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エレノアの知らない攻防2

「おい、なぜそんなに硬いスリッパばかり増やす」

日課であるスリッパの点検補充を行っていたエレノアは、背後に現れたファレルの声にはっとして立ち上がった。

「まあ、おいででしたか殿下」

「おいでだとも。それで、今度は何を怒っているんだ」

怒っていることを前提で話され、エレノアは首を傾げた。

「なぜそうお思いなのですか?」

ファレルが無言でスリッパを指さしたので、エレノアはすっと目を逸らした。

「分かりやすいな、相変わらず」

ファレルにそうまで確信されてしまえば、エレノアにはどうにもしようがない。

諦めてエレノアは口を割った。

「・・・これのせいです。これのせいで、婚約者から誤解をされましたわ」

手首を突き出して睨み付ければ、ファレルは緑の目を丸くしていた。

そしてあろうことかこんなことを言ったのだ。

「ああ、そういうことか。なるほど、そういう効果もあったのか」

これにはエレノアの堪忍袋の緒もきれた。

「効果ですって?!よくそんなことが言えますわね?私がどんな思いをしたと思っていますの?!」

詰め寄ったエレノアを何故か愉快そうに見て、ファレルは言う。

「エレノアのことだ、きっと誤解させた自分を責めたのだろう」

答えより謝罪を求めての問いかけに真正面から返され、エレノアは一瞬言葉に詰まった。

その隙にファレルが再び口を開いた。

「それで、断りようのない相手に押しつけられた腕輪にまで目くじらを立てる度量の狭い男にはそろそろ見切りをつけたのか?」

「なんてことを。彼はそんな人ではありません」

コールは、妬けるとは言ったがエレノアを責めたりは決してしなかった。だからこそ彼の辛そうな様子に、エレノアは申し訳なくてしかたがないのだ。

「ふうん。それでもこうしてエレノアが自分を責めたままにしておくのだから、同じ事だな。見ろ、魔力が荒れている」

エレノアはさっと周囲に目を走らせた。

ファレルが魔力を見ていることは、限られた人間にしか知らされていない。事実上アイリーン陣営の防衛の要になりうるその力は、秘密にしておいた方が有利だからと王女本人から教えられた。その割にエレノアはファレルと初対面のときに話された気がしたが、アイリーンは、実はその頃すでにエレノアを腹心にする気でいたのだと謝った。

人気がないことを確認してほっと息を吐くエレノアに、

「安心しろ、今さらそんなへまはしない」

ファレルはそう笑って、天使に似合わない悪戯っぽい顔をした。

金の髪の下で、世の女性が宝石のようだと褒めそやす碧の目が細められる。

「同じへまなら、こちらがいい」

そう言ってすっと伸ばされた指のなんと長く白いことか。

エレノアは『へま』という俗語の意味が分からずにそれをぼんやり観察していたため、王子の意図に全く気付かなかった。

「こらこら」

呆れた声でファレルの手を止めたのはディランだった。

「まあ、ディラン様。あいにくアイリーン様はお支度中ですの」

のんきに言ったエレノアに、ディランはにっこりと微笑んだ。

「やあ、エレノア嬢。今日はアイリーンじゃなくこの変態に用事があってね。じゃあ、王女によろしく」

そうして襟首を掴むようにして王子をつれていく。

それを猫みたいだわと見送ってから、エレノアは着替え中の王女の元へ戻った。

ちなみにエレノアの前衛的すぎる感覚はアイリーンの支度に役立てられず、この時間はジゼルなど他の盾がついていることが多い。まさかファレルがそれを知って来たとも思えないが、何をしに来たのかしらとエレノアは肩をすくめた。


「おい、お前この前からなんのつもりだ?」

「それはこちらの台詞だ」

人の耳のない場所へ移動すると、ディランはファレルの襟を乱暴に離して腕を組んだ。

ファレルは首をさすりながら見返してきたが、ディランは厳しい姿勢を崩さなかった。

「エレノア嬢の魔法具をわざわざ人目につきやすい腕輪にしたり、今だって俺が止めなきゃ手を出していただろうが」

ファレルは肩をすくめた。

「今はお前が近づいていると気付いていた」

「冗談だという気か。通用すると思うか?彼女は子爵家の令嬢で婚約者もいる。王子のお前が手を出したなんて噂でも広まれば、彼女の社会的立場に傷がつくんだぞ」

「今はお前しか近づいていないことも気付いていた」

「それでもだ。彼女はアイリーンにとって大事な侍女だと、知っているだろうが」

「もちろん」

ならばなぜ、と厳しい目を向けるディランに、ファレルは全く焦らず答えた。

「エレノアは正直だ。それに自立心もあるし努力もできる。俺は伴侶を得るならああいう娘がいい。それに、俺の伴侶になればあの娘もアイリーンの側近を続けられる」

淡々と語ったファレルに、ディランは唖然とした。

「お前、本気か?」

「俺は冗談でちょっかいを出すほど人に興味がない」

それは確かにディランもよく知っていることで、そのため彼は従兄弟を見つめて黙り込んだ。

そして深く深くため息をついた。

「どうした?」

人の気も知らずにのんきに問うファレルに、ディランは恨めしい目を向けた。

「お前が伴侶としてもアイリーンの侍女としても彼女を得ようとするなら、俺たちは多分重要な戦力を失うことになるぞ・・・」

「・・・ああ、もしかして」

やっと気付いたらしいファレルがそう言って目を見開いたので、ディランは盛大に頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「どうするんだよ、俺あいつの味方をするって約束しているからな?今さらお前に鞍替えはできないからな?」

ファレルはふむと顎に手を当て考えた。

「まあ、それならお前はハロルドの味方をしておけ。俺も無理強いする気はないから、本人が選べばいい」

ディランは、まあそれならとうなずきかけたが、はっと気付いて疑いの目を向けた。

「さっきのアレは十分無理強いじゃないか」

「あれは隙を狙ったというんだ」

にやりと笑った王子に、ディランは急ぎクリスと共に王子の警戒体勢を強化しようと決めた。

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