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エレノアと友達事情

ハロルドに宣言をしてからは、意地でも勉強の手を抜くことはできなかった。

たまにアンや親しい侍女に「ダンスのしすぎで足がつるわ」「歴代王族の正式名称が冗談みたいに長い」などと愚痴をこぼすことはあったが、ハロルドが学科が難しいと定評のある王立学校へ顔色一つ変えずに登校する姿を見れば、エレノアに手抜きという選択肢はない。

「エレノアさんて、とても熱心な方ね。」

授業の後、教わったことを忘れないようにと書き付けていたエレノアは、声をかけられて顔を上げた。そして慌てて頭を下げる。

「あら、顔を上げてくださいな。私は同学年のお友達に話しかけただけですのよ。」

すずを転がしたような声で言われ、エレノアはおそるおそる相手を見た。

「王女様に名前を覚えていていただいたなんて光栄です。」

麗しい声の主は、これまた麗しく、にっこりと微笑んだ。

「アイリーンと呼んでくださいな。」

エレノアは、少しためらったが、「はい、アイリーン様」と答えた。

エレノアに声をかけたのは、この国の王女だった。

彼女はエレノアと同じ年に入学した。むしろ、他の貴族の令嬢が王女と同学年に入学しようと時期を合わせたために、昨年初等部の生徒が集まらなかったらしい。その分今年度は初等部から人数が多く、エレノアはこれまで王女と話をしたことがなかった。

王女はいつも有力貴族の令嬢に取り巻かれていたし、予習に復習にと真剣なエレノアは、主に社交の為に登校している他の令嬢達から若干浮いていた。この事態が本来の入学目的からすると本末転倒であることに、残念ながらエレノアは気付いていなかった。

今も、王女を待っている取り巻きの少女達は、エレノアの書き付けを物珍しそうに眺めている。この学校では、習ったことを逐一メモしようという生徒はあまりいない。勿論マナーや教養の授業も大切だが、それは身に沁み付ける類のものであるし、必死になって文字を書き付ける姿は優雅さを欠くからだろう。文字はあくまで美しく、手紙や詩を書くためのもの、といった風潮があった。

「先生が仰ったことを全部書き留めてあるのね。すごいわね。」

「忘れてしまいたくないので、書いているだけなんです。」

すごいだなんて、王女に言われるとは思わなかったので、エレノアは目を丸くした。容姿が地味な上に貴族としての地位も中程度、その上どうやら社交下手だった自分が、王女と話すことなんて起こらないと思っていた。

王女が優雅に去っていった後も、エレノアはぼんやりとその後ろ姿を見送っていた。


王女はその後も、エレノアにたまに声をかけた。

そのせいかエレノアの学年には、これ以降、授業内容を書き付ける生徒が増えた。おかげで浮くことがなくなり、エレノアにも少しずつ友人と呼べる相手が出来ていった。

「エレノア様にもとうとうお友達が!」

「ちょっとやめてよアン!」

歓喜の声をあげた侍女をエレノアは慌てて咎めた。そしてハロルドのいないときでよかった、と安堵したのだが。

「やっと友達ができたんだって。」

夕食をいかにおいしく上品に食べるかに集中していたエレノアは、思わずひしