貴族はボクを《人形姫》と呼んでいるらしい
ボクの通り名は一体いくつ存在しているのか気に名あるところだ
「素っ気ないですねー姫様。そんな態度だから友達ができないんですよ」
「ベル、クリスがいなければここで果てることになっていたよ?」
愛しの妹に死体なんて汚物を見せれないから注意だけにしておくけど、危うく氷の槍で串刺しにするところだったよ
クリスがいるところならボクが仕置きをしてこないことを知っているからこその無礼だろう
まぁ、ボクは友達がいないと言われたくらいで怒らないよ
カミーユとクラリナ嬢、ついでにユリウスがいるからぼっちじゃないからね
前世とは違うんだよ前世とは
「フィナンシェが魔力持ちなのは素直に驚いたよ」
「私も最近、魔力が発現して驚いてるんです。あ!レオナルドも魔力が発現したんです!」
それは知っていたよ
レオナルドはヒロインの一人、シャルロットと同じ火の魔力を持ってる
原作でソニア・フォン・カインベルクに止めを刺したのレオナルドの炎剣
火の魔力持ちはボクの氷を溶かすから厄介なことこの上ない
レオナルドの魔力はボクに比べると霞のようなものだけどシャルロットは国を一つ滅ぼすほど規格外の魔力を有している
原作では互角に戦っているようだけど現実だとボクが負けるに違いない
天敵のシャルロットは意地でもこちら側に着ける
「ということは彼も来てるのか」
ヴォルキアの魔力持ちの多くは王城に集まる
理由はあるがちなもので回りから疎んじられるからである
大多数の人間は自分と異なるものを嫌い排除したがる
魔物を意味もなく狩るのもそういった理由からだ
自分達の狩る魔物と同じ魔力を使う人間を好く理由がない
そしてヴォルキアの主流な宗教であるダルク教の教えでも魔力持ちは異端とされている
ダルク教の現教皇が魔力持ちを受け入れようと謳っても効果はなかった
本気で訴えていなかったのが主な原因だがダルク教に期待するのがそもそもお門違い
前王は流石に戦争などで役に立つ魔力持ちを無為にしたくなかったらしく王城では魔力持ちは好待遇で向かい入れられていた
普段は鬱陶しいだけの貴族も珍しい魔力持ちには好印象を抱いていたのと神なんて利益にならないものを信仰していなかったので問題もたまにしか起こらなかった
隣国の《グランツ》は魔力持ちを使い捨ての奴隷のように扱っていることからヴォルキアは魔力持ちの楽園と思われている
それでもヴォルキア人口およそ150万人いながらボクの知るところ魔力持ちは7人しかいない
本当に少ないのか魔力持ちと悟られないように隠して生きているか
ボクは後者を推すね
「おや、これは王女殿下では御座いませんか。我が娘が粗相をしてしでかしておりませんかな?」
とくに特徴のない若いおっさんがぬるっと現れた
「アルゴ、お義父様!」
アルゴンさんと呼びかけたところをみるとギーレン家の娘になったことにまだ慣れていないのだろう
「アルゴンか。フィナンシェを娘に取って日が浅いだろうにもう行儀見習いに出すのかい?」
「えぇ、フィナンシェは非常に優秀で一通りのことは一か月で覚えましたよ」
「一か月か、確かに優秀だね。でも、君がギーレン家に引き取られたときは一週間で貴族として生き残る術を身に着けたと聞いたことがあるけど本当かい?」
原作では語られていない話だがギーレン家は代々、他の家から将来有望な子供を養子にもらい跡継ぎとして育てるしきたりがある
アルゴン・ギーレンも例外ではなくしきたりで他家からギーレン家に養子として迎えられている
ギーレン家は血筋より才能を優先する家なのだ
故にギーレンの血を持っている者はすでになく形だけのものとなっている
「買い被りで御座いますよ王女殿下、前王の時代がぬるかっただけのこと。世代が交代した今、私ごとき気を抜けば刹那の間に食い尽くされるでしょう」
「よく言うよ。ところでもう一人も城に来ているのかな?」
「えぇ、レオナルドには剣の才があり、何より希少な魔力持ちで御座います。ヴォルキアの未来を担う王女殿下の力になりましょう。そうだ丁度近くにいることですし、我が息子を紹介いたしましょう」
