〈16〉
更新が遅れてしまって申し訳ない
色々と消えてしまったものでね
ギルダーツは王女殿下の提案に乗り気だった
それはそうだろう
騎士団の三割が《ユートピア》という薬を使用していたという理由で粛清された
一部はテレサが政治的理由で薬を使用していないのに粛清されていたがいても役に立たないので数には数えていない
今、敵対している隣国のグランツに攻められれば民の多くが戦禍の犠牲になるに違いない
故にギルダーツは女であろうと優秀であるなら騎士団に入ってほしいと思っていた
しかし、一伯爵にすぎないギルダーツの意見が通るわけもなく何時グランツが攻め入ってくるか冷や冷やしていた
そんなときに王女殿下がいつも通り突飛なことを言い出した
自分を殺しにきた暗殺者を侍女にしたときなどは呆れたものだったが今のは正に鶴の一声
王女殿下の言うことなら反対は少ない
《血濡れ王女》と恐れられる王女殿下に下手に目を付けられると秘密裏に殺されかねないからだ
かなりハンデを設けた
王女殿下は勝っても負けても構わないようだから本気でセリカの相手をしないはず
遠い親戚であるセリカにはせがまれて少し自分が剣を教えている
その際、セリカが数年もすれば騎士団長である自分を越えるであろう天賦の才を持っていることをギルダーツは見抜いた
王女殿下の前で自分は才能の塊であるセリカを知らない風に装ったのだ
王女殿下とて男爵家の令嬢が剣の腕が立つとは思いもすまい
この決闘、セリカが王女殿下の不意を突き勝利するとギルダーツは確信していた
「お姉様が決闘をなさるそうですね」
———王女殿下が溺愛する妹様が来るまでは
※ ※ ※
ボクとセリカの決闘は移動するまでもないだろうと城の中庭で行われる
ボクは一歩も動く必要がないからドレスのままだがセリカのほうは動きやすいようにと軍服に着替えている
「さて、小難しいルールは置いておくとしてハンデと勝利条件だけ説明しておくよ」
まぁ、それすら面倒くさいから審判を務めるギルダーツに丸投げするんだけどね
ギルダーツはやんちゃだった父で慣れていたらしく嫌な顔をせず当たり前のように説明を始める
慣れってギルダーツ……苦労しているんだね
だからといってボクは自重するつもりは微塵のない
セリカは最初はギルダーツの説明に頷いていたが聞き終わるときにはわなわな震えていた
「アタシが女だからってなめてんのか……?」
ハンデを聞いたセリカは案の定ボクにㇺっとした顔で噛みついてきた
初めてあったときのユリウスもこんな感じだったね
あと、原作と違ってオレっ娘ではないようだ残念
「おかしなことを言うね。ボクだって君と同じ女だよ」
「……お姫様だからってアタシは本気でやるぞ?」
セリカがオレっ娘ではない残念さで肩をすくめると更にボクが馬鹿にしてきたと思ったようで目を鋭くして睨みをきかせてきた
でも、普段から老害貴族などに睨まれているボクにはセリカが可愛く見えてしまい思わず頬が緩みそうになるだけだ
もはや、ボクの習性となっているおちょくりは我慢しない
「そうではなくては困る。ボクは手加減してあげるから本気で策を巡らせ殺す気でかかってくるといい」
「……ッ!」
堪忍袋の緒が切れたらしいセリカが真っ直ぐ距離を詰めてくる
原作の成長したセリカと違い沸点が低いようだね
でも、キレているけれど冷静さを欠けた訳ではない
間合いに入った瞬間、全力で速度を上げ剣を振り上げる
ただの男爵令嬢と思っていた女の子が騎士見習いの少年達とは比べものにならない速度の剣に観戦している騎士は感嘆の息を漏らしている
だが、所詮騎士見習いを越した程度の速度
いや、程度ではないかな
ボクやセリカが異常なだけで普通の七歳児はユリウスほどではないにしろ剣を満足に扱えないらしい
そして、ボクとセリカの異常にも恐ろしいほどの差がある
才能の欠片もないユリウスなら殺れただろうけど達人の域にいるボクには届かない
そもそも少し速度があるからといって剣を振り上げるのはいただけない
「ほら、がら空きだよ」
セリカが振り下ろそうとする剣が最高速度に達する前にボクの剣で強くはじいてやると彼女の胴体ががら空きになる
