エレノアの探索
最初にしたのは、屋敷の文献を一から調べることだった。
休暇は4日だ。すでに領地まで来るのに2日を使っているが、今回は短い休暇しか出せない代わりにと、帰りはアイリーンから転移魔法を使うよう指示されている。
そのため屋敷で過ごせる丸1日の猶予を、エレノアはこの作業に当てることにした。
しかし屋敷で分かることは、すでに両親が調べ尽くしていた。
「セリーナのお父上は、30代半ばで亡くなっているらしい。家系図は・・・ああ、そこにあるよ」
ウィリアムは何もせずにはいられないエレノアの気持ちを察してか、彼女が家捜しすることは止めなかった。
ウィリアムに示された家系図を開けば、セリーナの名の前にずらりとたくさんの名が連なっていた。残念なことに横に広がりのないそれを見ると、子をたくさん成すこともできず早世した過去の当主達が偲ばれた。むしろ、よくここまで激しい代替わりを経ながらも血を絶やさずにこられたものだとエレノアは思った。
セリーナの名を指先でなぞる。エレノアはその下にこれから続く、自分とハロルドとシンシアの名のことを考えた。三人全員が成人して名を記して、ガーラント家史上、最も人数の多い世代となるのだと、エレノアは再び胸に誓った。
「この中で、魔法を使えた人はいたのかしら」
家系図を遡っていたエレノアが呟くと、ハロルドがどさりと大量の本をもってきた。
「これ、当主の日記だよ。父さんはもう調べた?」
「一応、一通り目を通したよ」
ウィリアムによれば、ガーラント家の当主は基本的に代々魔法が使えず早死にであるらしい。
ただ、婿養子が当主になった場合には貴族の平均的な寿命を全うしており、この病の正体が家にかけられた謎の呪術などではないことを示していた。
「エレノアのように魔法が使える子どもが生まれるのは本当にまれだけれど、そういう子どもは皆この病を免れているんだ」
「そう・・・道理で、魔法の成績がのった書類をあんなに喜んでくれたのね」
エレノアはそれを、頑張って成績のよい娘でいれば両親は喜んでくれると解釈していたのだが。
「エレノアが授業で魔法を使ったと手紙をよこした日、セリーナは泣いていたんだよ」
ウィリアムの言葉に、エレノアは驚く。母の泣くところなど、エレノアには想像できなかった。
ページをめくる手に知らぬ間に力がこもった。
「とにかく、良くなってもらわなくちゃ・・・病にかからなかった者の特徴は、魔法以外にないのかしら」
ウィリアムは首を横に振った。
「男女の差も、容姿の特徴もないようなんだ」
彼がそう言えた理由はエレノアにも分かった。日記にはかなり詳細に、持ち主やその血縁者の容姿等が記されていたからだ。おそらくは過去の当主も、なんとか病を治そうと情報を整理していたのだろう。
「病気の進行に差はあるの」
ハロルドはかなりの速度で日記をめくりながらウィリアムに尋ねた。
「早い者で、10代前半、遅い者で、40代後半まで生きている」
そこにある30年の差が何によって生じたものかを知ることは、母の病を抑えるために重要だとエレノアにも分かった。それでもエレノアは、母とシンシアの命の残り時間を考えてしまった。
「・・・エレノア、大丈夫だから」
ハロルドに声をかけられ、エレノアははっとして顔を上げた。
「ええ、大丈夫よ。大丈夫」
その声が半ば自分に言い聞かせるようであることに、彼女は気付けなかった。
ハロルドは、悔やんでいた。
なぜ冬に帰ったとき、無理にでも母に会おうとしなかったのかと。
なぜもっと早くエレノアに母の容態が悪そうだときちんと伝えなかったのかと。
もちろんその時々で様々な事情があったが、それでも自分が行動を急いでいれば、もう少しシンシアと母を救うための猶予があったのではないか、もう少しエレノアの苦しみは軽かったのではないかと思えてくる。
「ええ、大丈夫よ。大丈夫」
真っ青な顔でそう呟いていたエレノアを、ハロルドは抱きしめることすらできない。アンとの約束以前に、そんなことをすればかえって彼女を混乱させ、悩みを増やすだけだ。
まだ姉であり婚約者がいるエレノアを慰める権利が自分にないことが、ハロルドは今さらながら悔しかった。
エレノアは青い顔をしながらもまだ家系図を見つめている。
シンシアも、皆に心配をかけまいというようにいつも通りにばあやや侍女達と過ごしている。先程などはこちらを休憩させるためだろう、エレノアの手を引っ張って強引にお茶に誘いさえした。
彼女らは決して女傑ではないし、見た目にはどちらかといえばか弱げな印象だが、そろって気丈だ。それは病を患う母と共にやつれていく父ウィリアムより上かもしれなかった。
「この家系図はかなり古くからのものなのね。建国とともにガーラント家はこの土地にきたのかしら」
「ガーラント家は建国時の功績を認められてここに領地を得て、それからずっと領地換えしていないはずだよ」
「でもここに来る以前から早死しているし、風土病というわけではなさそうね」
ハロルドはエレノアの言葉にうなずくと、こう言った。
「ガーラント家の記録より、魔力の文献から調べた方が良いかもしれない。魔法省の資料なら、何か分かるかも」
数多くの魔法書を読んだハロルドも、魔法が使えず死に至るなどという例は今まで目にしたことがなかったが、それは言わない。
自分が読んでこなかっただけでどこかに答えがあるに違いないと、ハロルドは思おうとした。
エレノアは彼の内心に気付かなかったようで、そうねと同意した。
「私も王都に戻ったら、王立図書館の本を端から探していくわ」
「念のため、この日記も借りていくよ」
こうして二人はウィリアムに母を頼むと、シンシアを連れて翌日早くに王都へと戻った。




