エレノアの旅4
翌日、翌々日と、一行は視察や歓待の行事に忙殺された。
巫女シェナイは美しいだけでなく優秀なことも確かなようで、彼女の解説はわかりやすく、視察は有意義なものとなった。
ただし、美しい彼女に見惚れて職務を忘れる騎士が出てしまうことは困りものだった。そんな中でもファレルや彼を見慣れたクリス等は顔色を変えないので、エレノアは第二王子の無駄な美貌もたまには役に立つらしいと感心した。
エレノア自身はというと、美しいものに憧れの強い彼女だが、シェナイよりもアイリーンが好みであるため、うっとりして職務怠慢となることは避けられていた。シェナイの美が見る者を圧倒し惑わせるものであるとすれば、アイリーンの美は見る者の心を和らげ幸せな気持ちにする、とエレノアは思う。言葉選びにひいきがあるのは、アイリーンがエレノアの大事な主であるだけではなく、シェナイへの個人的な感情もあるかもしれないが。
それというのもエレノアは、何となくシェナイに冷たくされている気がするのだ。目が合いそうになるとすっとそらしたり、他の侍従とはにこやかに言葉を交わすのに、エレノアが話しかけようとするとどこかへ行ってしまったり。そのため、個人的に質問をすることなどできようもなかった。
そのようなことはあったものの、一行は順調にデールの街にある神殿施設を回り終え、翌日からは各地に散在するそれぞれの精霊を祭る都市へ向かうこととなった。
馬車での移動にそなえて晩餐がなかったので、エレノアは内心で小さく拳を握った。
この夜は予定があったのだ。
エレノアは家族との通信用に、ハロルドに頼んで水鏡の魔法を数回分準備してもらってきた。今回は先の反省をこめ、主であるファレルにもそのことを報告済みである。
予め示し合わせた日時に互いが水鏡を作らねば、この魔法は働かない。侍女の仕事があることを鑑みてもともと深夜に約束していたものの、間に合わなければ次の機会は七日後である。手紙は船便となるので、一月の外遊を終えて帰る方が早くなってしまうので論外だ。
最初の通信を予定していたこの夜、エレノアは誰も文句のつけようがない侍女ぶりでてきぱきと仕事を済ませたが、
「なんだ、その怖い笑顔」
と気迫に満ちた淑女の笑顔でファレルを怯えさせた。
空気のように存在を消すのが最も良いとされる侍女として、主人を怯えさせるのは落第のような気もするが、気圧されたファレルがさっさと眠ってくれたので、エレノアはまあ良しとした。
水鏡の魔法は時間に限りがあるため、エレノアは先に何を話すべきか検討していた。
アイリーンの罠のことは、作戦に組み込まれていたからハロルドも知っているのだろう。そのため割愛する。
視察の中で得た精霊の加護についての、つまり治癒魔法についての情報は、一応伝えるべきだろう。
患部に手を当てて祈りを捧げると言っていたが、ファレルによれば祈りの言葉と共に自分の魔力を一定の大きさで患者の体内に送り込んでいるらしい。そして彼は、それが体内を巡って血等の循環をよくしたり、悪いものを押し流したりするのではないかとも言っていた。一部の器官に留まるような様子はなかったというので、どうやら治癒魔法は直接どの部位を治す、というものではないようだ。そのため母の治療に効果があるかといえばよく分からない話ではあるが、試してみる価値はある。
もう一つ、絶対に伝えるべきなのは、シンシアの件だ。
エレノアはそこまで考えをまとめると、小瓶の中身を皿に垂らした。
できあがった水鏡は、すぐに青白く光り出す。
のぞき込んだ自分の顔がぼやけ、徐々にハロルドの顔が現れた。
エレノアはほっとして微笑んだ。
「ハロルド。よかったつながって」
「俺がかけた魔法なんだからつながるよ。それより、時間がない」
そう言いながらハロルドも少しほっとした顔をしていたので、エレノアは噛みつかずに流してやることにした。
「そうね。じゃあ一つ目。あのね、ファレル殿下に、出発前のどさくさに紛れてシンシアの魔力を見てもらったの。そうしたら、魔力はあるけど、使えないだろうと言われたわ」
「どういうこと?」
案の定怪訝そうにしたハロルドに、エレノアは説明する。
「魔力のつぼに、出口がないのですって。そんなのは今まで見たことがないとも言っていたから、もしかしたらこれが病気の原因かもしれない」
簡潔にまとめてみたものの、逆に理解しづらい話の気がして不安に思うエレノアだったが、ハロルドはゆっくり一つ頷くと、答えた。
「そうか、出口が。珍しい魔力に珍しい体質と揃ったなら、魔力をどうにかできないか試してみるべきだよね。・・・他には」
「ええと、二つ目は、治癒魔法のことよ」
エレノアはこれもなるべく簡潔に話した。
ハロルドはまた頷くと、すぐに話し出した。
「こっちは一つだけ。イングラム伯爵から、エレノアの実のお父さんの日記を借りたよ」
「イングラム伯爵から?」
エレノアは驚いたが、ハロルドは平気な顔で続ける。
「そう。ざっと見た限り病の原因は分からなかったようだけど、少し気になることがあるから読み直してみるつもり。それから治癒魔法だけど、ホールデンに危険がないか聞いて、大丈夫そうなら真似事を試してみる」
この辺りで水鏡の光が揺れ始めた。魔法が切れる予兆を感じ、エレノアは慌ててかがみ込む。
「ハロルド、いろいろ気をつけてね」
「エレノアこそ。無理をしないで」
それだけ伝え合うと、すでに光はほぼ消えていた。
いつのまに、イングラム伯爵とそこまで親しくなったのだろう。エレノアはハロルドの対人能力に驚いた。血縁関係にあるはずのエレノア自身は伯爵と、睨み合い以上のコミュニケーションを図れなかったというのに。
それでも、もう嫉妬や敗北感は湧かなかった。
なにより今は母とシンシアを病から救うこと。二人共その一点のために動いているのだし、ともかく少しでも試せることがある。もしかしたら、これで救えるかもしれない。そうでなくても治療法に近づいているかもしれない。わずかな期待感が、エレノアの胸を温かくしていた。




