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暇潰しなんで、すぐに終わります。

 中学のとき、不登校で保健室通いをしていた友人が、高校では部活に入りたいと言ったので、応援してあげることにした。

「セミちゃんも一緒に入ろ?」

 御手洗カラスは震える手で私の袖を握ると、消え入りそうな声でそう呟いた。

「ふーん。カラスはなんの部活に入りたいの?」

「お笑い同好会」

「断る」

 否定の言葉を聞くと同時に青い瞳が涙で滲んだ。

「な、なんで。や、やろうよセミちゃん!」

 カラスは同じ女子高生として、羨ましい限りの容姿をしていた。

 彼女はハーフだ。透き通るような白い肌に、艶やかな長い黒髪をしている。

 可愛すぎるその容姿とは対照的に本人は目立つことを嫌う陰気な性格をしていたので、中学では『異星人』というあだ名で苛められていた、らしい。

「やだよ。それにお笑いなんてカラスには合わないよ。辞めなよ」

「や、やってみなくちゃわからないよ」

「あんた目立つの嫌いじゃん」

「そ、そうだけど、やってみなくちゃわからないんだよ」

「視線恐怖症じゃん」

「や、やってみなくちゃ……」

「そ。別にいいけど。私は絶対に入らないよ」

「え」

 幼なじみだけど、中学は別だったのでカラスの事情に私は一切気付けなかった。

 その時の後悔からか、高校では彼女を極力助けると決めたのだ。だけどこればっかりは勘弁してほしい。

 私は推薦を狙っているので、内申書がマイナスになるような活動は避けたいのだ。同好会なんてもっての他だ。

「な、なんで、セミちゃん! 一緒に『カラスと愉快な仲間たち』ってコンビ組もうよ!」

「コンビなのに、アンタだけじゃん」

「うー、わかった。『宵闇の風を纏いし輪舞曲(ブラック・サバス)』でいいから」

「絶望的にセンスがないね。てか、お笑いなんてやらないから」

「やろうよ! 絶対楽しいよ! うー、わかった! コンビ名『カワセミーズ』でいいから!」

「それじゃ私だけじゃん」

「!!」

「どうしたの?」

「……ツッコミ!」

「違うから」

 私の名前は夏目川蝉という。

 カワセミとは鳥の名前だ。小さい頃はカラスと一緒に鳥類鳥類とからかわれた。私はそれに負けないよう男勝りの性格になって、カラスのぶんも一緒になって怒鳴っていたら、いつの間にかこいつは戦うことを忘れたオドオドとした性格になってしまっていたのだ。