セリカは自分の剣が振り下ろすことが叶わずボクに軽く押し返された事実に驚き、ボクに押された力を利用してバックステップをする
「今のが実戦だったら死んでいたよ」
「……わかってんよ」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも自分の悪手を認めるセリカ
素直でよろしい
「ボクは一歩も動かないのだから後ろから攻撃すれば有利になるよ?」
「ハッ!無防備な背中を狙うなんて騎士らしくないことするかよ!」
少しアドバイスをしてあげると一笑された
今時、そんな些細なことまで守ろうとする騎士なんていないというのに微笑ましい
「実に君らしい返答だ」
「お姫様がアタシの何を知ってんだよ?」
「君が騎士に高い理想を抱いているとかだね」
「その余裕顔を歪ませてやんよッ!」
愚直にまで真っ直ぐなセリカの剣を触れて勢いを流す
「まだ終わりじゃねぇぞ!」
流された勢いを利用し繰り出される薙ぎ払い
ぶっちゃけ隙だらけで殺ろうと思えば終わっていた
「少し遅すぎじゃないかな」
また剣に触れて流す
「大振りだとボクに追いつけないよ?」
※ ※ ※
ソニア・フォン・カインベルクは膨大な魔力を持ってはいるが肉体は脆弱である
非力な子供が大の大人の剣を受ければ簡単に押しつぶされるのは明白
なら受けなければいいだけの話と襲いくる力を受けとめるのではなく最低限の動作と力で流すことにした
訓練で騎士の剣を受け流し、城でハイエナよろしく群がる貴族をスルーし、寝室で暗殺者の技を躱す
そうしているうちにいつの間にか達人の域にいた
流石、公式チートの体スペックが半端じゃない
受け流すのではなく、相手が気取れない程度の力で触れそして好きなように攻撃を流す
流された者は空を切ったように感じるというがやってる本人はよくわかっていない
欠点があるとしたらソニアの細腕に敵をバッサリと一刀両断する筋力が期待できず、ソニアの見切りが防御専門であることだ
もっとも、ソニアは剣など使わずとも一人で戦場を支配できるほどの魔力持ち
欠点に意味はない
※ ※ ※
「……」
決闘が始まって数刻、セリカとボクが剣を交わした回数はとうに三桁を越しているだろう
観客の声援は止んで時折、唾を飲みこむ音が聞こえてくるだけとなった
セリカは決闘が始まったときの勢いは既になく体力は底を突き意地だけで立っているように見える
それに対してボクは汗一つ流していない
「まだ続けるのかい?」
「当たり前だ……!」
まだ、その涼しい顔崩させてねぇぞ
そうセリカの目が物語っていた
ツンデレ系キャラは素直になれない意地っ張りがテンプレートだけど、セリカの意地は信念と言っても差し支えないほど強いようだ
「そうか。なら来るといい。ボクは攻撃に出るのが苦手だけれど疲労困憊の君に止めを刺すのは容易。次が君の最後の攻撃だ」
セリカの意地は称賛に値する
値するからこそ、次のセリカの一太刀を流したら止めを刺す決定事項だ
「……」
これ以上、言葉を交わす必要はない
セリカは次に全身全霊を込めるだろう
それをいなし、足をかけて転がしてやろう
さすればボクの完全勝利でフィナーレだ
セリカは最後の一振りまで徹頭徹尾、馬鹿正直に正面からの相対を望んだ
振り下ろされる渾身の一撃を流す
造作もないことだ
力技でボクを捻じ伏せたいのなら亜龍と同等の膂力を振るわねばならないのだから
ここで予想外の事態が発生した———セリカは流された剣を手放して踏み込んできた
「……ッ!」
いかなることがあろうと戦いの中で得物から手を放さない
騎士以前に戦う者なら当たり前のことだ
がからこそ虚を突かれたボクはほんの一瞬、隙を作ってしまった
セリカが勝利を手にするには充分すぎる時間
剣を捨て伸ばされる腕、セリカの爪がボクの頬に———傷を付けた
「どうだいお姫様……、今のが猛毒の一撃なら死んでたぜ……?」
したり顔でセリカはボクに倒れ掛かる
「…………」
外野の騎士達は予想外の事態に凍り付く
騎士達は最愛の妹の前で敗北したボクがセリカを氷漬けにするのを予想したのだろう
