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エレノアと故郷の森

目覚めたエレノアの体調を考慮し、ファレルは彼女を一足先に任務から解いて帰すと決めた。エレノアは最初この決定にためらった。半分は早く領地へ戻りたい自分の気持ちを察してのことだろうと、予想できたからだ。

けれど、お目付役であるクリスも王子に反対しなかった。彼は国を代表して案内役をつとめたシェナイの暴挙に、王国として正式に抗議し、これに乗じて有利な条約を取り付けることにしたらしい。エレノアがあくまで守備専心で身を守ったことは駆け付けた神官等の目にも明らかだったので、相手方も文句のつけようがないだろうとクリスは満足げだった。先にエレノアを帰すことは、彼女の被った害を強調するにも都合がよかったのだ。

こうしてエレノアは、御者に送られ一人で果ての森を抜け、その足でガーラント領へ戻ることにした。


転移を重ねてガーラント領に着くと、屋敷にはハロルドも着いていた。

「お母様は?」

再会のあいさつもそこそこにエレノアは母の部屋へと向かった。

「見た目には悪くなっていないんだ」

ウィリアムの言葉通り、母は以前と変わらぬ様子で横たわっていた。

「エレノアの教えてくれた治癒魔法のおかげで、何とか体を維持しているよ」

聞けば、この一月の間目を覚ますことすらなく眠り続けているのだという。そのままであれば衰弱して死んでいただろうと、ウィリアムはエレノアを労い礼を言った。

エレノアは母の無事を確認すると、またすぐに話し出した。そのため家族は座らせたり茶を飲ませたりと彼女の世話を焼きながら話を聞いた。

「思い出したの、何があったか。私、あの森で魔力を食べられたのよ。何かが私の魔力を食べて、それで多分つぼが壊れたのだと思うの」

エレノアは、隣国で魔力を吸う精霊に遭遇したことも話した。

「とにかく、精霊なのか『魔』なのかは分からないけれど、何かが居るのよ」

そう締めくくったエレノアに、ハロルドも頷いた。

「エレノアが子どもの頃衰弱して倒れていたというのも、それなら納得できる」

魔力を喰らわれたら、今のエレノアは死ぬかもしれない。ハロルドは魔力量の多い自分が一人で行くと言ったが、彼も危険なことに変わりはない、自分も一人でも行くと言い張ったエレノアに先にハロルドが根負けし、結局二人が森に向かうことになった。

屋敷裏に広がる森は、見るからに深く広い。

ガーラント領はこの森から下るようになだらかな斜面になっている。そのため目の前に立つと、森が奥に行くにつれせり上がっていくような、異様な威圧感があった。

「・・・イングラムの父も、きっとその『何か』に魔力を食べられたのよね」

呟いたエレノアに、ハロルドは頷いた。

「多分ね。彼はきっと、家族を救おうとしてこの森に来たんだろう。・・・行こう」

先に立ったハロルドが振り返って差しだした手を、エレノアは迷わず握った。


森の中には湿った空気が漂っていた。

道という道がないため、ハロルドが時折水の刃で下草を刈りながら進んだ。ただ、奥に行くにつれ、その頻度は減った。木が生い茂っているため、地面まで光が届かず、下草が育たないのだろう。その薄暗い森を進むと、だんだんと時間も上下もよく分からなくなってくる。これだけの森なのに、動物の声さえしないのが不気味で仕方がなかった。

「これは、何もなくても迷いそうだな」

言いながらハロルドは手近な石に印をつけていく。魔力を込めた水をかけているのだ。乾いて見えなくなるそれを不思議そうに眺めたエレノアに、彼は呪文を唱えれば反応して光るのだと教えてくれた。

この他にもハロルドは、森にはいるための準備をいろいろとそろえており、それでエレノアの到着が先になったらしかった。一人で来る気だった彼の出発に間に合ったことを喜びつつも、何の準備もない自分をエレノアは少し情けなく思った。自分の支度といえば、動きやすいワンピースにかかとのない靴を履いただけである。