「じゃ、じゃあセミちゃん、せめて見学だけでも一緒にいこ、ねっ? 見るだけ見るだけ。触らないから、ねっ?」

「なんでちょっとエロ親父みたいになってんの。見学だけだからね」

「ありがとう!」

 カラスは喜色満面で私の手をぶんぶんと上下に振った。握手代わりらしい。

「じゃあ、早速行こう。お笑い同好会はB棟の地学準備室でやってるらしいよ」

 手を繋いだまま歩き出す。恥ずかしいので離して欲しかったが、言ったところで聞いてくれそうになかった。

「ところでなんで急にお笑いなの?」

 奇異の視線を向けられる。それを忘れるために、前を行くカラスに聞いてみた。

「春休み暇だからバラエティー番組ばっか見てたの。芸人さんがいっぱいバカなことやってて、これならカラスでもできそうだなぁ、って思ったんだよ」

「自分の性格をちゃんと把握しなよ。あんたアガリ症でしょ?」

「……」

「急に黙ってどうしたのよ」

「じ、自分の『性格』くらい『正確』に把握してるよぉ!」

「……なによ、そのドヤ顔。いっとっけどつまんないからね」

 四月の放課後は、新入生たちの戦々恐々としたようすが面白い。友達作りに躍起になるもの、グループの交流を深めたがるもの。

 かくいう私はエスカレーターで高校に上がったので、カラスのような高校編入組と違って今更友達作りに励む必要はなかった。仲の良い人はほとんど在学してるので余裕である。

「つ、ついたよぉ。この教室だよぉ」

 カラスは一つのドアの前に止まると緊張した面持ちで声をあげた。

 中の様子を覗いてみると、一人の女生徒がノートを広げてぼんやりとしていた。長い黒髪を背中まで垂らした切れ長の目をもつ美人だった。襟章から二年生だとわかる。

 カラスはそれをドアについたガラス越しに眺めていた。

「なにしてんの? 早く入りなよ」

「ちょっと待ってほしいよ。いま考えてるから」

「考える? 考えるってなにを? ノックしてドア開けて挨拶するだけじゃない」

「チッチッチッ、甘いよセミちゃん」

 指を振りながらムカつくことを宣ったので、彼女の頬を右手で掴み、端正な顔立ちを台無しにしてやった。

「むぅ、むぅぐ、離して欲しいよ」

 唇をタコみたいにしたカラスはとても滑稽だった。

「それで、あんた何を考えてるって?」

「ふふ、お笑い芸人らしい登場の仕方だよ」

「はぁー? なにそれ?」

「うん。これでいくよ!」

 彼女は握りこぶしをポンと打ち付け、私にそっと囁いた。

「そこで見ててほしいよ」

 どうせろくでもないんだろうなぁ。


「ぎ、銀行強盗だぁー!」

 カラスは半ば怒鳴り付けるように地学準備室のドアを開けて中に入っていった。私は静かに頭を抱えた。

「ひ、ひぃぃぃ!」

 中にいた女生徒は小さな悲鳴を上げ、逃げようとしたが、足が縺れて転けてしまった。

「い、いたい!」

「あ、へ、平気?」

「ひぇー」

 倒れた生徒を心配するようにカラスは前屈みになったが、逆に不安を煽っただけだった。

「た、たす、たす、助けて、い、命だけは!」

「べ、べつに命がほしい訳じゃないよぉ」

「え、あ、そ、そうよね、お、お金よね。いま手持ちそんなにもってないけど……。よ、42円で、いい?」

「お、お金じゃないよ。欲しいのは『笑い』だよ」

「えっ」

 意味がわからない、といったように倒れた生徒は口をポカンと開けてカラスを見つめた。

 どうでもいいがカラスは視線恐怖症的なところがある。私以外の人から見つめられるとパニックになってしまう、そうだ。

「あっ、う」

「ど、どういう意味かしら。笑いがほしいって」

「あ、えっと、その」

 カラスは言葉につまった。当然だ。彼女には人と会話するスキルが絶望的に備わっていない。

「そいつ、入部希望者です」

 私が代わりに声をあげたとき、カラスはヒーローを見る子供のように瞳を輝かせていた。

「入部希望?」

「そ、そうなんだな。入部希望者なんだな」

 山下清みたいに吃りながらカラスは続けた。

「わ、わたしを一流のお笑い芸人にしてほしいんだなぁ」


 しばらく沈黙が続いたが、女生徒は立ち上がり、スカートの埃を手ではたきながら「そう」と呟いた。

「悪いけど、それは出来ないわ」

「え、な、なんで? あ、銀行強盗が、ダメだったの? コンビニ強盗でやり直すから、ちょっとまっててほしいんだなぁ」

 慌てて廊下からやり直そうとするカラスの腕を掴み、代わりに私は訊ねた。

「やっぱり初っぱなで絶望的に滑ったからですか?」

 私の発言を受けて隣のカラスがショックを受けたような顔をした。まさかさっきので掴みはオッケーだと思っていたらしい。

「違うわよ」

「それなら仮入部くらいさせてやってください。この子こう見えても……えーと……、」

 特に思い浮かばなかった。

「料理は得意です。だから仮入部だけでも」

「仮入部も無理よ」

「ど、どうしてですか!?」

「ここは天文学部だから」

「そっかぁー」

 私は横のカラスを見た。教室を間違えていたらしい。

「そ、そんなはずないよ。お笑い同好会はB棟の地学準備室だって、ほら、ポスターがあったよ。ほらほら!」

 彼女はぐいっと私に丸められたポスターを突きつけてきた。

「あんたこれパクってきたの?」

「ん、だってライバル増えるとレギュラー争い激しくなるし……」

「同好会にそんなのあるわけないでしょ。それにしても掲示物勝手に剥がすなんて常識はずれにもほどが……」

 私は丸められたポスターを広げて見てみた。手作り感満載のポスターに記載された活動場所は確かにここを示している。

「ち、違うよぉ。いくらカラスでも貼られたものを勝手に取ったりはしないよぉ。それは資源ゴミのところに置いてあったんだよ!」

「は? あんたそれって……」

 ごみ捨て場にあったポスター……。

「お笑い同好会なら前年度で廃部になったわよ」

「潰れてんじゃねぇか!」

 丸めたポスターでカラスの頭を思いっきり叩いた。


「うぅー、痛い……」

 カラスはオーバーリアクションでその場にうずくまった。ちょっとからかわれると紅くなった頬を誤魔化すのは、小さい頃からの彼女の癖だ。

「セミちゃん、暴力反対! 間違いは誰にでもある」

「だとしても人様に迷惑かけてんじゃないよ、ほら立って、早く天文部の人に謝りなさい」

「うぅーー」

 カラスはシブシブといった様子で立ち上がると、そのままペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい」

