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エレノアと故郷の森2

「エレノア!?」

「多分来たわ」

驚いた声を出すハロルドに、エレノアも緊張気味に答えた。

思わず防御態勢に入ったエレノアだったが、これが相手にどう働くのかは確信がない。

何しろ相手はエレノアたちの期待通りであれば、魔力を食べる『何か』なので、魔力でできた亀がどうなるのかはよく分からないところだ。

少なくともハロルドが問答無用で干涸らびてしまう事態は避けられるのではないかと、そう思ったのだが。

そのハロルドは、一つ息を吐くと、しがみついたエレノアの腕をそっと緩めた。

「首」

その声に答えて亀の身体から首が伸び、一部外を見渡すことができるようになる。

すると亀の周囲をふわりふわりと飛び回る影のようなものが見えてきた。突然現れた土の塊を前に、どうしたものかと迷っているようにも見えた。

「いる」

そう呟くと、ハロルドは呼びかけた。

「森の精霊よ。我らの声に耳を傾け給え。我らはアーノルド・ガーラントの末裔、ガーラントの森近くに住まう者」

初代領主の名を出して名乗りを上げた彼の言葉に、『何か』が動きを止めた。

「偉大なる森の精霊、我らは一族の魔力を貴殿へ捧げんとする者。魔力と引き替えに一族の命を延ばし給え。我らが願い、聞き届け給え」

ハロルドは、相手を太古の昔から生きる精霊と仮定してか、古い魔法に使われる古語に則って話した。もっとも、こちらの言葉が伝わるのか、意思疎通ができるのかも確かではない。そのため、エレノアも固唾を呑んで反応を待った。

・・・ほお・・・

ぞろりと、脳に注ぎ込まれたように声が聞こえた。

・・・ガーラントの一族は、契りを忘れたものと思ったが・・・

「我らは古き契りを知らぬ者。されど新たに契りを結ばんとする者」

・・・魔力と引き替えに命を延ばせとは、古き契りのそのままであろう・・・

ここで『何か』は笑ったようだった。亀の前で黒い影が身をよじる。

・・・魔力を差し出すという者を我は拒まぬ・・・

その娘かというように見られた気がし、エレノアは急いで首を横に振った。

「我が一族の命をとらぬと約したまえ」

用心深くハロルドは言った。

『何か』がまた身をよじった。

・・・よかろう。今夜、その一族の者とやら、森の境へ連れてくるがよい・・・


黒い影がさあっととけるように消え、エレノアは背中の悪寒が止まったことに気付いた。

ゆっくりと亀を解くと、やはりもう何の気配も残っていなかった。

暗色の森の中、エレノアの供えた花だけが優しくその場を彩っている。

父が会わせてくれたのだろうか、とエレノアはまだぼんやりとした頭で思った。そう思うのは感傷的にすぎるかもしれないが、心の中で思っている分には良いような気がして、エレノアは花束を眺めた。

「・・・エレノア」

ハロルドに呼びかけられ、振り向いたエレノアはその顔の予想外の近さに驚き目を見開いた。

森は薄暗いというのに、見上げた彼の青い瞳に自分が映っていることまでが分かる。黒いまつげの影や美しい鼻梁を目の前にして、エレノアは固まった。

「歩くから、手を」

言葉よりも吐息で自分の前髪が揺れる感覚に気をとられながら、つないでいたはずの手を見下ろし、

「!ごめんなさい!」

エレノアは飛び退いた。

自分がハロルドの腕を両手で抱き込むようにしがみついていたことに、ようやく気付いたのだ。淑女として、いやそれ以前に女性としてありえない行動だとか、ささやかな胸元のことだとか、ハロルドがどう思っただろうとか、そうしたことがぐるぐると頭の中を回りだした。

当然ハロルドの顔など見れなかった。しかし彼は何事もなかったようにエレノアに声をかけた。

「ほら」

そっと目を上げれば、彼は手を差しだしていた。エレノアはあっけにとられ、ぽかんとその手と顔を見比べた。

「危ないから、手」

手を離してということではなく、手をつなぐということだったのだろうか、つまり彼はあの体制に何も思わないということか、それはそれで良かったのか悪かったのか、とまたぐるぐると考え出して固まったエレノアに、ハロルドはもう何も聞こえていないと察したのだろう。エレノアが飛び退いた分だけ歩み寄ると、その手を掴んでさっさと歩き出した。

来たときよりも戻る道のりの方が短く感じたのは、不思議な力が働いたせいか、エレノアの頭が混乱していたせいか。

深い森の中、ハロルドのつけた目印が道々青白く光っている。その不思議な光景の中を、エレノアは子どものように手を引かれて歩いた。まるで幻の中を進むようだった。

森を出たときに、幻から覚めるように我に返ることができたのは幸いだった。


その夜、契約通り『何か』は現れた。

ウィリアムに抱きかかえられたセリーナの上を黒い影が覆い、それから滑るようにシンシアへと移動した。再び影が離れたとき、シンシアはよろめいてエレノアに抱き留められたが、意識を保っていた。

・・・これはよい・・・力がみなぎってきた・・・

セリーナの顔にも赤みが戻り、深い吐息が聞こえる。

・・・古き契りが果たされた・・・ガーラントの末裔は我に力を捧げた・・・

エレノアは影が渦巻くのを見た。

・・・我はガーラントの末裔に加護を与える・・・

渦の中で黒い影が凝縮されていき、やがてうごめく固まりとなった。

・・・我が名は闇。闇を統べる我の加護で、この地に近づく災いは全て退けよう・・・

固まりは翼をもち鳥の姿となると、空高く舞い上がった。

闇の精霊が夜空に消えると、消えていた音が戻ってくる。

急に鳴き出した虫の声にエレノアは驚いて周囲を見回し、そして次に涙を流した。

セリーナが、うっすらと目を開いたのだ。

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