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エレノアの旅12

「失礼いたします・・・?」

エレノアは誰もいない部屋を見渡して首を傾げた。無人の部屋にはほのかに甘い香りが漂っている。


晩餐はこの国では珍しく立食形式で行われた。国へ帰る第二王子との別れを惜しむため、街の主立った面々の他中央からも神殿関係者らが参加し、会場が満杯だったのだ。

その終盤、エレノアは、控え室へと呼び出された。土の神殿の神官が話し忘れたことがあるとのことだったので、神殿で自分に忠告してくれた人だろうかと思いながら指定された場所へ向かったのだ。

ところが、なかなか神官は現れなかった。そしてさすがに会場へ戻ろうとしたところで、エレノアは身体が言うことを聞かないのに気付いた。

「嘘・・・」

ドレスの下で足がもつれ、床の上に倒れ込む。身動きができなくなったエレノアは、部屋の扉が開く音を聞いた。空気が流れ甘い香りがまた鼻腔へと押し寄せる。

目の前に長い白い衣が映り込み、エレノアは必死で目を動かした。すでに舌はうまく動かず、助けてと言うこともできなかった。

その顔を見てエレノアは嵌められたことを悟った。

立っていたのは、あの巫女だった。巫女シェナイが、血走った目でそこに立っていたのだ。


腕と背中が、痛む。エレノアはその痛みで目を覚ました。

意識がはっきりしてくると、自分が引きずられていることが分かった。

巫女が、エレノアの腕を掴んで長い廊下を引きずっていたのだ。

「この女のせいよ」

ずる、と身体が引っ張られる。

シェナイはエレノアが目覚めたことにも気付いているのかいないのか、ぶつぶつと言い続けている。

「この女のせいでファレル様は私に笑いかけてくれなくなった」

ずるり、とまた引かれる。

「どうして振り向いてくれないのかと思っていたら、やっぱりこの女のせいだった」

腕を掴む力がさらに強くなった。

食い込んだ爪に思わず声を漏らせば、シェナイがエレノアを見下ろした。

「あら、起きたの。いいわ、どうせまだ動けないでしょう」

「何、を・・・」

声を絞り出したエレノアに、シェナイはぞくりとするような笑みを浮かべた。

「あんたを捧げて、願いを叶えてもらうのよ」

彼女はぎらぎらと目を光らせた。

次の瞬間、エレノアはしたたか背中を打ち付けて呻いた。そして背中を痛めつけたのが土間へと落とされたためだと見て取り、そこがどこなのか悟った。

土の神殿の最奥、ご神体のあった場所だ。

再びエレノアの身体が引きずられた。どこにそんな力があるのかというくらい、シェナイの動きには迷いも疲れも感じられない。

「精霊に捧げられた人間は面変わりして誰とも分からないのですって。地味な娘の遺体がどこかで見つかっても、だれもあんただなんて分からないわ」

シェナイの身体はエレノアよりわずかに大きい。その彼女に引きずられ、未だ力の入らない身体でどこまでの抵抗ができるだろうか。エレノアは必死で考えた。死にたくない、死ぬわけにはいかない。絶対にこんなところで死んでたまるかと、歯を食いしばる。

その間にもシェナイはエレノアの身体をご神体である赤い大岩へと近づけていく。

「あんたはさぞ土の精霊に気に入られるでしょうよ」

赤い唇でそう笑い、彼女はとうとうエレノアを大岩に寄りかからせた。近づくなと言われたご神体の気配を感じ、エレノアは総毛だった。触れた部分から冷たいものがわき上がるような抜け出るような奇妙な感覚に恐怖がわき起こる。

