エレノアの旅11
壊れていたのか、壊したのか。どのみち、壊す方法が見つかればいい。
エレノアのつぼがどうやって壊れたのかが分かれば、家族を救えるかもしれない。エレノアは、治癒魔法を捜すことをやめ、つぼの破壊方法を捜すことにした。つまり、この国の言葉で言うならば「加護を得る方法」である。しかし文献を見ても、「加護を持つ者は神殿にて見現される」という内容しか見あたらなかった。
「・・・こちらは土の精霊を祭る神殿です」
シェナイの案内で一行は神殿を詣でる。
この日は土の精霊の神殿ということで、久々にエレノアも視察組に組み込まれていた。今のところ唯一の足がかりである『神殿にて・・・』を確かめる好機と、エレノアは意気込んでいた。
ところが、神殿の中心を成す大きな赤い岩を目の前にしたとき、
「その先はおやめ下さい」
エレノアはこの神殿の神官から、制止を受けた。
他の人間はもっと奥まで進んだ後だったので、エレノアは驚いた。しかし神官は真剣な表情でこう言った。
「神は清らかな乙女を好みます。それに貴方はどうやら土の精霊の加護が厚そうですから」
残念なことだが、エレノアがご神体とされる赤い大岩に近づくのは危険があるという。そのためエレノアはそっと大岩から遠ざかった。胸の中で、加護があるというのならお願いだから母と妹を救ってくださいと祈りながら。
最後の水鏡を開いたのは、この街で3日を過ごしたときのことだった。
「やっぱり、そこなんだろうな。エレノアの魔力のつぼももともとシンシアと同じように出口がなかったのが、何かのきっかけで壊れたのかもしれない」
自分の特別なところと言ったら魔力のつぼの蓋がないことだと述べたエレノアに、ハロルドはさして驚いた様子もなく言った。
彼もまたエレノアの特殊な点を探していたのだ。
「これは、シンシアが領地の使用人から聞いた情報。子どもの頃、子爵領の屋敷裏の森で迷子になったのを覚えている?」
エレノアは驚いた。どちらかと言えば記憶力はよい方だと思うが、全く覚えていなかった。
「そんなこと、あったかしら」
ハロルドは続けた。
「血の気を失って倒れていたらしいよ。・・・魔力を切らしたときと似ていると思わない」
「そうね、確かに・・・」
「何か、そのときに魔力が使えるようになる原因があったのかも知れない。エレノアが言うように、魔力の蓋が壊れるような事故が」
「・・・何も覚えていないの。どうしよう、分からないわ」
自分の父が死んだ森で、自分も行き倒れていたというのなら、きっと大騒ぎだったろうに。それほどの出来事を覚えていないことに、エレノアは焦りを感じた。
水鏡のハロルドが、言い聞かせるような声を出した。
「落ち着いて。覚えていないのじゃなくて、思い出せないだけかもしれない」
彼が微笑みさえ浮かべたので、エレノアの頭も冷えた。関係が改善されたとはいえ、素のときは基本笑顔の少ないハロルドだ。たまの微笑みの効果は十分だった。
「そうよね、何かきっかけがあれば・・・その場所に行けばきっと思い出すわよね」
胸に手を当ててそう言ったエレノアだったが、ハロルドはすぐに首を横に振った。
「いや、危険がないと分かるまでエレノアは行かないで。城の仕事が片付き次第もうすぐ領地に帰れるから、俺が行く」
「ちょっとハロルド・・・」
慌てて止めようとしたところで水鏡の効果が切れ、のぞき込んだエレノアは自分の顔を見つめることになった。言い逃げである。優秀な彼のことだ、おそらくそろそろ時間切れであることも見越した上で言ったに違いない、とエレノアは目の前に居ないハロルドに向かってため息をついた。
覚えていない、といったエレノアだったが、その翌日事態は動いた。
エレノアは食後のお茶を出し終え、道具の載った台車を押して廊下を進んでいた。
領地に帰れば何か思い出すかもしれないとはいっても、城に帰るまで任務は終わらない。そろそろこの街を出る支度も始まり、侍女であるエレノアには山ほどの仕事がある。手を動かしていれば領地へ近づいているように思える。気が急いている今、物思いにふける暇が少ないことはありがたくもあった。
厨房へ台車を届け、戻る途中に替えの蝋燭をとりに寄る。天気がよいからそろそろ王子の衣類が洗濯から戻るかもしれないと、曲がり角の窓を見上げたところだった。
「見つかったのか」
かけられた声に、エレノアははっとして振り返った。
「ファレル殿下」
第二王子は珍しく供もつけずに立っていた。支度に忙しいクリスやエレノアと違い送別の晩餐まで公務がないため、文献室へでも顔を出しに行くのだろう。緩めたままの襟元を見てエレノアはそう判断する。
あれ以来、ファレルの方からエレノア個人に声をかけることはなかった。そのため驚きはしたものの、エレノアは彼が何をさしてそう言ったのかはすぐに理解した。
「・・・ええ、試すべきことは見つかりました。殿下のお力添えのおかげです」
思えばシンシアの魔力の状態が分かったのも、エレノアの特異な点を指摘したのもファレルだった。そのため感謝は自然と、言葉とともに微笑みとなって出た。
「そうか」
ファレルが少しだけ目元を緩めたので、本来雲の上の存在であるこの第二王子が、自分の個人的な問題を気にかけていたことにエレノアは気付いた。
そこでクリスの言葉を思い出してしまったのが悪かった。エレノアの緩んでいた顔は、急な動揺によって赤らんだ。眉唾ものだ、本人が言ったわけではないと思おうとしても、一度思い出してしまうともう勝手に顔が熱くなっていく。こうなると侍女として整えた体面も形無しだった。自分が何を意識しているのかが相手にも丸わかりなことに、エレノアはさらに焦って手元の蝋燭にしがみついた。
うまく逸らすこともできないまま向けられた瞳を、ファレルはじっと見つめた。そして困ったように下がった眉と赤く染まった頬にくすりと目を細めて笑うと、こう言った。
「安心しろ。別に今すぐ口説こうとは思っていない。・・・いや、思っていたけれど、もう少し後にすることにしたんだ」
それから彼はすれ違いざまそっとエレノアの髪を撫でると、立ち去った。
エレノアは放心して突っ立っていた。
しばらくはそこから動けなかった。ファレルに言われた言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。今の言葉は、まるでエレノアのことが好きだと、肯定したようではなかったか。それにあの傍若無人な彼が、ひどく大人びた笑い方をした。アイリーンとも違う、でも不遜でめちゃくちゃな『困ったファレル』とも違う、見たことのない顔に、エレノアの胸はどうしようもなく痛んだ。ぎゅっと目を閉じると、今度は旅立つ前に見たコールの笑顔がまぶたに映った。
途方に暮れて目を開き、エレノアは手元の蝋燭を見た。
「蝋燭・・・置きに行かなくては」
ぼんやり歩き出した彼女は、物陰から自分を見つめる目に気付かなかった。