「ギルダーツ、早く勝者を称えないか」
彼等の杞憂はボクが表情を崩すことで解かれた
「……!この決闘、王女殿下に一太刀浴びせたセリカ・ハーネストの勝利!」
「「「うおおおおぉぉぉぉ!!!」」」
ただの夢見がちの小娘がボクに一矢報いた事実に騎士は歓声を上がる
この場にいる者はもうセリカが騎士になること反対しないだろう……ボクが引っ掻かれたとき気絶した副団長を除いてね
「まさか、ボクが負けるなんてね……」
「慢心が過ぎましたな王女殿下」
ギルダーツは薬は効きましたかと幻聴が聞こえそうな笑みを寄越してきた
ボクは油断したつもりはなかったんだけど、セリカにまんまと出し抜かれた今は言い訳にしかならないね
ここは素直に反省しようか
クリスにかっこ悪いところを見せてしまった一生の不覚としてね
※ ※ ※
ボクに倒れこんできたセリカは気を失っていた
勝者を地面に投げ捨てるのはどうかと思い———ギルダーツに押し付けようとしたらセリカが嫌がると断られ
———止むをえず膝枕をすることになった
クリス以外に膝枕するのは不思議な気分だ
無意識で落としそうになるから気が抜けない
「宣言通り、顔崩してやったぞ」
目覚めて開口一番にくだらないことを言うセリカに少し呆れてしまう
まずは騎士になれることを喜ぶと思っていたんだけどね
「セリカ・ハーネスト、君が理想とする騎士らしくない行動を取るとは思わなかったよ」
「文句あんのか?」
「いや、引っ掻いてはならないなんてルールはないからね。君を格下に見たボクが悪い。君のおかげで忘れていたことを思い出せた礼を言おう」
誰もが自分より強者だと思っていた頃は引っ掻いてくるセリカに気づけただろうからね
「そ、そうかよ。お姫様に礼を言われるのは悪い気はしねぇな」
悪い気がしないなら何故、目を逸らすのだろう
まさか、照れているのかいツンデレ騎士君
「その……だな……」
セリカはもじもじと何か言いたそうに口籠もる
「なんだい?騎士見習いになるだけで足りないならなんでも言うといい。ボクが可能な限り与えよう」
「そんなんじゃねぇよ!ただ、そのだな……騎士らしくないことすんのは今ので最初で最後だかんな!勘違いすんな!」
セリカは指をビシッとボクに突き立て宣言する
照れから彼女の顔は朱がさしていた
原作でも今と似たCGを見たことがある気がするけれど気のせいだと思っておこう
「そうかい君らしいね」
「お姫様がアタシの何を知ってんだよ?」
彼女からの二度目の問い
「さて?ボクは君を知らないよ。知っていれば負けはしなかったからね」
それにボクはとぼけた答えを返し踵を返す
※ ※ ※
「すまないクリス負けてしまったよ」
「いえ、非常に有意義な一時でしたよお姉様。お姉様が驚かれるお顔が見れましたし、なにより完璧なお姉様も負けることがあることを知ることができましたもの」
五歳の天使とは思えない大人びた微笑みをボクに向けてくれるクリスに感動を覚える
セリカが騎士見習いになることを許したボクに遠回りで嫌味を言ってくるであろう老害への対処に割いていた思考を放棄してクリスの愛らしく美しい表情を脳内フォルダに焼き付ける
「ところでお姉様、お姉様。セリカ様をどう思われますか?」
「彼女の才能は彼女の剣はいずれボクを越すだろうね。彼女にならクリスを任せることが出来るかもね」
「お姉様、セリカ様を気に入りましたのね」
「クリスに比べるとどうでもいいけれど、騎士としては期待しているよ」
「そうですか。フフッ」
なぜかクリスの機嫌がよさそうだ
疲れが吹き飛ぶね疲れてないけど
さて、父がセリカを殺しにくる前に潰しておかないとね
「姫様!姫様!新しく来た行儀見習いの娘が魔力持ちでしかもあのときの子供ですよー!」
ボクとセリカが少し遊んでいる間にどこかに消えていたベルネリッタが何が嬉しいのかはわからないけれどいい顔でどこかで会ったことのある少女を伴って現れた
「今日から行儀見習いとして仕えることになりましたフィナンシェ・ギーレンです」
主人公の幼馴染みぃぃぃぃ
まぁ、イレギュラーが起きるのはわかってた
だから、驚いてなんてない断じてね