エレノアの見合い再戦
雪が積もり、四人家族で冬の祭りを過ごし、また幾度かの雪が積もった。
そして腿まで積もった雪も徐々に解けていった。裏の森の木が根開きし、雪解けの水は川に流れ込む。日向ではそろそろ黒々した土が草の芽とともに顔を出し始めた。
「エレノア。少し話しをしてもいいかしら」
「セリーナ!」
珍しく父ウィリアムが母に声を荒げている。
エレノアは小さく首を傾げた。
「なんでしょう」
「あのね、貴方に見合いの話がきているの」
ウィリアムがため息をついた。
「・・・会わなくていい」
態度のおかしな父と母を見比べながらも、エレノアは考えた。
ウィリアムはもしかしたら、エレノアの破談を気にして見合い話を止めてくれていたのかもしれないと。確かにまだニコラスのことを考えれば胸が痛むが、貴族の娘である以上婚姻は重要な問題であるとエレノアも知っている。ただ、破談になったばかりなのでもう申込があるとは少し意外だった。
「どちらのお家の方でしょう」
社交の季節も始まっていないこの春前の時期に、随分気の早い人物もいたものだ。そう思って尋ねれば、母は読みがたい不思議な笑みで言った。
「イングラム伯爵家なの」
エレノアは目を見開いた。
イングラムに伯爵家とつけば、あのイングラム伯爵の家しかない。エレノアの祖父であり、ガーラント家とは長い間因縁の関係であったイングラム伯爵の親族ということだ。
となればお相手は養子のヘンリー・イングラムだろうかと思えば、エレノアの胸に少し苦いものがわき上がる。過ぎたことと言うにはまだ記憶が鮮明だった。
しかし、
「分かりました。お会いしますわ」
エレノアは答えた。
「イングラム伯爵には一度お礼をお伝えしたいと思っていましたし。お受けするかは別として、ということでいいでしょうか」
祖父である伯爵に会えれば礼を言える。それに、ヘンリーにこれ以上悩まされないためには家を通して正式にお断りするという手段が良いだろうと思った。
「ええ。もちろん貴方の好きにしていいのよ」
母の力強いうなずきに、エレノアは少しだけ微笑んだ。
自分は恵まれている。エレノアは久々にそう思った。
少なくとも自分の両親は、新しい婚約を娘に急かそうともせず、エレノアの意思を尊重すると言ってくれる。それも相手は格上の伯爵家、その上因縁の深いイングラム家なのにだ。
よそでは乗り気でない娘を無理に結婚させたり、破談になった娘を一家の恥と責め立てたりする家もあると聞く。それを考えれば、自分はなんといい家族に恵まれているのだろう。
そんな家族に、これ以上心配をかけていられない。
エレノアが見合いを受けようと思ったのには、そういう考えもあった。別にそのまま婚約するわけではない。それでも、行けばエレノアは立ち直ったと、そう思ってもらえるだろう。まあ、相手がヘンリーならどう考えても会うのは一度きりになるが。
両親は急がずともいいと言っていたが、エレノアは領地の雪が解け道がよくなるのと同時に王都へ向かった。
あの秋からすでに3ヶ月もの時が過ぎている。
イングラム伯爵に礼を言うのは少しでも早くしたかったのだ。すでにエレノアの目的の大半はもしかしたら会えるかもしれない伯爵に礼を伝えることになっており、肝心の見合い相手のことは頭から抜けている。
指定された先は王宮そばに建てられた、貴族の会合に使われる館の一室だった。最初から乗り気でなかった父の付添を断り、エレノアは一人でこちらに来ていた。
石造りの館は天井が高く立派だ。ここに入るのは初めてだったが、王宮のきらびやかな調度に慣れたエレノアが怖じ気づくことはなかった。
ただ、途中の踊り場に生けられた花を見たときだけエレノアの眉がかすかに動いた。もし違う色だったら、盛大に眉をしかめていたかもしれない。
「失礼いたします」
見合いの形式は様々あるが、基本的には女性が遅れて現れることになっている。決まり通りに程よく遅れて部屋に通されたエレノアは、これも決まり通りにやや伏し目がちに中へ進んだ。
それからゆっくりと目を上げる。
そこで、エレノアは決まり通りに微笑むことが出来なかった。
「何で・・・」
エレノアは呻いた。
信じられないものを見たというように、両の目を大きく見開いて。
「どうかしましたか?」
組んだ足をゆったりと組み替えて、彼は首を傾げた。
エレノアの驚きが意外だとでも言いたげに。
そのわざとらしい仕草に、彼女の中の何かがはじけ飛んだ。
血の気の引いたエレノアの唇が怒りのままに動いた。
「何であんたがここにいるのよ!?」
第一話場面に戻りました。




