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エレノアの亀の首

「最近、増えていますね・・・」

何気なく口にしたエレノアに向かって、カトレアが口の前で指を立てた。

「アイリーン様の誕生日が秋だからよ」

そう小声で言われて、エレノアはなるほどと頷いた。この国では16の成人まで、王位継承権をもつことはない。言い換えれば、成人の儀を過ぎればアイリーンとファレルも王位を継承できる。

この国では王女も王位に就けるが、その場合、夫となった人物が政権を握るのが普通だった。アイリーンはそれを覆すため、婚約も結婚もしないまま王位を継承しようとしている。

そのため第一王子を押す人間は、婚約の予兆すらないことに王女の意思を嗅ぎつけ、成人前にアイリーンを害してしまいたいのだ。

アイリーン曰く『筋肉馬鹿』の第一王子クインランの外戚が、本人の意思に反してアイリーンと敵対していることをエレノアはすでに聞いていた。

クインランがアイリーンを可愛がっているのは、傍目にもよく分かる。そのためエレノアはアイリーンもクインランも可哀想だと思ってしまう。

「エレノア、その模様は独創的すぎるわ」

カトレアはエレノアがカップの中にクリームで描いた胴長の馬を一瞥してやんわりと止めた。

惜しみつつもエレノアは力作の馬を一度消して無難なハートに書き換える。

手先の器用さは折り紙付きなのだが、カーラの特訓も持って生まれた美的感覚までは矯正できなかったらしく、エレノアの自信作は今のところ全てお蔵入りとなっている。

少し夏ばて気味の王女はただ今、謁見の合間にその横の控えの間でうたた寝をしていた。二人は次の公務の前にアイリーンを起こしてお茶を出す準備をしていた。

王女の侍女は多数いるが、全員が王女の側に揃うことはまず無い。カトレアやエレノアはいわば王女の盾であるため基本的に側に仕えているが、カーラを始め、王女の手足となって外で働く者も多いからだ。そうすると、真に信用できる人間だけを集めたアイリーンの侍女の人数は決して多いとは言えない。

今日などは近々行われる王宮の行事の準備で人手が不足しており、新人のエレノアは休日を自主返上してここにいる。最近忙しいらしいコールとの約束もなかったので、エレノアとしては無理をしたつもりはないのだが、アイリーンはとてもすまなそうに彼女に謝った。

「アイリーン様に声をお掛けしてくれる?」

カトレアに言われ、エレノアはアイリーンのいる長椅子へ足を向けた。

横たわるアイリーンが視界に入り、口を開こうとしたときだった。

ちり、という痛みが腕に走った。

エレノアは開いた口から即座に叫んだ。

「亀!!」

叫んでアイリーンに覆い被さりつつ、エレノアは胸の中でカトレアに謝った。


「何があったの?」

身体の下でアイリーンが動いたので、エレノアは王女を起こす手助けをした。

「分かりません。ただ、ファレル殿下の腕輪が反応しました」

そう、と呟いたアイリーンはさすがに落ち着いていた。エレノアは、王女に腕をさすられ、自分が震えていた事に気付く。

「大丈夫よ。大丈夫」

「ありがとうございます。取り乱して申し訳ありません」

亀の発動は三度目だ。一度目はただ夢中で、何かを考える余裕などなかった。二度目はファレルやクリスなど、他にもアイリーンを守る人間が一緒だった。しかし、今この暗闇にはアイリーンと自分しかいない。その上、カトレアを危険の中に置き去りにしてしまった。

それらの不安を、エレノアは深呼吸して逃そうとした。

「ファレルはああ見えて優秀だから、腕輪が反応したのなら、ちゃんと助けも来るわ」

「そうですね」

アイリーンがそういうのならと、エレノアが頷いたとき、外から騒がしい音が近づいてきた。

「始まったみたいね」

金属のぶつかる音で、エレノアにも外で何が起きているのか理解できた。


それからどのくらい経ったのだろうか。恐らくはほんの数分だったのだろうが、エレノアにはひどく長い時間が過ぎたように感じられた。

突然暗闇の中に光の輪が広がった。

エレノアは技へ影響を出さないため必死で動揺を抑えた。

しかし光の残滓に浮かび上がった姿を見てほっと息をつく。

「ハロルド?」

「そう。王女はご無事ですか」

「ええ、無事よ」

そのしっかりした答えを受けると、彼はすぐに行動した。

「反撃を開始します。エレノアは、落ち着いて、亀を維持していて」

「分かったわ」

攻撃の音は絶え間なく続いている。金属音に紛れて、どんという魔法らしき衝撃も響く。

「・・・泥沼」

エレノアには何が外で起きているのか見えなかったが、剣劇が止み、代わりに悲鳴が上がった。

「首」

ずずっと自分の魔力が干渉されるのを感じ、エレノアは驚いてそちらに視線を向けた。

「・・・どういうこと?」

揺らぎそうになる集中を必死で保ちながら、エレノアは目の前の出来事を見続ける。

エレノアの亀には、今、なぜか首が生えていた。そしてその伸びた首の先から外が見えた。

エレノアは一瞬、自分の技が破れたのかと思ったが、そうではないらしい。その証拠に、亀は今も衝撃に耐え続けており、そして亀の目であろう部分から見える外界では、敵が黒々とした泥に埋まってもがいていた。

泥。エレノアはとっさにその意味を考えないようにした。

「水球」

ハロルドの声と共に、亀の目に捉えられた敵が打ち抜かれていく。

土の亀から生えた首。エレノアは目を閉じようとしたが、できなかった。

「生かして捕縛してね」

アイリーンの言葉に承知していますと答えながら、彼は亀の首をぐるりと一周させた。その短い間に淡々と敵を殲滅しながら。

「全員踏み込んで捕縛」

クインランの声で一斉に近衛が部屋に踏み込み、すでに意識をとばしている敵を捕らえていく。

敵の捕縛が終了すると、エレノアは亀を解いた。

アイリーンの無事な姿が現れると、クインランやファレルを始めとする皆が安堵の声を漏らした。

その後魔法省の関係者や文官、王の侍従らもやってきて、事実関係の確認や現場の検証が始まった。

腕を押さえたカトレアが医官に連れて行かれるのを目にしながらも、エレノアは控えの間の状況を詳細に説明しなくてはならなかった。


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