 カラスの良いところは素直なところだ。

「気にしないでいいわ。ただ私が転んだってことは黙っておいてくれるかしら」

 すまし顔で天文部の女生徒は言った。

「うん」

 コクンとカラスは頷いてから続けた。

「じゃあ、黙っておくからお笑い同好会に入って」

「え?」

 我が耳を疑った。

「カラス、あんたなに言ってんの?」

「しー! セミちゃん、ここから先はビジネスの話だから静かにしててほしいんだな」

 私だって出きれば口を挟みたくないが、……こいつ、とうとう気が触れたか。

「あなたの名前はなんていうの?」

「わ、私? 私は五十崎(いかざき)よ。五十崎ミサゴ」

「ミサゴさん、仲間になって」

「えっ、は、え?」

 ミサゴさんは助けを求めるように私の方を見た。思わず肩を竦めてしまった。

「カラス、あんた少しは落ち着きなよ」

「カラスは昼下がりのコーヒーブレイクと同じくらい落ち着いてるよ」

「ともかく何がしたいのかワケをいいなさい」

「あらためて問われると答え難いものなんだな。動機の言語化……、余り好きじゃないんだな。しかし案外……いや、やはりと自分を探すカギはそこにあるかもしれないんだな」

「黙れ」

 私は再び手にもったポスターでカラスを叩く。

「い、痛いよセミちゃん……」

「それでアンタはなにがしたいの」

 叩かれた後頭部を擦りながらカラスは答えた。

「なにって、決まってるよ。勧誘だよ」

「勧誘って、まさか……潰れた同好会を建て直す気?」

「うん。人付き合い苦手だし、新しいコミュニティー入るよりそっちの方が気が楽だなって」

「だとしても他人を巻き込んでんじゃないよ。ミサゴさん、困ってんじゃんか。そもそもこの人は天文部でお笑い同好会に入るわけないでしょ」

「え、だめなの?」

 カラスは潤んだ瞳でミサゴさんを見つめた。

「べつに、入ってあげてもいいけど……」

「いいんかい」

 ミサゴさんの呟きに私は思わず声をあげた。

「ええ。天文部も三年生が卒業しちゃって私一人きりだったから……」

「あ、そうなんですね」

「だけど、入るんだったらそれなりに可能性がある部活がいいわ」

「と、申しますと……?」

「なにか、笑えるネタを見せて」

 ミサゴさんは思ったよりもドSらしい。突然の無茶ぶりだった。

 私はカラスに視線をやった。

 カラスは胸ポケットから取り出した生徒手帳をイソイソと捲っていた。

「ねぇ、話聞いてた? ネタを見せろだって。行事予定表確認したって意味ないでしょ」

「うん。ちょっと待ってほしいんだよ」

「あんた、なにやってんの?」

「むふふー」

 ニンマリと唇をつり上げるとこれ見よがしにカラスは手帳を掲げた。

「これはネタ帳なんだよ」

 それは生徒手帳だ。

「ん。これにするんだよ。セミちゃん、協力してほしんだよ」

「やだよ。あんた一人でやりな」

「これはコンビ用のネタなんだよ。ミサゴさんを納得させるにはセミちゃんの力が必要なんだよ!」

「……今回だけだからね」

 やはり私はカラスに甘い。


「楽しみね」

 椅子に腰かけたミサゴさんの前で即興ネタ見せをさせられることになった。

 ため息をついてカラスの耳打ちに答える。うー、頑張れ私、頑張れ私!

「どーもー、カラス&カワセミです!」

 だっさいコンビ名だ。

「いやぁー、めっきり寒くなりましたね!」

「……そ、そだね」

「私占いにはまってるんだよね。ところでカラスって血液型は何型?」

「……」

「……おい、どうした、アンタがこれ言えって言ったんだろ。早く答えなきゃ次に進めないだろ」

「き、緊張して言葉が、で、出ないんだよ……」

「お笑い以前の問題だわ!」

 思わずローキックを食らわせていた。


「つまらないわね」

 ミサゴさんは落胆の息をついてから続けた。

「ツッコミが激しいのはよかったけど、その前段階が酷すぎるわ。笑える要素が微塵もない。ほんとうにやる気あるのかしら」

「あ、ちょっと待ってください、いまのはネタじゃありません」

「そ、そうだったの、ごめんなさい、つ、続けて」

 勘違いさせてしまった。


「最近めっきり寒いね」

「……うん」

「カラスって何型?」

「え、えっと」

「なになに」

「私は型にはハマらないんだなぁ!」

「……」

 嘘だろ。笑いどころがないよ。


「……それで本番はいつ始まるの?」

 ミサゴさんはキョトンと私たちのことを見ている。

 今のが本番だったと口が裂けても言える雰囲気ではない。さて、どうするか。

「ね、ねえセミちゃんは生まれ変わったらなにになりたい?」

 不穏な気配を察したのかカラスは無理矢理続きのネタをやりはじめた。

「私は生まれ変わっても私でいたいな。カラスは?」

「生まれ変わったらコンビニ店員かなぁ」

「……なればいいじゃん」

「よ、よし、じゃあやってみよっか」

 え、なにこの入りかた、コント? 無理矢理コントを開始するの?

