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アイリーンの「カ」

「カ、なの?」

カップを優雅につまみながら、アイリーンは首を傾げた。

アイリーン王女の3つの「カ」、これはちからではなくそのまま「か」と読む。

「そうなのです。女学校の生徒達の間でそういう話が盛んだとか」

エレノアが話したのは、先日実家に帰ったときにシンシアから聞いた話だった。

女学校に通う少女達は、自分たちの先輩が王女の側近くで侍女として活躍していることに憧れを抱いて「三つのカ」とあだ名して話しているのだそうだ。「カ」が指すのはアイリーンの腹心の侍女の「カトレア、カーラ、亀のエレノア」で、それを教えてきたときのシンシアの得意げな顔といったらなかった。エレノアも、そんな妹の顔を見ることができて大層うれしかった。

アイリーンはふうんと愉快そうに聞いてくれたが、

「正確にはカキク、ね」

と訂正した。

「亀のエレノアでしょ」

とアイリーン。すると、

「危機察知のカトレア」

とファレルが続けた。

なぜ当たり前のように王子もいるのだと言いたくなるが、ここでエレノアもああと理解した。

「クは、空気のカーラですね」

そう、と頷いたアイリーンに、それならとばかり付け加える。

「ケは剣のクインラン様でしょうか」

クインランは侍女ではないが、アイリーンは手を叩いて笑った。

「まあ、良いわね」

「では、コは?」

第二王子の疑問に、アイリーンとエレノア、それに黙って聞いていたジゼルまでが顔を見合わせた。

入れるべき人間は確定しているのだが、その形容に迷っていたのだ。

「・・・困ったファレルで良いのじゃないかしら?」

アイリーンの言葉にファレル以外が、成る程と頷いた。

ところで、なぜカーラが空気と評されるのか、真の理由を大抵のものは知らない。表向きは空気のように振る舞える、つまりいることを感じさせないという使用人にとって最高の評価からきたとされているが、実は違う。

以前、アイリーンは意味ありげにこう教えてくれた。

「カーラがものの形を自由に変えられるのは知っているでしょう?」

はいと頷いたエレノアに、アイリーンは自分の顔を指し示して見せた。

「もしかして・・・」

「そう。変えられるのよ。それに、壁も鍵もあの子の前では無意味よ」

この話を聞いたとき、エレノアはさすがに驚いて声を上げそうになった。

学校の補講中にはさすがに自分の顔をどうこうしてみせることはなかったが、確かに妙に精巧な人形を作ったり直したりを繰り返していたのを思い出した。

空気のようにどこにでも入り込み、だれの目にも印象を残さない。

そんなカーラは今もアイリーンの手足となってどこかに潜入しているらしい。

正式な侍女となってからエレノアはほとんど彼女に会えていないが、アイリーンの元へは時々報告に訪れては様々な情報を落としていくらしい。それは国の情勢に関する重要な問題から、彼女の周囲の人間に関するちょっとした噂まで本当に様々だ。

そうして自分の異性の好みも、王女へ伝わっていったのだと考え、エレノアは少し遠い目になる。

「私からもうわさ話を一つ伝えておくわね」

ファレルの抗議をひとしきり聞き流して追い出し終わったアイリーンが、エレノアに向き直ってこう切り出した。

「カーラからの情報よ。ニコラス・マクレーンが最近夜会で若い女性をエスコートしているようね」

エレノアは、なぜアイリーンがファレルを追い出したのか悟った。

「・・・きっと、従姉妹の方だと思います。ちょうど私よりも一つ下の方だと言っておりましたから」

顔色を変えなかったエレノアに、アイリーンはそう、と呟いた。

「知っているのなら、いいのよ。・・・いつも忙しい思いをさせていてごめんなさいね」

侍女であるエレノアは、王女のお供以外ではこの夏まだ一度も夜会に行っていない。それをアイリーンは気にしているのだ。

エレノアは即座に首を横に振った。

「そんな。アイリーン様のおそばにいるのは、私の幸せです」

迷いなく言い切ったエレノアに、今度こそアイリーンは微笑んだ。


エレノアが他の侍女と交代して半休に入ると、アイリーンは少しばかり首を傾げた。

「エレノアは気にしていないようだったけれど、私は少し気になるの。この前もファレルが渡した腕輪で、どうやら一悶着あったようだし」

そう言ったアイリーンに、ジゼルは頷いた。

「エレノアは鈍感ですから」

「あら、やっぱりジゼルもそう思う?」

少女達よりも一回り近く年上のジゼルは、当然だという顔で、再度深く頷く。

「ファレル殿下が絡むのを、未だに全て変態だからだと流しています。周囲の同性のやっかみも、本人は修行の成果だと思っているようですが、半分は気付かず流しています」

「さすがよ、素敵だわ!」

アイリーンは手を叩いて絶賛した。しかし、興奮が冷めるとまたふう、とため息をついた。

「でも、ちょっと危険よね」

ディランがファレル対策を強化しているらしいことは、何となく察している。

それに、雇い主が一侍女の恋愛事情にまで関与する必要はない。ただし、それが王子と関係しているなら王家として傍観はできないし、困ったファレルが下手なことをしてエレノアの婚約を壊しでもしたら、大問題だ。それになにより、エレノアはアイリーンにとって侍女である前に友だちなのだ。

「ファレルは取りあえず叩いておくとして、エレノアは・・・」

ジゼルも少し考え込んでいるようだった。

「ファレル殿下には笑いかけるな、近寄るな、とでも言っておきましょうか」

「では私は婚約者が他になびかないよう、エレノアに磨きをかけましょうか」

もう一人の侍女も言い、アイリーンは頼んだわね、と頷いた。

それから、

「まったく、困ったファレルだこと」

とスリッパを素振りした。

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