シンシアの姉と兄
エレノアの大いなる挫折と、侍女と王女の・・・の間の話です。
シンシアには姉と兄がいた。
いたというのは、最近兄の方はいなくなったからだ。
兄は伯爵家に養子にいった。たいして寂しく思わなかったが、それは自分が特別薄情だからではない、とシンシアは思っていた。
養子にいった兄が、姉へ婚約を申し込みたい一人の若者として再びガーラント家の門を叩いたとき、ああやっぱりとどこかで納得した。
それよりも、普段母より温厚な父が、珍しく怒りを露わにして追い返したことの方に驚いた。ちなみにこのことは父の意向で姉には最近まで秘密にされていた。
「ねえ、アン。お父様はどうしてお兄様をお家に入れなかったの?」
尋ねれば、アンは複雑そうな顔をした。
アンは今王都の屋敷を切り盛りしているが、もともとは姉のエレノアの侍女として、王都に来る前から勤めているのだ。そのため自分のばあやや他の使用人よりも事情を知っているのではないかとシンシアは思ったのだが。
「・・・ウィリアム様は、セリーナ様に申し訳なく思っていらっしゃるのかもしれませんね」
シンシアはアンの説明が分からず首を傾げた。本当ならば盛大に眉を寄せたいところだが、姉に憧れて淑女を目指しているのでそれはぐっと我慢する。
「分からないわ。だって、お母様は反対していないし、それにお兄様とお姉様は血がつながっているわけではないのでしょう?」
もともと、兄と姉に血の繋がりがないことを、シンシアはぼんやりとしか知らなかった。
屋敷に勤めて長い使用人達も両親も敢えて彼女に父が兄を連れて母と再婚したなどと伝えなかった。ただ、兄がエレノアを姉さんともお姉様とも呼ぶのを聞いたことがなかった。全ての関心がエレノアへ向かっているのに、頑ななまでに姉と呼ばないのは不思議だなあと、子供心に思っていた。
はっきりしたのは半年前だ。
病気だと思っていた母の体調の悪さが、生まれつきの体質によるものだと聞かされたとき、頭上で交わされた家族の会話からそう悟った。そのとき自分も早死の体質を受け継いでいると知って衝撃は受けたが、実感が湧かなかったし、それよりもいろいろなことに納得する気持ちの方が大きかった。大抵具合が悪くて会えない母の代わりにばあやに育てられたこと、姉や兄の容貌に現れた色の違い、父が書庫に籠もりがちだったわけ、兄の姉への態度。
「まあ、確かに血はつながっていませんが、長年姉弟として育てていらっしゃったことも確かですもの」
そう言いながらもアンの声にはハロルドを非難する色がなく、そのことにシンシアはほっとする。
「アンは反対ではないのよね?あ、いいの。答えないで」
こんなことを使用人の立場であるアンが言えるわけがない。慌てて止めながら、シンシアは頬を緩ませた。
兄がしようとしていることを、屋敷の人間が皆反対しているわけではないと分かったことが嬉しかった。
「私はね、お兄様の味方よ。だって、お兄様もお姉様も好きだし。それにお姉様は本当に素敵な淑女だけれど少し心配なところがあるから、お兄様みたいな人がいた方が良いと思うの」
シンシアは姉の最初の婚約が破談になったことも知っている。シンシアと父が心配して駆け付けたときには、すでに少し落ち着いて微笑んで見せた姉だが、それは明らかに無理をした笑顔だった。
そう、姉はよく無理をする。自分の力だけではどうにもならないようなことでも・・・例えば母の病でも、自分で何とかしようとする。そういう自立心が強いところもシンシアの憧れる部分ではあるが、見ていて心配になってしまう。だから、姉には姉が抱え込もうとする問題ごと引き受けてくれる相手がいいと思うのだ。
その姉を兄が助けようとする姿を、長年見てきたせいだろうか。シンシアには兄の考えが手に取るように分かった。冬に領地の屋敷に戻ったとき、姉は家族四人で迎える冬の祭りにとても落ち込んだ様子だったが、シンシアは落ち込まなくても良いのだと思っていた。なぜなら、あの兄が姉を落ち込ませたままにしておくわけがないと思ったからだ。
言ってしまえば、シンシアには、姉がいる限り、家を出ようと兄との縁が切れることはないという確信があった。だからいまだに寂しいとは感じない。
「早く、もう一度5人家族に戻れると良いわ」
シンシアが言うと、アンが小さく頷いてくれたように見えた。
そうだ、お手紙を書こう、とシンシアは思った。
何度も父に追い返されている兄へは応援の手紙を。そしてつい先日王女の侍女に復帰して忙しい姉には、兄とまた家族になれたら嬉しいという手紙を。夏に向けて久々に王都へ出てくる予定の母には、父を一緒に説得しようという手紙を。
春の風が心地よい。今年の建国祭も、もうすぐそこだ。




