エレノアの旅3
翌日、とうとう中央神殿へ到着した。
この日は夜まで予定がぎっしり詰まっており、とても個人的な調べ物などする時間はとれそうになかったが、治癒魔法の本家ともいえる神殿へ行くことになっている。
そのためエレノアは前夜の落ち込みもどこへやら、朝早くから張り切ってファレルをたたき起こし、寝ぼけ眼の彼に朝食を詰め込ませた。基本的に目の前にやることさえ見つかれば、立ち直りは早いエレノアである。
白亜の神殿は、王宮よりもやや規模は小さいものの信仰の中心というだけあって、圧巻だった。赤茶の大地から天に向かって真っ白い尖塔がそびえ立つ様はこの国の宗教に疎いエレノアにすら何か神々しいものを感じさせた。ただしファレルの特殊な目にはそう見えないようで、後で彼は「土で汚れるたびにいくらかけて塗り直すんだろうな」と俗なことを言ってエレノアに白い目で見られた。
神殿の内部へは、ファレルと数名の随行のみが通された。内部も真っ白な石でできており、その上に敷かれた赤い絨毯を進むと天井の高い玉座の間にも似た空間が現れた。
そこにはこの国に多い琥珀色の肌の背の高い男が一人待っていた。
男はゆったりと美しい所作で腰を折った。
「ようこそおいで下さいました」
「西の国の第二王子、ファレルと申します。高名なセリク大神官にお目にかかれて光栄に存じます」
大神官とはこの国で最も高い地位の人物である。
彼はファレルと形式的な挨拶を交わすと、視察が有益なものとなるようにと、一人の巫女を世話係として紹介した。
現れた娘の姿に、誰かが息を飲む音が聞こえた。
琥珀色の肌に黒々としたまつげに縁取られた猫のような目が美しい、魅惑的な娘だった。身につけているのは白い簡素な衣装だが、彼女の肉感的な魅力がむしろ際だっている。濡れたような瞳と赤く厚い唇には、女のエレノアでも見惚れてしまった。
「巫女のシェナイです」
娘は美しい黒髪を揺らし、腰を折った。
「よろしくお願いいたします」
「若いが精霊の加護が厚い娘です。ファレル様のお役に立つことと思います」
大神官はそう言って微笑んだ。
「どうぞ皆様に精霊のお導きがありますように」
滞在中の安全と実りの多いことを願う儀式を受け、中央神殿での用向きはすんだ。
しかし肩の力を抜けるかといえば、そうではなかった。
この先は滞在中、先程の巫女シェナイが同行することになったのだ。
「ご案内いたします」
「感謝します、巫女シェナイ」
エレノアや他の随行はともかく、猫を被り続けなくてはならないファレルにはたいそう苦痛だろう。
国内では大抵アイリーンが話す傍らで微笑んでいればいい彼だが、ここではそうもいかない。王子らしくきらきらとした笑顔を貼り付け、ぼろが出ないよう口調まで変えて話している様子は端で見ているエレノアですらはらはらするものだった。
最初の視察先は中央神殿の附属施設だった。そこでは精霊の加護をもつとされる神官や巫女が、民の治療を行っているのだ。
ちなみにこの国で精霊の加護と言われているものは、エレノアの国では魔力と一纏めにされている。例えば土の魔法に馴染みがよい魔力をもつ者が、こちらでは土の精霊の加護があると言われるのだ。以前ホールデンが、どちらが本当だなどと言うのは水掛け論にしかならない、一つの現象へつけられた名前が違うのだと言っていた。ただ、その力を持つ人間の数があまりに違うため、神聖視されたり、ごく当たり前のこととされたりしているのだと。
「我が国では、精霊に愛された者が精霊の力を使い民へ施しを行います。治水や、豊作の祈祷、ここで行っている医療もその一環です」
「無償で医療を施すとは、素晴らしい心映えですね」
ファレルの嘘くさい笑顔に、シェナイが微笑み返した。
「それが民のためであると同時に、信仰の証なのです。精霊は正しく力を使うものへ厚い加護を授けると言われておりますので。反対に、精霊に愛されなかった者は神殿へ尽くすことで信仰の証をたてます」
