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エレノアの婚約

ちょっと主人公がかわいそうになってきました。これからコメディになるように頑張ります。

「おめでとう、エレノア様。」

「ありがとう。」

「婚約なさったんですってね。おめでとう。」

「まあ、アイリーン様。ありがとうございます。」

エレノアは笑顔が引きつらないように、細心の注意を払う。


エレノア・ガーラントは、13の年に婚約した。

相手には何の問題もない。婚約者のニコラス・マクレーンは15歳、王都近くに領地を持つ子爵家の跡継ぎで、身分や年の釣り合いもとれているし、本人もまずまずの容貌の優しげな好青年だった。

社交界デビュー前のエレノアは彼とあまり面識がなかったが、結婚相手を親が決めるのは一般的なことだし、両親は正式に決定する前に本人と合わせてくれた。あまりに相性が悪いようなら断っても良いと言ってくれる親をもって、自分は幸せ者だと思った。

そして設けられた見合いの席で、エレノアはかちかちに緊張していた。

うまく話せないエレノアにニコラスは、

「僕も緊張しています。いくら鍛錬をつんでも、可愛らしいレディの前では手が震えるものですね。」

と優しく微笑んだ。さらにエレノアの地味な暗い色の瞳を、落ち着いた美しい色だと褒めてくれた。


屋敷に帰ったエレノアは、夢見心地でそのことを話した。

「それでね、ニコラス様が・・・あ、コールって呼んでくださいって言われたんだった。コール様が、今度王都でも会いましょうって。コール様は王立学校を今年卒業なさったんだけど、王都の素敵な場所を案内してくださるって。」

「へえ。」

両親にも自分付きの侍女にも話し、それでも足りず、普段なら絶対しないのにハロルドまで捕まえる。最近学業が本格的に急がしくなってきた彼とは同じ屋敷に住んでいても食事のときくらいしか話さないというのに。同じ話を3度は聞いている侍女のアンが視線でハロルドに詫びたことも、いつもは敏感に読み取れるハロルドの眉間の皺のより具合も、恋するエレノアの目には入らなかった。

「私の目、落ち着いた青で素敵ですねって。」

諦めたように本を読みながら適当に相づちを打っていたハロルドが、黒髪の間からちらりとエレノアを見た。

「エレノアの目は青って言うより紫だと思うけど。」

「いいえ、コール様が青って言ってくださるんだから、青だと思うことにするわ。お母様やシンシアのような明るい青じゃないけど、落ち着いた青なんだわ。うれしい。」

まるで聞く耳を持たず、一方的に話し続けるエレノアにさすがに嫌気が差したのか、ハロルドが大きなため息をついた。

そして本をぱたんと閉じると、言った。

「シンシアっていえば、あの子にも婚約の話が来ているらしいよ。」

「え?」

エレノアは自分の耳を疑った。だってシンシアはまだ5歳にもならない。確かに貴族には生まれたときから婚約者がいる娘もいるが、子爵家ではエレノアが5歳の時にはそんな話、欠片もなかった。

「嘘、だってお母様もお父様も、そんなこと何にも言ってなかったわよ。」

エレノアは、自分の見合いのために王都に来て、つい1時間ほど前まで一緒にマクレーン家に行っていた両親の顔を思い浮かべる。昨日も今日もずっと一緒にいて、エレノアがシンシアの様子を聞くこともたくさんあったけれど、二人の口からは婚約の「こ」の字も出てこなかった。

ハロルドは肩をすくめる。

「僕も父様達から直接聞いたわけじゃないけど。」

「じゃあ誰から・・・」

「二人についてきた使用人が噂しているのを聞いた。」

エレノアの顔は、ほんの一分と経たない間に喜びから戸惑いへと移り変わり、そしてその全てが消え去った。

完全に表情を失い、血の気もひいた人形のようなエレノアに、さすがにまずいと思ったらしいハロルドが呼びかけるが、返事はない。

「エレノア様・・・」

アンに優しく肩をさすられ、やっとエレノアに動きが戻る。のろのろと肩越しにアンを振り返り、

「アンも知っていたの?」

と尋ねた。その声の震えを聞き取ったハロルドが己の失敗に苦い顔をしたが、反対側を向いていたエレノアには見えなかった。答えに詰まった侍女にこの話が事実なのだと悟った彼女は、そうなの、と小さく呟いた。

「そう・・・シンシアは、お母様に似て美しいもの、引く手あまただものね。いい相手が居たのなら、早すぎるってことはないわよね・・・」

跡取り娘だもの、と言わなかったのはハロルドの前だからだ。そして素敵な相手だと良いわ、とぽつりと呟いたのは、シンシアが大切な妹だからだ。こんなときでさえ、自慢の姉になろうという習い性が出てしまう。

エレノアは「私の婚約は、シンシアの婚約をまとめるために姉の私を先に片付けないと体裁が悪いからだったのね」と泣き叫びたかった。「シンシアにこんなに早く婚約者が決まるのは、お母様似の美人で、両親の血を引いた子爵家の跡取りだからだ。私は美人でもない、もう跡取りでもないんだ。」と何かを恨みたかった。

エレノアの両親は彼女にも本当は5歳くらいのころに婚約者を探そうとしていたのだが、丁度両親の再婚で不安定だったためそうしなかったのだが・・・このときのエレノアにそんなことが分かるわけもなく。

エレノアを支配するのは自分の婚約は5歳の妹のついでだったのだという落胆と悲嘆。それらがこぼれ落ちないように、冷たくなった両手で自分の胸をしっかりと押さえたエレノアは、「今日は少し疲れたから、もう寝るわ。」と談話室を後にした。

慌てて彼女を追おうとしたアンは、ハロルドががたんと椅子から立ち上がったために足をとめた。

「ごめん。」と「頼む。」という珍しく狼狽を露わにした彼の二言を受け、アンは軽く会釈してエレノアを追うために退室した。


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