エレノアの旅2
機嫌を損ねたエレノアと上機嫌のファレルを乗せた馬車は、気付けば無事に『果ての森』を抜け、国境にさしかかっていた。この国境をくぐる旅人は他におらず、ただ馬車一台通るのがやっとの田舎道に門がぽつりと立っている。
ここで荷検めなどするかと思いきや、一国の第二王子の一行であるためか、馬車は速やかに門を通された。大所帯の荷を検めるというような大がかりなことをする場がなかったためでもあろう。
ただ、そこに隣国の騎士団が出迎えてきており、彼らとの挨拶がすむとその先導で隊列が動き始めた。
「ここからは転移なしですね」
クリスが言ったとおり、延々と馬車での移動が続いた。
しかし、嫌気がさすと言うことはなかった。窓から見える風景が、次第に乾いた土の色合いに染まっていき、街に入れば行き交う人々の服装も自国とは違う。
エレノアは地理の授業で習ったことを思い出していた。この国では乾いた大地を精霊の力を借りて耕し、潤して実りを得る。魔法を使える人間は数少なく、彼らは精霊に使える巫女や神官として神殿に入り人々のために力を使う。そのため人々の信仰心は非常に厚く、国は精霊信仰でまとまっている。エレノアが期待をかけている治癒魔法も、信仰をあつめるため神殿が民に施すものである。
信仰する精霊をかたどった装身具を身につけていたり、乾いた空気から肌を守るように頭部に布をまいたりした女性の姿にエレノアの目は吸い寄せられた。
この日も数度の休憩を挟み、一行は夕方遅くになって大きな都市に着いた。
「この先のバーンが、国でもっとも権威ある中央神殿がある都市です。我が国で言うなら、王都のようなものですね」
幾度か訪れたことがあるというクリスがこう解説した。
美しい石畳の敷かれた街道は、まっすぐに神殿に続いているという。中央神殿からは他にもこのような街道が数本放射状に伸びて、他の神殿のある街とつながっているらしい。
「今日はこの街に逗留します」
時刻はすでに夜に近いため、朝の早い神殿を訪れるには失礼に当たる。そのため、中央神殿への挨拶は、明日行う予定だ。
大きな街には必ずあるという神殿附属の施設が逗留先だった。大貴族の館かと思う立派な建物は、中に入っても優雅な装飾に溢れていた。大きく違うのは、使用人の代わりに、神官見習いと呼ばれる人間が一行の世話をするために控えていたことだ。
「もともとは高貴な神官や巫女が各地を訪れるときに使うための場所だからな」
ファレルも、腐っても王族というべきか、それなりにこの国の事情に通じているようだった。
教科書や本でしか知らなかったエレノアは、この国の生活様式に合わせて王子の世話をやくことに困難を覚えたが、クリスや他の侍従を見習いながらなんとか準備を整えた。
「皆、ご苦労だった。ゆっくり休むように。あと、クリスとエレノアは明日の予定を確認しに来るように」
夕食を終えると、ファレルがその場にいた随行達にねぎらいの言葉をかけ下がらせた。
エレノアも神経がくたくたに疲れていたが、クリスと共に畏まってファレルの言葉を受け取る。
ファレルの部屋へ入ると、彼はすぐに衣服を緩めてだらしなく椅子に寝そべった。
「殿下。女性の前です」
クリスが窘めると、ファレルは気だるげに髪をかき上げながら襟元をすこしだけ閉じた。
エレノアは仕方がないので目を伏せてそれを待った。
「二人とも座れ。さすがに長旅の後で自分だけ座っていると悪人になったようで気が滅入る」
あくまで自分のためと命ずるファレルに、クリスがさっさと主の向かいに座ったので、エレノアもその隣の椅子に腰掛けた。
座るとどっと身体の重さを感じた。
「疲れているところ悪いが、明日からしばらくは長話はできない可能性が高い。例の話を片付けるぞ」