「ウィーン」

 自動ドアの音らしい。

「コンビニ店員です」

 なんで店員が外から来るんだよ。

「あ、客だけど、えーとタバコください」

 仕方ないので乗ってあげる。

「み、未成年者の喫煙は法律で禁止されてるんだなぁ!」

「あ、じゃあ肉マンください」

「有害な物質で将来の肺癌のリスクが4倍になるんだなぁ!」

「肉マンください!」

「身分証明書をご提示ください!!」

「肉マンっていってんだろ!」

 私が突っ込むと同時にカラスは満足そうな瞳をすると、チラリとミサゴさんのほうを見た。

 ミサゴさんは冷めた感じで難しい顔をしていた。

 自分で言うのもなんだけど、いまのつまらなかった。

「こ、コンビニバイトはやめるんだなぁ。廃棄弁当貰えないし時給870円じゃ世界は救えないんだな。そ、そうだ銀行強盗やろっと。世の中やっぱり金なのね」

「……」

 反応がうすいからまだ続けるらしい。

 私が今後の対応を考えていたところ、カラスは私の耳元で囁いた。

「セミちゃんが強盗役をやってほしいのね」

「いいけど、あんたそろそろあきらめたら」

 ため息をついて、私は指をピストルの形にして叫んだ。

「銀行強盗だっ!」

「き、きゃあ」

「金をよこせ。このバック一杯に金をいれろ!」

「わかりました。少し時間がかかるから、そちらに座ってお待ちください」

「……あ、はい」

「あと印鑑証明が必要なんだな」

「あ、えっと」

 私の耳元で再びカラスが囁く。

「ツッコミ」

「なんでやねん!」

「うん、いいんだよ! すごくいいツッコミだったんだよ!」

「え、そうかな」

「うん、ほんとに関西人みたいだったよ。すばらし……」

 言いかけてカラスはミサゴさんに視線をやった。

 ミサゴさんは呆れたように細目になってこっちを眺めていた。

「っと、ところで、なんでやねんは関西弁だけど、セミちゃんは関東人だから、ツッコミも当然標準語で行うべきなんだな」

「あ、えっと、それだと……どうなるのかな。なんで、なんでさ? とかかな」

「ちがうんだよ。なんだと!? だと思うよ」

「それは絶対に違うでしょ」

「そ、それだよセミちゃん。ツッコミは『違うでしょ!』だよ」

「それは違うでしょ!」

 うん、いまのは我ながら良い出来だったと思う。私にはお笑いの才能があるのかもしれない。

 天狗になったところでミサゴさんのため息が聞こえた。

「と、ところでセミちゃんの将来の夢はなんなのかな」

「え、私? えーと、教師になりたいな」

「よし、じゃあシミュレーションしてみるのね。私が転校生やるからみんなに紹介してほしいのね」

「あ、うん」

「はい、グレートテンコウセイ御手洗カラス、略してGT御手洗カラスです」

「それならGTMでいいじゃん」

「みんなにはダンダン心引かれていってほしいんだな!」

「そっちなんだ」

 カラスはどや顔でミサゴさんのほうを見た。

 仮面のように無表情だった。

「う、うぅ」

「カラス?」

「うおおおおおおおおおおおおおああああああああ!」

「!!」

「わかんない、わかんないだよ! 笑ってほしいんだよ、みんなに笑顔を届けたいんだよ!」

「わかったから、わかったから落ち着いて!」

「どうすればいいのか、教えてよ!」

 カラスは涙目で半狂乱になりながら駆け出そうとした。私は彼女の手をとり、逃げ出すのを阻止する。

「ほらっ、カラス、ネタが終わったんなら挨拶しなきゃ」

「んんんー!」

 口を引き結んでブンブンと首を横に振る。逃げ出したいという意思表示だった。

 カラスはメンタルが弱すぎる。

 そのくせ変化を求めているのだ。

 行動を起こそうと躍起になっても、うまくいかなくて、だからやる気がなくなって、そういうサイクルを延々と繰り返していた。

 私はカラスに何かを成し遂げてほしい。……この時彼女を手伝うと決めた。内申に傷がつかない程度に。

「カラス、頭を下げて区切りをつけるの。早く」

「うう……」

 カラスは渋々といった風に項垂れると、再びミサゴさんの前に立ってぺこりと頭を下げた。

「もういいよ……」

「お礼を言え」

「ありがとうございました……」

 こんなにテンションの低い芸人みたことないよ。


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