〈10〉
クラリナ・アスカルト、彼女は原作に一切関与しない人物だ
なら、何故知っているかと言われるとアスカルト侯爵家が王族派の貴族であり、味方の顔くらい覚えておけという母からの気遣いで王族派貴族一通りに対面したことがあるからだ
本当に顔と名前しか覚えていないけどね
「……あの、お助けいただきありがとうございます……」
手足を凍らせたゴロツキはベルリネッタに別の場所に運ばせている
その間にクラリナ嬢を安全な場所まで保護することにした
彼女はボクのドレスの裾を掴んで付いてきて小さな声で礼を述べている
クラリナ嬢の弱々しい雰囲気がなんというかボクの嗜虐心を煽る
クラリナ嬢はボールのように軽く投げられていただけあって小柄で小動物を思わせ苛め……守ってあげたくなる
成長すればなおのこと庇護欲を掻き立てる美人になることだろう
まぁ、クリスには遠く及ばないけどね
「礼は後でいいよ。ボクが誰だかわかるね?」
「……はい、ソニア様ですね……」
「よろしい。早速何があったか聞いていいかい?」
「…………。」
クラリナ嬢はボクの問いに無言で可愛らしい顔を歪める
誘拐されたことが余程ショックだったのだろうか
クリスなら抱き締めていた
ボクは暗殺者が来ても動揺しなかったのに弱い子はこの程度で怯えて可愛いね
「普通の貴族令嬢は姫様ほど強くはありませんよ」
ゴロツキを別の場所に移していたベルリネッタが帰ってくるなりツッコミを入れてきた
「あぁ、そのようだね。ベル、クラリナ嬢を、そうだね騎士団の詰所まで頼んだよ」
「姫様、私のほうが……」
「ボクは人の機微に疎くてね。ならず者よりクラリナ嬢を優先するべきなのだけどボクには彼女をフォローできるほどデリカシーは持ち合わせていないんだ。わかったね?」
「くッ、面倒事を押し付け……いえ、御意に」
ベルリネッタの恨み言が漏れているけれどクラリナ嬢の前なので自重したようだ
落ち込んでいる令嬢を慰めるなんて柄でもないことをやるより拷問のほうが気が楽でいい
「クラリナ嬢、ボクは今から用事があるからボクの侍女に付いていってくれるかい?大丈夫、彼女は君を裏切らないし強いからね」
「……わかりました」
安心させるように微笑みかけるとクラリナ嬢はボクの裾を名残惜しそうに離した
「姫様、笑顔はできるだけ控えてください」
それはどういう意味か帰ったら問い詰めるからねベルリネッタ
※ ※ ※
ベルリネッタに移させたといっても路地裏に変わりはない
あそこから移したのは女を殺した場所で拷問というのが気分的に嫌だっただけだ
「やぁ、元気かい?」
「許さねぇ……よくも俺の足を腕を……!」
彼の腕と足はもう存在しない
運びやすいようにちぎらせてもらった
氷を解いても凍らせた時点で壊死するから邪魔なだけだと思ってね
調整すれば細胞を殺さずに凍らせれるが彼にそれを考慮する価値はなかった
「元気そうだね。手足を千切られて許さないなんて殊勝なこと言ったのは君が初めてだよ」
自分を簡単に殺してみせるボクを前にして怯えるのではなく噛み付いてくる
この男は冷静な判断が出来ない状態にある
おそらく殺すぞという脅迫は効果を持たないだろう
「君は何を望む?」
彼の命は交渉の役に立たない
なら別の交渉道具を用意してやるだけだ
「君が望むもの出来るかぎり用意しよう。対価は君の持っている情報だ」
本当に用意するとは約束できないけどね
情報を引き出せればそれでいいのだ
「薬だッ!薬をくれッ!」
さっきまで許さないとか言っていたのにコロッと態度が変わった
「薬か……薬の名前は?」
前世でも思ったのだけど中毒性のある薬なんて呪いのようなものを多少の快楽のために使う人間は頭がおかしいんじゃないだろうか
だが、麻薬は便利な道具だと思っている
人を簡単に意志の弱い愚者にしてみせるのだから
「《ユートピア》だッ!」
「《ユートピア》……楽園、ね。代金はいくらだい?」
「金じゃ買えねぇ!薬をやってねぇ奴を売るんだよ!」
金ではなく人を……
なるほど、効果的な方法だ
今の貧民層の有り様にも納得がいく
薬を求める人間に代金として売られた大人を薬で中毒者にして野に放てばその流れが連鎖し今の貧民層のような状況になる
薬漬けにしても役に立たない子供を奴隷として売れば薬の元は取れる
売人達に気にいられた女はボクが殺した女のように玩具にされるというところか
「どこで手に入るんだい?」
「ここに薬の売人が三人いるんだ!」
ナンパしてきた男も三人だったような……
そうか、彼等が売人だったのか
ナンパ程度で殺すのはボクとしたことが早計だった
「その売人にクラリナ嬢を引き渡し薬を買おうという魂胆だったのか」
「そうだ!知ってることは話した早く薬を!死んじまう!」
「死ぬなんて大袈裟だね。それにまだ話してないことがあるだろう?」
こんな弱そうな男一人で侯爵家令嬢を拐える訳がない
クラリナ嬢には護衛が付いているはずなのだ
「大袈裟なんかじゃ……ゲホッ!ガハッ!」
男は急に咳き込み始め、血を吐いた
「どうしたんだい?」
「ハァ、薬を……ガフッ」
男は充血した目で餌を求めてくる
「あー、御免ね。ボク、薬なんて持ってないんだ」
ボクが笑顔で宣言すると男は呆然として血の溢れ出る口をパクパクと動かしていた
声が出せなくなったというところかな
恨みがましそうに睨んでくる男だったが、暫く様子見に徹すると数分で物言わぬ肉の塊に成り果てた
ゾクッと前世では味わったことのない感覚を感じた
あぁ、人を裏切るのは――
「定期的に摂らないと死に至る薬というところか。こんな面倒な劇薬が今の流行なんだね」
これは面倒なことになる
母に報告しすぐに薬をヴォルキアから消し去らねばならない
――ボクは何かに目覚めそうになる自分から目を背けた