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エレノアと仲間の卒業

これで学生時代のお話しが終わります。

離宮から帰った後、アイリーンはしばらく登校を自粛していた。

表向きは風邪を引いたことにしているが、本当のところは、襲撃事件の事後対応で警備の配置が面倒になるからだった。

「何度読んでも何も出ないわ」

アイリーンは書類を眺めながら呟く。それは先日の襲撃事件の事後報告だった。

捕らえた実行犯は毒を飲んでおり、全員死亡が確認されている。そのため肝心の首謀者につながる情報は得られなかった。

いや、首謀者は分かっているのだ。証拠がないだけで。

それに、アイリーンが狙われる理由も分かっている。

アイリーンには15の今もまだ婚約者がいない。それは王族の女児としては珍しいことだ。大抵は幼少のうちに、国と国との関係を強めるために友好国の王族と婚約を結んだり、国内の勢力をまとめるために降嫁先が決まったりするのだ。それをしないことが、敵対勢力にこちらの思惑を勘ぐらせているのはアイリーンにも分かっていた。

「でもこればかりは、誤魔化しようがないものね」

王族が一度結んだ約束を実は嘘でしたなどと翻すわけにはいかない。

「代わりに兄上と俺が降嫁してしまうか?」

何のことか気付いたらしいファレルが、軽口とも本気ともつかないことを言った。アイリーンは首を横に振る。

「そんなこと、あの人たちが黙ってみているわけがないでしょう」

あの人たちというのが誰を差すのかは、兄弟の間では説明の余地もなかった。

「すまんな、アイリーン。俺がなんとかできれば良いんだが」

立派な体躯を丸めるようにして謝る長兄のクインランに、アイリーンは強く首を振る。

「兄様は悪くないわ。言っているでしょう、兄様は筋肉馬鹿なんだから、古狸なんて御せなくていいのよ」

アイリーンの命を狙いたい者は多数いるが、その中で最も熱心なのが、第一王子クインランの外戚であるレアード家なのだ。

現国王の最初の王妃は、国で最も権力をもつレアード侯爵家の出だった。彼女はクインランを産んだのち、産後の肥立ちが悪く亡くなった。その後に入った現在の王妃がファレルとアイリーンの母だが、クインランは自分を可愛がってくれる彼女に懐き、腹違いの兄弟のことも非常に可愛がっている。

家族はそれで幸せだった。しかしそれをよく思わない者もいた。言わずもがな、クインランの外祖父ジェスロウ・レアード侯爵である。

彼はもともと、次期国王の外祖父としてさらなる権力を握ろうと娘を王妃に差し上げたのだ。そのため徐々に力をつけた国王が自分の傀儡にならなかったことも、さらに孫が新しい王妃に懐いたことも気にくわなかった。彼は娘の死後すぐ代わりに姪を送り込もうとしたのだし、孫の教育も自分の息の掛かった乳母に任せようとしたのだ。

それがかなわないと分かると、今度は国王を早期に退任させてクインランを王にすることだけを考えるようになった。

レアード侯爵は現国王が由緒正しい貴族社会を軽視し、民衆の人気取りに走るとして嫌っている。彼は貴族を中心とした古い秩序を蘇らせようとしているのだ。

そして貴族会議を牛耳り王と国政を巡って戦うだけであきたらず、クインランを継承者にするのに障害となるアイリーンを害そうとしている。ちなみに残念ながら残念な王子ファレルは、内情に詳しいレアード侯爵の歯牙にかからなかった。

「あの爺はどうして古い考え方から抜け出せないんだろうな」

クインランがぼやいた。彼自身は全く外祖父の考えが理解できないのだ。

王が命じたわけでもないが、子ども達は昔から父の改革を受け継ぎ実現しようと考えていた。そのためにもっともふさわしい者こそが王の後継者になるべきだというのが、彼らの総意だった。クインランは武芸が、ファレルは魔法が、統治よりも自分にふさわしいと主張した。そしてアイリーンは女児だが、だからこそ改革者にふさわしく、能力も申し分ないと。

アイリーンは最初から王位に就きたいわけではなかったが、父の改革は進めたかったし、長じるにつれ、兄二人より自分の方が適性があると認めざるをえなくなった。

「私を消して、兄様を王位継承者にして、次はお父様を消すでしょう。その後は爵位の低い官吏や騎士を追い出して、国力を下げて他国に侵略を許すと。十分権力も財力ももっているのに、愚かね」

「目先のことしか見えないのだろう」

問題は、敵の理論に賛同するものが少なからずいるということだ。

特に既得権益の多い高位の貴族ほど敵の賛同者が多く、それが国王派の動きにくさの要因だった。下位の貴族や民衆は味方でも、彼らは身分の高い敵に力や財力で脅されれば抵抗するのが難しく、寝返ってしまうこともある。