通された場所からは、階下で行われている治療の様子が見下ろせた。
治療と言っても、薬や包帯を使っているのはごく一部で、大部分は患者の身体の一部にただ手を当てているようにしか見えない。遠目には治療に見えず、主より前に出るわけにいかないエレノアは、ファレルの背中にもっと前へと念を送る。
「治癒はどのように行うのですか?」
念は通じなかったが、彼が良い質問をしたのでエレノアは心の中で拍手した。治癒魔法、と口を滑らせないのはさすが腐っても王子だ。
シェナイが答える。
「あのように、患者の身体の悪い部分に手を当て、精霊へ祈りを捧げるのです。そうすると精霊が巫女の身体を通して力を注いでくれるのですわ」
「どのような病も治るのですか?」
エレノアは二人の背後でどきりとした。
しかし、シェナイが首を横に振ったのでその期待はすぐに落胆に変わった。
「いいえ。残念ながら、精霊が答えてくれない場合もあります。精霊は世界の意思ですから、持って生まれた寿命は変えられないのです。精霊と病の相性が悪いだけの場合は、他の精霊の加護をもつ巫女に治療を代わります」
持って生まれた寿命というなら、母もシンシアも元々寿命が短かったということになるのだろうか。いや、きっと治る病だとエレノアは自分に言い聞かせた。
それからファレルが祈りを捧げる方法などを詳しく聞いたので、エレノアもその内容に集中した。今日の随行は、視察で得た情報を後で報告書におこせるよう覚えておくことも仕事の一つなのだ。そのため侍女としても個人としても、真剣に記憶にたたき込む。
シェナイは彼の細かな問いかけに丁寧に応じ、最後に感心したようにこう言った。
「ファレル様は本当に精霊に造形が深くいらっしゃるのですね。これほど詳しいお話しを理解していただけるなんて、思いませんでしたわ」
そのあでやかな微笑みに、随行の数人がごくりと唾を飲む音がした。
夜は晩餐となった。大神殿のある首都デールの館は昨日のものよりさらに見事で、その大きな広間にご馳走が並べられた。
こちらの国の晩餐は床に敷いた敷物に直に座って食べる。それもファレルを上座に、エレノアらおもだった随行も賓客として晩餐の席に着かされた。ファレルの世話は、隣に控えたシェナイが焼いている。
神官見習いだという少年に飲み物を注がれ、エレノアは非常に居心地の悪い思いで食事をした。
クリスにあらかじめ言われていた通り、ファレルが席を立つまで随行は席を立たない。シェナイと話し込んでいた彼がようやく立ち上がったので、それを合図にクリスとエレノアは主の後を追った。
「思った通りでしたね」
「ああ」
部屋にはいるとクリスとファレルがそう言ったので、エレノアは何のことかと考えた。
「美人の巫女を世話役にして、わざわざこちら式の晩餐で接触を容易にして、と。これだけ露骨だといっそすがすがしいな」
ファレルがうんざりした顔でそういったので、ようやく理解してエレノアは顔を赤くした。
大神官は、どうやらファレルが巫女に手をつけることを期待しているらしい。気付いてしまえばいろいろと納得できた。魔力が精霊の加護と同義ならば、魔力をもつ人間の血はこの国にとって価値のあるものだ。さらに第二王子であるファレルがこちらの巫女と婚姻を結ぶとなれば、血の交流が進むことが期待できる上国家間の関係も深まり言うことなしだ。
「まあ、視察が受け入れられた時点で分かっていたことですから」
我慢して下さいとなだめられ、ファレルは肩をすくめた。
「我々にもきっちり接待役がついていましたから、気を引き締めるよう再度通達しておきます」
「そういえばエレノアの接待は神官だったか。国賓に無理強いはないはずだが、一応、気をつけるように」
「あ、え、はい、わかりました」
「まあ、面倒だがその分実入りも期待できる。・・・面倒だが」
ファレルは王子の仮面を外してそうため息をついたが、エレノアは今日の『実入り』を思い出し瞬時に少しだけ浮上した。




