〈12〉
※今回はジェイエス視点
俺、ジェイエスは貧民層で産まれ生きてきた
産まれたときのヴォルキアは酷いもんだった
親が身を粉にして働いて稼いだ金は税として持っていかれちまう
親は無理が祟って床に臥せ、まもなく他界した
それからは食うものに困っていつ死んじまうかわからない日々だった
生きるのに必死でそのためなら俺はなんでもやった
盗みなんて日常茶飯事
奪うために殺しだってやった
誰も俺を咎めやしなかった
貧民層の誰もが自分のことでいっぱいいっぱいだったんだ
だが、六年前に大きくヴォルキアは変わり地獄のような毎日に終止符が打たれた
諸悪の根源である前王が急死した
その息子が玉座に着いた途端、遊び惚ける貴族は糾弾され理不尽な税は減らされた
「民から巻き上げた税で遊び呆けるとは言語道断!詰まらん祭は禁止とする!」というアレクトルの宣言にどんだけ俺達が救われたことか
その日から腹一杯とは言わないまでも飯にありつけるようになった
※ ※ ※
それから俺は生にしがみつく亡者からジェイエスという一人の男になった
そして、俺は誰かの下で働くのを拒絶するようになった
だからといって自分で企業を起こせるほどの技量や覚悟を持っているわけでもない
そんな下らねぇ理由で真っ当に働こうとせず俺はなんの目的もなくダラダラとゴロツキをやっている
前王の時代で磨きあげた腕っぷしでゴロツキを率いて、富める者から金品を巻き上げ不足のねぇ生活を送っている
そんなつまんねぇ人生はあの人によって終わらされた
「やぁ、少しいいかい?」
いつものように目的もなく仲間と溜まり場に屯しているとガキに声をかけられた
俺達は胡乱気にそのガキに視線を送る
「なんだ?」
ただのガキなら少し脅かして追い払うところだがそのガキは高そうなドレスとヤバい奴の雰囲気を纏っていた
「護衛の者がいないからと調子に乗ってゴロツキが虫のようにまとわりついてきてね。君達、虫除けになってくれないかい?」
俺は久方ぶりに絶句した
前王の時代よりマシとはいえおかしな薬のせいで今の貧民層の治安は良くない
それなのにガキは護衛を連れていないという
「狙ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」
仲間の数人はチャンスじゃないかと目を鋭くしていた
だが、勘のいいやつは顔を青くしていた
このガキはもうすでに襲われているのに余裕の表情……涼しい表情をしていやがる
襲った連中はどうなった……?
このガキが大の大人を顔色一つ変えずに返り討ちにしたっていうのか
「自分より弱い護衛なんて邪魔だと思うじゃないか。今は少しばかり後悔しているよ」
ガキは嘲るように言い捨てた
裏の世界に長くいるとわかる
ガキの戯言が紛れもなく本音で俺達は遥かに格上の怪物に目を付けられたってことが
「……温室育ちの貴族が調子乗ってんじゃねぇよッ!」
仲間の貴族嫌いがガキに手をあげようとした
そいつは貴族に虐げられた過去を持っていて貴族を人一倍憎んでいる
それ故に相手の実力も測れずに愚挙に出やがる
「おい待て!そいつはヤバ――」
「やっぱり、見せしめが必要だよね?」
ニィと表情の薄かったガキの顔が醜悪な愉悦に歪む
背筋に悪寒が駆け巡り俺達は体が凍りついたかのように身動きが取れなくなった
殴りかかろうと拳を振りかぶっている仲間も例外ではな……いや、あいつだけは本当に凍っている
「なんなんだテメェは……」
それを誰が呟いたかはわからねぇ
俺だったかもしれねぇし凍った仲間の最期の言葉だったかもしれねぇ
その言葉には疑念と恐怖が滲んでいた
「君達には楔を植え付けよう。何、今すぐ殺すわけじゃないさ。――いつでも君達を殺せるようにするだけでね」
本能が理解した
このガキには逆らえない
逆らえば代償に命を持っていかれる
ガキは動けない俺達を順番に一撫でしていく
何の意味があるかわからなかったが撫でられてわかった
心臓に何かがへばりついたような違和感が生じた
その違和感の正体が楔なんだろう
俺の人生もここまでかと諦観を抱いた
前王の時代、一度も生を諦めなかった俺がぬるくなったもんだぜ
「それと先ほどの疑問に答えよう。ボクの名前はソニア・フォン・カインベルク」
その名を聞いた瞬間、俺達を蝕んでいた恐怖心が消え去り体は自由を取り戻した
目の前で嗤うガキは民にとって英雄である脳筋王アレクトルの娘で忌々しい前王の孫に当たる第一王女だという
「面白ぇ……!」
どうせ俺達はクズ
生にしがみつくクソ虫だ
俺達の命にゴミ以上の価値なんてねぇ
王女の手下なんて興奮するじゃねぇか
生涯誰の下にも着く気はなかったが仲間を虫を踏み潰すように無情に殺してみせたお前についていってやろうじゃねぇか
たとえ行き先が地獄でも最高に面白そうだからな
凍った仲間のことを誰も気に止めやしなかった
俺達は必要なら人を殺せる人間だ
仲間だって例外じゃねぇ
ただのゴロツキで終わる人生から脱却するために仲間を心の中で見殺しにした
※ ※ ※
お嬢の手下になってから少しの時が流れた
駐屯していた騎士は粛正され、お嬢の命令で俺が自警団を結成し率いることになった
団員は貧民層のゴロツキ、ならず者、傭兵崩れ
治安を乱す側の者達が治安を守るために集まった
「俺達みてぇなクズを拾ってくれたお嬢の頼みだ!気合い入れてやんぞ!」
「おおおおー!」
お嬢はガキだ
だが、俺達みたいなクズに居場所と役目をくれた恩人
見た目こそガキだがあの人の下になら着いていきてぇと俺は思った
そんでもって見届けてぇ
ここじゃねぇ遠くを見ている澱んだ目をしている――どこか壊れた異常な主のいく末を
※ ※ ※
自警団の全員がジェイエスのようにソニアに心酔しているわけではない
強き王女ソニアを心酔している者は確かにいるが、多くは自身が王女の傘下であると自尊心を満たしているだけの小物だったり、埋め込まれた楔による粛正を恐れていたり、ソニアへの恐怖からの服従だったりする
ジェイエス達の知らない事だが、楔は魔力の無駄遣いだと一日で解除されている
しかし、それを知る術を彼等は持たない
ないものに怯える様はソニアには滑稽に映ることだろう
ソニア「利口かと思ったけれど扱いやすい馬鹿みたいだね」
ベル「姫様、姫様、ジェイエスの姫様への評価も見当外れで頭おかしいですけど、その評価はあんまりじゃないですか!」
作者的に今回の話ポイント低いんでスルーしてもらっていいですはい