ファレルがエレノアを見てそう言ったので、彼女は背筋を伸ばした。なんのことかはすぐに思い当たる。
「例のとは、アイリーン様の・・・というお話しでしょうか」
明日話すとはぐらかしてそのまま話さずに誤魔化すことも可能だったろうに、ファレルは律儀に約束を守る気のようだ。そう知ってエレノアは驚いたが、即座に気を引き締めた。
「そうだ。クリス?」
「はい、防音の準備ができましたよ」
主従がうなずき合う。どうやらクリスは風魔法で外に話を漏らさないよう準備をしていたらしい。
「これはアイリーンの罠だ、とだけ伝えたのだったな。『これ』とは、この外遊で俺とエレノアをアイリーンから引き離したことだ。この意味が分かるか?」
エレノアは少し考え、表情を険しくした。
「アイリーン様の守りを敢えて薄くしたということですか?」
「その通り。怒るなよ?これはアイリーンの作戦なのだから」
「けれど、それではアイリーン様が危険ではないですか」
エレノアは、侍女を外されたときに自分のことで頭がいっぱいになってアイリーンの安全に気が回っていなかったことに気付き、改めて自分を恥じた。
「大丈夫だ。公式にはカトレアとジゼルが交代で盾を勤めていることになっているが、実際はカーラも戻っているし、ハロルドとディランにも魔法具を渡してある。つまり、表向き守りが薄く見えるように代表格のエレノアを遠ざけたというわけだ」
「そうまでして、アイリーン様は政敵を狩るおつもりなのですね」
エレノアが表情を緩めぬままそう聞いたので、ファレルは頷いた。
「後手に回るよりその方がいいと判断してのことだ。アイリーンの安全のためにも、兄上の命運のためにも」
ファレルの言葉の後半の意味に、エレノアは気付いた。アイリーン王女の政敵であるジェスロウ・レアード侯爵は、第一王子クインランの外祖父なのだ。それ故追及が難しかった。あちらからの攻撃を待ちそれを暴く形では、その血をひくクインランまで罪を負うことになりかねない。アイリーンは、クインランを庇いきってレアード侯爵に引導を渡そうと、自分から仕掛ける決意を固めたのだろう。
「詳しくは割愛するが、侯爵を追い詰め、同時にこれが絶好の機会だと思い込ませ、食い付いてきたところを罠にかける予定だ」
「そのような大事なことを、私に話してもよろしいのですか?」
「エレノアには作戦のために不利益を被らせたからな・・・」
珍しく歯切れの悪いファレルを、エレノアは不思議に思いじっと見つめた。
「・・・エレノアの異動が不自然に思われないように、少し情報操作をした。つまり、エレノアがアイリーンの不興を買って、それを俺が拾ったと」
エレノアは目を見開いた。
なんということだ。それでは、家族やマクレーン家の人々は、それにコールは、エレノアの言葉をどう聞いたのだろう。もしかしたら王女の不興を買ったことを言い出せずに誤魔化したと思われているかもしれないではないか。
「大丈夫だ、この作戦は必ず一月いないに決着がつくから、そうすれば全て明らかになる!」
なんとかエレノアの気持ちを明るくしようとファレルは声を張ったが、エレノアはじっとり恨めしい目で彼を見た。
せめてコールに手紙でも書ければ、と思うと同時に、アイリーンの作戦ならばなおさら外部に弁明の言葉などもらせないと気付く。それでも何か伝えたいような、もう遅いような、逡巡はいくらたっても消えなかった。
「エレノア、王女は作戦が終われば必ずエレノアが困らないよう取りはからうよ。実際やるのは多分カーラだから、今は心配せずに目の前のことを頑張りなさい」
ファレルの声は耳に届かなかったが、このクリスの言葉は少しばかりエレノアの慰めになった。アイリーンとカーラの名に、エレノアはまだしょんぼりしながらも、はいと一言返事をした。