「貴族だけで社会の仕組みをまわそうなんて無理なのに、どうして分からないのかしら」

「それより自分の無能がよく分かっているから、貴族以外と競争することになって落ちぶれるのが怖いのさ」

ファレルは敵対する者に対して冷たい。

「・・・成人の儀まであと半年以上あるわ」

王族は成人と共に、王位継承が可能になる。

「それまでに何とかしようと考えるだろうな、奴らなら」

送りつけられる物騒な贈り物、入れられる毒物。魔力をもつものは殺意を抱くと無意識にかすかな魔力を発するため、それらはファレルによって事前に発見され、アイリーンを傷つけることはない。

それでも、その数が増えていることを敏い王女は知っていた。

「カーラはいつ戻る?」

問われたクリスは即座に答えた。

「終わり次第です。ですが、卒業式前には一度戻るそうです。」

「そう。何か見つかると良いけれど」

キャンベル家の娘は冬の休暇からこちらどこぞへ潜入して調べ物をしている。

絶対の信用をおける人間は意外と少ない。キャンベル家、デール家など家ごと忠誠を誓ってくれている人々、それから腹心の友や部下。少ないためなんとかファレルも名前を覚えていられるのを不幸中の幸いと数えて良いのかどうか。

「そういえば、先日ディラン様からカーラへ連絡を預かりました」

「ディランから?へええ」

クリスとファレルのやりとりに、アイリーンの肩がぴくりと動く。

ファレルとクインランが自分の気配に集中しているのを感じ、王女は扇で顔を隠した。

「何でも、重要な人間に貸しを作るのだとか」

クリスまでもが自分をちらりと見たのを感じたので、アイリーンはことさら澄ましてこう言った。

「何のためか知らないけれど、私の侍女を勝手に使われては困るわ」

「まだ根に持っているのか。食べれば終わりだろ、スリッパ型のチョコレートなん・・・」

言い終わる前に、ファレルはスリッパの餌食になった。


ようやくヘンリー・イングラムの姿が消え、一息ついたと思ったころには卒業が目の前だった。

しばらく体調不良で欠席していたアイリーンもこのころには出てきており、最高学年にして最大人数の彼女らは卒業を前に華やいでいた。

「私はハレー家に行儀見習いに参りますの」

「私も行儀見習いですわ。お母様が結婚のためにも是非いくべきだと」

「あなたはお式の準備をなさるのよね」

「ええ、式にはぜひいらしてね」

「喜んで伺いますわ」

話題の中心は今後の進路である。結婚するもの、花嫁修業の一環で他家の侍女に出るもの、夏の社交シーズンに向けて布石をうつものなど様々だ。

エレノアはそんな話を聞きながらそっと髪に手をやった。

最近修行の成果を試そうと、自分で結った髪型で登校しているのだ。今のところ一日過ごしても大きく乱れるようなことはないが、素敵ねと言われるほどではない。一度見たことのない斬新な髪型ができたのでそれで登校しようとしたのだが、残念ながらアンに止められてしまった。彼女曰く「時代が追いついてこない」からまだ駄目なのだそうだ。

「おはよう。あら、今日はリボンなのね」

後ろから現れたカーラに指摘され、エレノアは顔をほころばせた。

「ええ。久しぶりね、カーラ」

エレノアがカーラに会うのは冬の休暇以来だった。

「もしかして、自分で結えたの?」

「なんとかリボンの形も崩れないようになったわ」

上達したわねと誉められ、エレノアは嬉しくなって礼を言う。

「カーラのおかげよ、ありがとう。・・・本当にありがとう、この前も」

二度目の言葉は先日の「駆除」についての礼だった。カーラもすぐに気付いたようで、うっすらと笑みを浮かべ、優雅に人のいない方へと歩き出した。

「どういたしまして。もっと早く連絡がつけば良かったのだけど。・・・だいぶしつこかったみたいだけど、一人で大丈夫だった?」

カーラについて周りに声の聞こえない位置まで来ると、エレノアも頷いた。

「ええ。一人といっても、ハロルドもいてくれたから」

「ちょうど私もアイリーン様もいなかったものね・・・。ディラン様から連絡が来たので驚いたわ」

「ああ、それはハロルドが・・・」

言いながらエレノアは、何故か同じ名を連呼させられていることに気付いて口をつぐんだ。

カーラの目は、面白そうにエレノアを観察している。

「私、前から思っていたのだけど・・・彼、貴方のことを好きなのでは」

エレノアの目がこぼれんばかりに見開かれた。

それからエレノアは慌てて否定の材料を探した。

「まさか。ただ、父も母も忙しかったものだから。それに、ガーラント家としても何とかしたい問題でしょう?」

「それだけかしら」

懐疑的な様子のカーラにも、エレノアは断固頷かなかった。

エレノアはここははっきりと否定しておかねばと、力を込めて言った。

「とにかく、絶対ないわ。せっかく最近、ハロルドと関係がよくなったの。今、ようやく兄弟として上手くいっているのよ。また変なことを考えたり言ったりして険悪になりたくないわ」


こうしてエレノアはカーラの投じた疑問に蓋をし、少女達は様々なものを一時保留にしながらも無事に学校生活を終えたのだった。

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