「防御なら、任せてね」

せめてもとつないでいない方の手で拳を握ったエレノアに、ハロルドは少し笑って期待していると言った。その笑顔に、ほっと胸の重みが少し楽になる。

「どこへ向かえばいいのかしら」

「一応、エレノアのイングラムのお父上が亡くなったという場所を目指しているつもり」

ハロルドは磁石を手に言う。

「ここまでに結構魔法を使いながらきたし、うまくかかってくれるといいけど」

エレノアは、はっとしてハロルドの腕を引いた。

「ハロルド。貴方、まさか自分の魔力を餌におびき寄せようなんて考えていないわよね」

ハロルドは軽く肩を竦めた。

「無策では来ないよ」

「危ないじゃない」

「まあ、賭けるだけの勝算はあるんだ」

宥めるようにハロルドは言ったが、エレノアは引き下がらなかった。

「じゃあ、それは何よ」

ハロルドがすぐに答えなかったので、エレノアは彼の手をもう一度強く引いた。

ハロルドはため息をついた。

「・・・イングラム伯爵によれば、エレノアのお父上は別段魔力量が多いたちではなかったらしい。エレノアは、彼の後だったことと、おそらくは特殊な体質のおかげで助かった」

「ええ」

頷きながら、エレノアは彼が口ごもった理由に気付いた。お前は父の死のおかげで助かったなどと、言いにくいことを言わせてしまった。

「二人分の魔力の量を合わせたより、今の俺の魔力量の方が多分多いよ」

「・・・言い分は分かったし、一理あるとも思うけど、やっぱり危険なことには変わりないわね」

エレノアは断じた。彼が自分の同行に折れたのはもともと自分が餌になる気だったからだと思えば、少し唇が尖る。

ハロルドはそんな彼女に困ったような目を向けると、こう言った。

「ところで、さっき木の精霊に魔力を吸われたようだって言っていたけど、その後どうなったの」

「え?ええと、倒れはしなかったけれど、衰弱して歩けなかったわ」

エレノアは、彼がここで『何か』にあった後のことを心配しているのだと思って説明した。

「そう・・・まさか、ファレルに触られたりしていないよね」

エレノアは真っ赤になって狼狽した。ファレルを名指しされたことで、彼とのやりとりを見透かされたような気さえした。

「さ、触るって、荷物みたいに運ばれただけよ。それも何人か交代で」

「何人も」

ハロルドの青い目が冷たく細められる。エレノアはその目に見つめられ、泣きたくなった。

「いい加減にして頂戴。そんな話しは今、どうでもいいでしょう?」

するとハロルドはすぐに頷いた。

「まあ、今はやめるよ。・・・どうでもよくはないけど」

後半の呟きのせいで、エレノアはまた困惑した。触れる触れないという言葉のせいで迷わぬようにとつないでいるハロルドの手まで意識されてくる。見ないようにしていても、自分より大きな手の長い指や少し低い体温を感じてしまうではないか。

エレノアは頭を一つ振って、余計なことに気を散らさぬよう口を開くことにした。

「木の神殿の話だけどね、そのとき、声を聞いたのよ」

「声?人間の言葉で?」

少し疑わしそうに首を傾げたハロルドに、エレノアも考え考え答える。

「耳で聞いたというより、頭の中に直接聞こえるようだったから、もしかしたら声で話していたわけではないのかもしれないけど」

ふうんと呟いて、ハロルドは言った。

「それなら、意思の疎通が図れるのかもしれないな」

そして周囲を見渡して立ち止まった。

「多分この辺りだ」

何がとはエレノアももう聞かなかった。

そこは、ここまでと変わることのない森の途中だった。目印になるとすれば、大きな石が二本の巨木に挟まれるように鎮座していることだろうか。薄暗い森の中では、それ以上を判別することはできなかった。

ハロルドは荷物の中から取り出したものをエレノアに手渡した。

「・・・ありがとう」

エレノアは手の中の小さな花束を見下ろしてかすかな声で伝えた。

父へ、供えるための花だ。

もう顔も覚えていないけれど、自分と母を救うためにここまで来たという父。結果的に、命を落としてしまったけれど、その死をもってなお自分を救ってくれたであろう父。

エレノアは目の前の石の前にその花を供えた。

目を閉じて感謝を伝える。振り向けば、ハロルドもまた目を閉じて祈っているのが見えた。そのことにわずかに微笑んで、もう一度目をつぶった。どうか母のため、私たちをこの森の『何か』に出会わせて下さいと、そう願ったときだった。

ぞくりと背筋を悪寒が走った。

おかしい、と思う感覚の既視感。

すかさずエレノアはハロルドの腕を掴んで叫んだ。

「亀ええええ!!」


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