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 サンクガーデンで吹奏楽部が練習を始めていた。優雅な調べが風とともに流れてくる。澄みきった春の青空に私は静かにため息をついた。

「か、感想を聞かせて、ほしいんだよ」

 爽やかさとは無縁な面持ちのカラスがモジモジしながら、席について腕組みをするミサゴさんに尋ねた。

「思ったよりは全然よかったわよ」

 ミサゴさんは初めて笑顔を見せて微笑んだ。

 途端にカラスの表情が明るくなる。

「でも欲を言うならもう少し一つのネタを掘り下げて見せて欲しかったわね」

「と、言うと……」

「そうね。例えばさっきみたいに色んなジャンルをショートコントっぽくやるのも悪くないけど、基本的に笑いっていうのは観客の期待を裏切ることによって起こるのよ。もちろん期待通りの動きを見せて笑わせるのもアリよ。俗にいう『テンドン』ってやつね。だけど、より踏み込んだ笑いがほしいとき、この『テンドン』のサイクルを崩す必要があるの。例えば同じことを3回繰り返して4回目に違うことを行うと思わずそう来たかって思っちゃうでしょ? お笑いにも、やっぱりインパクトって必要なのよ。その点さっきのコンビニ店員のコントはなかなか良かったわね。ただ惜しいのは最後までタバコを引っ張ったこと。これのラストを別のものにしたら、ほどよいオチがついてよかったんじゃないかしら」

 なんだ、この人!?


「て、的確なアドバイスなんだな」

「あら、ありがとう、一素人の意見だけど、これでより面白いものを作ってね」

 にっこり微笑みを浮かべたミサゴさんにカラスはウンウン頷きながら続けた。

「やっぱりお笑い同好会の会長はスゴいのね!」

 え?

「あ、え?」

 空気を求める金魚のように口をパクパクさせるミサゴさん。

「な、なんで、私が会長なの、よ?」

「え、違うの? カラスはてっきりそう思ったのに」

「……な、なんで私が会長だとおもったの? だって始めに私は天文部だって」

「カラスは探偵に憧れてるんだよ。うちのお袋がねってやつなんだよ。それは関係ないけど」

「……当てずっぽうで言ったのかしら」

「去年廃部になった部活の部室が、部員一人しかいない天文部にあてがわれる確率は低いんだな。それにカラスが資源ごみにあったポスターを見つけたのは昨日なんだよ。愛着ある誰かがいままで保管してたに違いないんだな」

「……」 

 ミサゴさんは無言になって瞳をふせた。

 まさかとは思うがほんとにお笑い同好会の会長だったらしい。こんなクールな人がお笑い趣味だとは、人は見かけによらないらしい。

「次はみさごさんのネタをみせてほしいんだな」

 カラスはビー玉みたいに瞳をキラキラさせて、なぜだか妙に落ち込んだミサゴさんを見た。

「私の、ネタ?」

「そうなんだよ。お手本じゃないけど、カラスは楽しいことが大好きだから楽しませてほしいんだよ」

「悪いけど、それはできないわ」

「な、なんで!?」

「相方と別れたから」

「そんな、ど、どうして」

「ポンポンポンポコポンポコポンは解散してしまったの」

 もっとコンビ名どうにかならなかったの?

「相方はどこにいるの?」

 カラスは唇を尖らせながらミサゴさんに尋ねた。

「あなたたちと同じ一年生よ。三組だったかしら」

「遅くない! 再結成をお願いしに行くんだよ!」

「無理よ!」

 地学準備室の壁が震え、すぐに嘘みたいに静まり返る。カラスに至ってはビビって目が丸くなっていた。

「私と、……私と三枝は、お笑い性が違うから」

 吐き捨てるようにミサゴさんは呟いた。

 さえぐさ?

「三枝って、ひょっとして三枝ウズラのことですか?」

「え、知ってるの?」

「三組の三枝ウズラですよね。中学の時生徒会長だった」

「そうよ。ポンポンポンポコポンポコポンのときはレミエルって名前だったけど」

 なんか所々ださいな。

「私、友達ですけど、お笑い同好会だったなんて、はじめて知りました」

 ウズラは中学のとき同じクラスでよく一緒に行動していた。明るく元気で天真爛漫な少女だ。まさかお笑い同好会だったとは。

「でもなんで解散したんですか?」

「受験勉強に専念したいんだって。去年の二学期くらいのことよ」

 わりと普通の理由だった。

「でも、結局受験に失敗しちゃって、お笑い同好会に戻ってくるかと思ったら、全然音沙汰なくて……。そうこうしているうちに三年生が全員引退しちゃってお笑い同好会は解散したのよ。私は私で一人で天文部はじめたけど……やっぱり……」

