エレノアの就職
卒業と同時にエレノアは王宮で侍女になった。
勤務形態は当直込みの日勤を三日続けた後半日か丸一日の休みが挟まる形だが、警備の問題上不規則になっている。そのためエレノアは週のほとんどを王宮に与えられた自室で過ごすことになった。
エレノアと同様にハロルドも、王宮の魔法局に勤め始めた。
「ディラン様は文官になられたの?」
「うん。あんな感じでも役には立つから、何かあったら使っていいよ」
ハロルドのあんまりな言い方に笑って、それで少しばかり緊張がとけたエレノアだった。
エレノアの配属先は、アイリーンの指示によって初めから彼女付きの侍女である。カーラは就任早々に特殊な任務があるとやらでまた姿が見えなくなったものの、何度か見習いとして務めたこともあり、先輩方は見慣れた顔ぶれだ。中でも魔法の補講で一緒だったカトレアも同じく王女の側に仕えており、心強い限りだ。
しかしもちろん順風満帆とは行かなかった。
ひとたび廊下に出れば、やっかみや嫉みが待っていたのだ。
「王女様の威光を笠に着て・・・」
「見てよあの地味な顔」
正直傷付く言葉だが、エレノアも覚悟をしていたので、よそ行きの優雅な微笑みを浮かべてすれ違うことができた。
エレノアはカーラに感謝した。彼女は、想定される千の悪口を繰り出すカーラと微笑みながらすれ違うエレノアとがぐるぐると室内を歩き回るという、心身共に大変疲れる特訓を課してくれたのだ。特訓中はあまりにバリエーションにとんだ悪口の数々に打ちのめされかけたエレノアだったが、あの独創的かつ鋭いカーラの言葉に比べれば、今聞こえてくるのはそよ風程度に思えた。
「早速やられてるねえ」
「ディラン様」
噂をしていた人物に早々に出くわし、エレノアの顔に思わず本物の笑みが浮かぶ。
「最初は大抵ああやっていびられるものだから。ただの洗礼だからさ、気にしない気にしない」
「まあ。ディラン様でもそうなのですか?」
するとディランはにこりと笑って「僕はお坊ちゃんだから、余裕」と答えた。自ら語って嫌みがない彼に、エレノアも笑ってしまう。
「あれ、それどうしたの?」
ディランはエレノアの手もとを目ざとく指さした。
「ああ、これですね。ファレル殿下から預かったのですわ」
エレノアはそれを手のひらにすくい上げ、先日の出来事を説明した。
ファレルは初日の朝一番にアイリーンの部屋に現れると、エレノアに紫の石がついた腕輪を手渡した。以前言われていた魔法具だという。そして必ず肌身離さず身につけているようにと念を押したのだ。
エレノアはその事情を、ファレルが手首を掴もうとしたのをアイリーンが叩いて止めたというくだりは省いて話した。
ごく小さな石も鎖も服の中に隠したいのだが、銀の細い鎖がするりと袖から滑り出してしまう。王宮の侍女で装身具を身につけているものは既婚者くらいで、そのため少しエレノアも気になっていた。
「あの馬鹿、なぜ首飾りにしなかったんだ」
ディランが代わりにぼやいてくれたので、エレノアは少しすっとした。首飾りならば服で完全に隠してしまえるのにと思っていたところだったのだ。そこでディランに感謝を込めて微笑んで、その場を後にした。
エレノアは気付かなかったが、彼女に対する攻撃にはこの腕輪も当然関係していた。
ファレルの能力や王女陣営における役割については王宮でも知らないものの方が多く、そのため新入りの侍女が第二王子から腕輪を渡された、という噂だけが伝わったのだ。その噂は当然エレノアの社交界デビューのダンスを思い出させ、二つの出来事は当人の知らないところで拡散していった。
忙しさに加えこのような心労もあり、休日になるとエレノアは疲れ果て、家から出たくないような日々が続いた。そのためなかなかコールに会うこともできなかった。
一方ハロルドはというと、初日からまずまずの滑り出しだった。
ハロルドにとって、魔法省は絶対行きたい場所でもあり、多少行くのが憂鬱な場所でもあった。
憂鬱なのは、行けば衝突が避けられないと知っていたからだ。
「ハロルド・ガーラントか」
全体への紹介がすむとすぐに、近づいてくる者があった。
父方の従兄弟、リチャード・シュタインだ。
彼らにハロルドはいい思い出がない。しかし、相手の方も同じようにハロルドをよく思っていないのだ。
それは学校にいる間にもたびたび感じていた。5つも年が離れているにも関わらず、リチャードはハロルドを敵視してきた。
昔は分からなかったが、有能さを示すことで相手の劣等感を刺激していたようだ。父親が能力主義者だったため、ハロルドが有能であればあるほど実子の彼らは焦りを感じていたのだろう。
彼との接触は正直面倒だと、ハロルドも思う。魔法省だけでなく騎士団や王宮の文官からも勧誘はあった。しかし、面倒が予想できても、彼はここに来なければならなかった。
リチャードに代わる魔法省へのつながりとして。
そういう意味では、従兄弟の反応は今回の場合、正統なものとも言える。
「おい、どこを見ている」
「ああ、失礼いたしました。何かご用でしょうか」
新入りのくせに生意気な、という憎々しげな言葉も聞き流し、さらりと返せば相手はたじろいだ。
この程度でひるむなら、最初から関わろうとしなければいいのにとハロルドは内心でため息をつく。しかしそんなことはおくびにも出さず、綺麗な笑顔を見せる。これは威圧用だ。
「用など、ない。ただ、新入りに足を引っ張るなと言いに来ただけだ」
「ご心配感謝いたします。精一杯精進いたします・・・先輩に早く追いつけるように」
これだけで、若者は顔を青くして去っていった。
ハロルドはすぐにその後ろ姿から目を離すと、配属された部署へと移動した。
配属先が決まったと連絡を受けたとき、彼は書面を見てほっとした。希望通りの部署だった。
成績からも適性からも恐らく大丈夫だとホールデンに言われていたが、自分の思い通りに進まないことは人生よくあると知っていたし、一つ懸念事項があったからだ。
「本日よりこちらの配属になりました。よろしくお願いいたします、国防長。」
呼びかけられた相手は、ぎろりと鋭い目でハロルドを見た。
「新入りだな」
「はい。ハロルド・ガーラントと申します。国防長とお呼びすべきでしょうか、イングラム伯爵とお呼びすべきでしょうか」
眼光の鋭さが増す。
それをハロルドは平然と受け止めた。見つめ合ったまま、しばしの時が流れる。
そして先に目を逸らしたのは相手だった。
「・・・勤務中は爵位は不要だ」
ハロルドは、にこりと微笑むと素直に答えた。
「はい、イングラム国防長」
後書きではないのですが・・・あらすじが何度直してもしっくり来ず、今日もまた直しましたが、微妙に違和感が残ります。