・・・うまい・・・

何かが頭の中に響いた気がした。

その感覚に、思わず喘いだ息のまま、エレノアはシェナイの背後を見て言った。

「ファレル様・・・」

するとシェナイがはっとしたように跳びずさり振り返った。もちろんすぐに、彼女は冷めた目でエレノアを見下ろす。

「何よ、嘘じゃない」

そう、ファレルはいない。けれどその名だけで十分な働きをしてくれた。シェナイが自分からわずかに離れたことにエレノアは微笑み、再び口を開いた。

「亀」

ドン、といい音がして、きゃあという悲鳴が響く。

小さく展開した亀は、思惑通りシェナイを外に出してくれた。エレノアは力の入らない手足を駆使してほうぼうの体で岩から身を離した。未だご神体との距離は十分でないものの、何かを吸い取られるような感覚は脱することができた。

そして数分息を整えたころだったろうか。

「エレノア!」

外から聞こえた自分を呼ぶ声に、エレノアはほっとして亀を解く。

「なんとか大丈夫みたいだね」

駆け寄ったクリスや神官に微笑みながら、エレノアは自分の一か八かの賭けの結果を知った。

そして鬼教官ホールデンの特訓に、感謝した。あの泥団子の日々をこの時ほどありがたく思ったことはない。思惑通り、亀はシェナイを内に入れず、なおかつはじき飛ばすよう最適な大きさに展開してくれた。

人垣の向こう、巫女は土間に頭を打って気を失っていた。


王子の出番がないほど見事な解決でした、とクリスがファレルへ報告しているころ、エレノアはさすがに疲労困憊し眠りについていた。

その短い眠りのうちに、エレノアは夢を見た。

夢の中でエレノアは子どもだった。

そして、森の中を彷徨っていた。森の中には、人どころか動物の気配すらない。

エレノアは怖くなった。背筋を冷たい汗が流れていく。

この森は、おかしい。そう思ったときだった。

・・・お前、おいしそうだな・・・

突然脳内に声が響いて、それと同時に身体から何かが引きずり出されていくのを感じた。

危ない、と分かった。

これは、魔力だ。失いすぎては危ない。

魔力を、吸われているのだ。このままでは死んでしまう。

怖い、死にたくない、せり上がった感情のまま悲鳴をあげた。

「きゃあああああああ!」

自分の悲鳴で目を覚まし、荒い息のなかで自分が夢を見ていたことに気付く。

それと同時に、この夢を前にも見たことがあると思いだした。以前、魔力切れを起こしたときだ。

そのときは魔力の枯渇が悪夢を見せたのだと思ったのだった。

けれど、それならどうして森の中だったのだろう。それに自分は子どもの姿だったのだろう。

エレノアは、収まったはずの胸の鼓動が再びうるさく騒ぎ始めるのを感じた。

これは、夢ではないのではないか。

「夢でなく、昔の記憶・・・?」

現実にあった事ではないかと思うと、急に様々なことに思い当たる。

この視察中、木の精霊の森で聞いたあの声。そして今日、土のご神体に触れたとき。似た感覚だった。身体から何かを抜き取られるような気がしたのも、気のせいでなかったのだとしたら。シェナイが言ったように、精霊と呼ばれる何かがエレノアの魔力を捧げものとして受け取ろうとしていたというなら。魔力を食べる何者かが、存在するということにならないだろうか。

何故木の神殿ですぐ気付かなかったのだろう、とエレノアは唇を噛んだ。あの後の祈祷やなにやらですっかり気がそれていたが、あれこそが答えだったではないか。精霊の加護とは魔力の別称だという、王国の通説も理解を邪魔していたのかもしれない。

精霊であれなんであれ、人の魔力を喰らう者がいるなら、危険なことには変わりない。しかし、体内に凝った魔力を食べられたら、魔力は減るし、つぼ自体も壊れて魔法が使えるようになるかもしれない。

エレノアは、故郷の森を思った。自分が衰弱し倒れていた場所。そして父がおかしな死を遂げたという場所。

「ガーラントの森には、魔力を食べる『何か』がいるのかもしれない」

危険でも、それは勝機に思えた。

王子より亀の出番をとってしまいました。その結果、このまま次は他の人のターンに入ります。

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