 彼女は机に置かれたノートに視線を落とした。

「この星で一等賞になりたいの。お笑いで私は」

 ノートには黒色のマジックインキで『マル秘、ネタ帳』と書かれていた。

「そうだったんですか。ウズラのやつ、少しもそんなこと言ってなかったのに」

 ウズラは運動が得意でてっきり運動系の部活に入っていると思っていたが、人は見かけによらないものである。

「セミちゃんは友達多くて、すごいね……」

 カラスが横で呟いた。

「はっ、セミちゃん、これはチャンスなんだよ!」

「なによ。いきなり元気になって」

「セミちゃんが説得してポンポンポンポンスッポンポンを復活させるんだよ」

「頼むのはいいけど、あの人もう部活はいってるし。何部かは忘れたけど」

「私はスッポンポンのネタがみたいんだよ!」

「ポンポコリンだっつぅの」

 ほんとに見たいなら間違えるな。

「ポンポンポンポコポンポコポンよ!」

 ミサゴさんに怒られた。


 結局いつになく強気のカラスに押され、私とミサゴさんはウズラが入部したオカルト研究部のドアを叩いた。

 しかしオカ研究部とは。

 どんよりと薄暗い部活棟の一番端があてがわれた部室らしい。ドアノブには『ベストをつくせ!』と書かれた段ボールの看板がかかっている。

「頼もぉう!」

 返事の前にスズメはドアを開け大声を挙げた。

「尋常に勝負!」

 さながら道場破りのようだった。

 オカルト研のメンバーはスズメを含めて六人いた。スズメ以外の全員が驚いた顔で動きを止めている。

「な、なんなんだね君!」

 天然パーマの巨乳がカラスに文句を言った。

「カラスはカラスなんだよ!」

 その発言は理屈を越えたところにあった。

「な、なんなんだ、どういう意味だ、それは」

「コギトエルゴスムなんだよ! カラスはカラス!」

「えぇえ、意味がわからん、帰ってくれ!」

「帰れないよ! 用があってきたんだよ!」

「用? 用とは?」

「決まってるよ、そんなこお!」

 噛んだ。噛んだついでに一気に赤面した。

「……っう」

 どうやらリミッターがキレたらしい。カラスは摺り足で移動すると私の背中に隠れた。

「あれ、カワセミじゃん。どしたの。誰この元気はつらつの美人」

 ウズラがいつものテンションで聞いてきた。相変わらず飄々とした奴だ。

「こいつは御手洗カラス。あんたに話があるんだって」

 めんどくさいので紹介がてら、全部を当人間に丸投げすることにした。

「君が御手洗カラスちゃん?」

「そういう君は三枝ウズラ」

 カラスは私の影に隠れながら応えている。なんか変な空気だ。

「ふぅん。めっちゃ美人だね。なんか知らないけど、よろしくね」

 平然した様子でウズラは右手を差し出された。ひょっこり私の肩から顔を出したカラスはオドオドとした目付きでそれを見る。

「よ、よろ……よろしく、よろしくね」

 自分がコミュニケーション不全ということを今更ながら思い出したらしい。耳まで真っ赤にして、火を始めて見た猿みたいに恐る恐るその手を取った。

「それでカラスちゃん、……とカワセミは何のようで来たの? ひょっとしてオカ研に入りたいの?」

「ぎゃ、ぎゃく!」

「逆?」

「逆なんだよ! ウズラちゃんを引き抜きに来たんだよ!」

「引き抜きって、……私そんな運動得意じゃないけど……」

 ウズラは照れくさそうに後頭部をボリボリかいた。

「ウズラちゃんの身体能力はどうでもいいんだよ!」

「どーでもいいって……」

「必要なのは笑いの神に愛されてるかどうかなんだよ!」

「笑いって、まさか、……っあー! シュバルツ先輩じゃないっすか!」

 ウズラは廊下の隅にいたミサゴ先輩を指した。シュバルツという芸名だったらしい、やっぱりダサい。

「ひょっとして、お笑い同好会っすか?」

 ウズラの瞳が輝いた。

「え、ええ。この御手洗さんが、どうしても私たちのネタが見たいって……」

「そうなんすか。いやぁ、いいっすね、やりたいっす。けど……」

「どうしたの?」

「うーん、困ったな。といっても私はもうオカルト研究部の部員だしなぁ」

 腕を組んで唸るウズラにカラスは告げた。

