〈15〉
中庭には騎士達が集まっていた
その中心には緑色の三つ編みのお下げ、橙色の瞳の少女がいた
腰には剣が提げられている
服装はドレスだが原作のセリカを若くした見た目だ
「あれがセリカ・ハーネストだね」
「よくお気づきになられましたなぁ。流石は王女殿下でございます」
ギルダーツに話しかけているのに副団長が下手な作り笑いを浮かべてフラッと寄ってきた
副団長のボクへの態度は媚びを売ってくる寄生虫(貴族)と同じで嘘臭くて気持ち悪かった
普段は部屋で酒飲んでいるか女を抱いているかと未だに放蕩生活を続けているはずだけれど
真面目に騎士団副団長の仕事をやる気になった……わけないか
副団長の中身はボクとしてはゴミ虫の一言に尽きるのだけれど、見た目だけは美形で頭の悪い令嬢にはモテるのだ
無駄にモテることで慢心しイケメンな自分はボクに好感を持たれていると自信満々なのが尚気持ち悪い
クリスには絶対に見せてはいけない変態だな
不正の証拠をバラしてヴォルキアから始末してやろうか
「確かによくお気づきに」
ギルダーツは関心したように同意している
彼はわかりやすくて自分を偽らずボクに媚を売らない
彼を一言に纏めると馬鹿だけれど好感を持てる
「君はわかってるだろうギルダーツ。こんな汗臭い場所に可愛い女の子が寄るわけがないと」
冗談を言うと苦い顔をするギルダーツ
暑苦しいムサい汗臭いくらいしか欠点はない優良物件なのに彼は何故かモテない
副団長は同意するように頷いている
そうか副団長――ロリコンだったか
クリスの視界に入る前に凍らせて埋めるか
「酷い言い様ですが王女殿下はよく遊びに来られるじゃないですか」
意趣返しのつもりかいギルダーツ
痛くも痒くもないよ
「それに騎士を見に品のない令嬢達がよく足を運んでいますよ」
その品のない令嬢を部屋に連れ込んでよく抱いているゴミ虫が何を言うか
「ボクは可愛い女の子と言ったはずだよ。ボクみたいな可愛いげのない王女や煩いだけの馬鹿な女達は論外だ」
顔色一つ変えずに返されたギルダーツはぐうの音も出ないようで黙り込んだ
思案顔になっているところを見るとボクをギャフンと言わせたいらしい
まぁ、彼の真っ直ぐで残念な知能では無理なことだ――ボクはクリスのこと以外では動じない
「そういえば、ヴォルキアでは女が騎士になった事例は存在しないようだね」
過去に騎士になりたかった女はどうしたのだろう
現実を受け止めて諦めたのか
原作のセリカ・ハーネストのように性別を偽って騎士になったのか
――“女は騎士になれない”古き時代の規則壊したくなるね
「王女殿下の言う通りです。女のくせに騎士を志すとは身の程を弁えておりませんな」
ボクの発言をどう解釈したのかハッと鼻で笑う副団長
だが、鍛錬ではなく金を積んで騎士になった君の言えることではないと思う
副団長の侮蔑に乗って馬鹿にする声が伝播していく
騎士達の軽い冗談に俯き震えるセリカ
彼等に幼い少女を傷つけようとする意思はないかもしれない
だが、自覚のない悪意の合唱は凶器となる
セリカは騎士に紳士で少女漫画の登場人物かと思うような甘ったるい幻想を抱いている
彼女はその騎士像に憧れ自分もこうありたいと望み騎士を志したという話だ
だが、現実は厳しくセリカの理想の騎士はいなかった
“女のくせに騎士を夢見るなんて馬鹿らしい”と憧れていた騎士達に笑われた彼女の心情をボクは測りきれない
ただこれがキッカケで理想を体現するために、女であることを隠して男装して騎士団に入団することは知っている
理想の騎士がいないなら自分がそうあればいいという発想に至った彼女の心情は本当に理解できない
しかし、セリカが騎士になることを許可して、ついでに理想の騎士を用意してやれば原作の似非紳士ツンデレ騎士ではなくなる
ギルダーツは見た目こそ理想に届かないと思うが信念は彼女の求めるものに近い……はず
まぁ、二つの条件は置いておくとして彼女を今引き留めボクが教育すればレオナルドに落とされることはないだろう
「女の騎士、いいじゃないか。ボクが許可しよう!」
ボクの一言で嘲笑が止み静寂が訪れた
視線はセリカからボクに集まる
その視線には疑惑、期待、侮蔑、畏怖、好奇、様々な意味を物語っていた