アルゴン、つくづく芝居がかった男だと思う
彼ならレオナルドの歳がまだ六であることに気付いているだろうにリスクを気にもせず平然と送り出すどころかボクに売ろうというのか
「いや、知ってるからいいよ。騎士についても間にあっている。ボクには騎士より有能な侍女がいるからね。それとクリスの騎士候補も見つけているよ」
流れるように即答で断る
クリスがいる今、下衆野郎の登場を許すわけにはいかない
この手の作品でよく見る主人公補正とやらがないとは限らない
クリスが強制力とはいえ誰かに惚れるところを見たらボクの心がポキッと折られかねない
それがなかったとしてもクリスは五歳にして世界のあらゆる財宝よりも美しい
枯れてる者なら兎も角、下品の見本といえるであろうレオナルドがクリスに本気で惚れない道理はない
「そうですか。それは残念」
老害なら後先考えずしつこく食い下がってくるものなのだけれどアルゴンは顔色一つ変えず引き下がる
アルゴンは空気を読むのがうまい
これ以上、レオナルドの話するのは得策ではないと察したのだ
まぁ、この程度のことを読み違えるような男なら今頃、土の肥やしになっているだろうね
ギーレン家は敵が多い
母、テレサ・フォン・カインベルクもその例外ではない
無能な当主であったならば呆気なく潰されてしまう
もっとも、母の場合はアルゴン・ギーレンが腹の内が見えないほど不気味で本音が読めないから毛嫌いしているらしいからギーレン家自体には敵意はない
原作レオナルドはクリスルート以外はギーレン家当主となりその人望からギーレン家に繁栄をもたらしていた
転生者のレオナルドに原作レオナルドと同じレベルの人望など現実的ではないだろう
聡明で狡猾なアルゴンが選択を誤ることはない次期当主はフィナンシェで決まりだね
フィナンシェはボクがレオナルドを拒絶したとき僅かに眉を動かした
幼馴染みを拒まれた故の不愉快ではない
少し前までただの貧しい子供だった少女がクリスの前以外では《人形姫》と呼ばれるほど表情の乏しいボクの変化に気付いたのだ
彼女は優秀な策士に成長するだろう
今のうちに首輪を付けたいところだけどアルゴンが許さないね
「———して、騎士候補とは?」
「何事も事前に調べつくしている君から質問されるなんて新鮮な気分だよ。といっても君が知らないのは無理ないことさ。つい先ほど決めたことなんだからね」
「先ほど?まさか、王女殿下に軽くあしらわれていた小娘のことで御座いますか」
「ボクに勝った勝者だ」
セリカを見下したアルゴンを睨み付ける
ハンデありきであったとしてもボクに勝ったセリカを低く見るのは敗者であるボクも低く見るということ
この失言だけでボクにとってはアルゴンを殺す大義名分になりえる
「失礼、言葉が過ぎました。お許し下さい」
といってもただで殺されるほどアルゴンは甘くない
彼は敵が多いがそれと同じくらい味方もいる
———一子爵を殺すだけで戦争が起こる可能性があるなんて怖い怖い
「では、王女殿下。私達はこれで失礼致します」
「……」
ボクは慇懃な礼を残し去っていく二人を見送る
「姫様」
「なんだいベル」
「物陰から鼻息を荒げてこちらを見ていた子供がおりましたがあれが子爵の言っていた愚息だったんでしょうか?」
「え、何それ気持ちが悪い。それと愚息とまでは言ってなかったよ」
わかってて放置していたのかこの侍女
クリスにもしもがあればどうするつもりだったのか
まぁ、クリスに近づけばボクでも気付くし首落としてただけだね
「お姉様?お話が終わったのでしたらお茶にしませんか?」
「ベル、些事はいい。茶菓子の用意を」
不審者なんていつものことだ
クリスほどの可憐な花に虫が群がるのは自然の摂理といえよう
今、もっとも重要なことは虫けらのことではなくクリスとの時間を無駄にしてしまった分を取り戻すことだと思う
ついでにセリカを呼んで親睦を深めようそうしよう
一か月ぶりに投稿
手抜きに見えるのは気のせいかと(震え声)
下衆野郎ことレオナルド君は幼女クリスをロックオンしました
主人公補正はねぇよ———あるのはヒロイン補正だけだ