「やめればいいんだよ」

 バカか。部活がそう簡単にやめられるわけないだろ。

「そっか。その手があったか」

 アホ面で頷くとウズラは言った。

「サーセン、先輩、私オカルト研究部やめます」

「なんでそうなるのよ!」

 軽いノリだった。

 私たちよりもオカルト研究部の人がビックリしていた。


 行きと違い人数が増えた四人で地学準備室に戻る。

「え、それじゃあウズラはお笑いがイヤになったわけじゃなかったのね!」

「そーすよ。受験から解放されてボーとしてたら同好会が無くなってて困ってたんす。いやぁ、シュバルツ先輩に声かけられてよかったですよぉ、私あのままじゃ青春の三年間をオカルト研究に捧げるところでしたよぉ」

 誰にも言わないが、……人知れず私はオカルト研究部にそそられていた。なにより棚に飾ってあったチュパカブラのフィギュアにそそられたのだ。

「それで、カラスちゃんにネタを見せればいいんだよね? いやぁ腕がなりますねぇ。見せてやりましょう。ポンポンマンゾクマンゾクイッポンのネタを!」

「ポンポンポンポコポンポコポンよ!」

 そいつもコンビ名間違えてんじゃん。


 地学準備室に戻ってきた私たちは早速準備に取りかかった。といってもある机を端に寄せて二つ分の椅子に私とカラスが座るだけだが。

「こっちまで緊張するね、セミちゃん!」

 胸に手をあてワクワクとニコニコしているカラスの横で、私はオカルト研究部への入部届けの出し方を考えていた。

「どうも~」

 ドアを開けてウズラとミサゴさんが入ってくる。教壇に二人横並びになるとネタを始めた。

「シュバルツと!」

「レミエルです!」

「二人合わせてポンポンポンポコポンポコポンでぇす!」

 さすがいままでやって来ただけあって様になっている。

「シュバルツ先輩、最近私これでいいのかなって思ってるんですよ!」

「あら、レミエルあなたらしくないじゃない。なにに悩んでるの?」

「実はですね、先輩、私今気になってる人がいるんですよ」

「あらあらあら恋ばな?」

「いえね、ちょっと告白したいんで練習してもいいっすか?」

「よろしくてよ」

 二人離れる。どうやらコントに移行するらしい。

「先輩。やっと二人きりなれましたね」

「そうね」

「そういえば、知ってますか? この部屋20年前受験に失敗した三年生が首を吊った部屋らしいですよ」

「えっ、えっ、そうなの」

「はい。だけど途中で縄が切れちゃって、結局未遂で終わったそうなんですけどね」

「あら、ビックリさせないでよ」

「結局その生徒はビルの屋上から飛び降りて死んだらしいんですけど、それから毎年このくらいの時期になると受験に失敗した生徒が、なぜかこの部屋で首を吊るようになったんですって。もう四人くらい死んだかな。未遂を合わせると十人にはなるらしいですよ」

「……」

「先輩、ドキドキしてますか?」

「え、えぇ。いきなり怖い話が始まると思ってなかったから心臓バクバクよ」

「よし、先輩結婚しよう!」

「なんでやねん!」

 私は横のカラスを見た。

 無表情だった。

「吊り橋効果ってやつですよ、先輩! ドキドキが恋の感情に変わるんです。そんなことも、知らないなんて先輩、無知っすか無知っすか?」

「それくらい知ってるわよ。私が言いたいのは告白だったら雰囲気を作らなきゃ、ってことよ」

「雰囲気ですかぁー、よーしやってみます」

「よろしくてよ」

 再びコントが始まる。

「三枝、……三枝……ね」

「あらレミエルだ。自分の苗字を呟いてどうしたのかしら」

「三枝、三枝シュバルツ……。悪くないな」

「自分の苗字に私の名前を当てはめてる!?」

「あ、シュバルツ先輩、結婚しよう!」

「なんでやねん!」

 ミサゴさんはスズメの胸を叩いて突っ込んだあと「もういいよ」っといい「ありがとうございました」で二人揃って頭を下げた。

「あっはっはははははは!」

 隣でカラスが爆笑している。

「つまんねぇー!」

 こいつはいつでも正直すぎる。




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