「いくら王女殿下でも横暴がすぎますぞ!」
静寂を破り咎めるように騎士団副団長がヴォルキアに寄生する老害貴族のような文句を言ってくる
予想通りの発言をしてくれる副団長は操りやすくて助かる
「では、こうしよう。ボクとセリカ・ハーネストが決闘をする」
「は?」
呆けた顔で疑問符を口にする副団長に対してギルダーツは笑う
「面白い……!ですが、決闘で用いられるのは真剣。御身にもしものことがあっては大変だ。私とブリオッシュの首だけでは済まない」
ブリオッシュ……
あぁ、副団長の名前か
菓子パンのことかと思ったよ
自分の首が飛ぶかもしれないと聞いて顔を真っ白にしている副団長は実に滑稽
彼はドラゴより愉快な表情をする
「君はボクの実力を知っているはずだよギルダーツ?」
「えぇ、王女殿下は私より剣の腕が立つと心得ています」
それは言いすぎだ
騎士団最強に魔法なしでは叶わないよ
「ま、万が一のことがあってはなりません決闘は別の者に……」
「ブリオッシュ、君はボクに意見できるほどに偉かったのかい?」
「め、滅相もございません!」
「なら、黙っていろ」
「王女殿下、ブリオッシュをあまり苛めないでやってください。可哀想になってくる」
「彼が反王族派でなければ優しくできたかもね」
副団長の目がわかりやすく泳いでいる
腹芸も出来ないなんて嘆かわしい
「しかし、王女殿下と彼女では対等な勝負にはなりませんよ?」
それでは賭けになりませんとギルダーツの目が訴えていた
「ハンデをあげればいいじゃないか。それでもボクは負けないけれどね」
「まぁ、ハンデ次第ですが他の連中はそれで納得するでしょうな」
ボクがハンデを付けると聞いて騎士達は賭けを始めた
娯楽の少ないこの世界で賭け事はとても盛り上がる
「“他の”ね。君は何が不満なんだい?」
「恐れながら王女殿下が彼女に勝ったところで意味はないかと」
ギルダーツはボクがセリカを騎士にしたいと思っているようだが少し違う
セリカを“今すぐ”騎士にする必要はない
「ギルダーツ、君は勘違いしている。ボクはセリカ・ハーネストを騎士にしたいのではないボクのものにしたいだけさ」
七歳の素人にボクが負けるわけない
彼女をヒロインから降ろすだけならボクの側に置けばいいことなのだ
女でも騎士になれるようヴォルキアの規則を変えるまでセリカには待ってもらえばいい
セリカが万が一、勝って騎士になってもボクにデメリットはない
頭の堅い貴族がボクの決闘の結果に文句をつけようものなら王と騎士団を敵に回すことになる
そんな愚かな真似をする者は貴族に残っていないだろう
「と言いますと?」
「ボクが勝てば彼女はボクの侍女になってもらう。ベルだけでは不自由なこともあるからね」
待ってもらうついでにボクの駒として働いてもらうさ
「王女殿下の侍女ですか。それならば誰も文句は言いますまい」
心なしかブリオッシュの顔に血の気が戻った
「して、ハンデとは?」
「ボクにほんの少しでも触れることが出来たらセリカ・ハーネストの勝利だ」
「そんな馬鹿な……いえ、申し訳ありません」
破格のハンデだといちゃもんをつけようとするブリオッシュを殺意を込めた視線であしらう
「ハッハッ、なるほど面白い!しかし、相手は七歳の子供、それだけではハンデになりますまい?」
ギルダーツの駄目だしにぎょっとするブリオッシュ
彼はろくに訓練に出てこないだけあってボクの実力を知らないらしい
「魔法は当然使わないとして、その場から一歩も動かないというので対等かな?」
「ご配慮ありがとうございます」
ゲームで語っていたがハーネスト男爵はギルダーツの遠い親戚らしく相当贔屓している
ボクとしてはありがたいね
「お姉様、決闘なされるんですか?」
今来たクリスに格好いいところを見せることが出来る
賭け率は9:1でボクが圧倒的
ギルダーツは博打好きのためセリカ・ハーネストに賭けていた
副団長はクリスの視界に入る前にベルリネッタが物理的に排除した
クリスの目を汚物で汚してはいけないからね
副団長騒ぐな殺すよ
君の声でクリスの耳が腐ったらどうする気だ
一族郎党皆殺しでも足りないと思えよ
それはそれとしてクリスが来ただけで騎士達のせいでむさ苦しかった中庭に清涼な空気が溢れるよ
流石、ボクの最愛のクリス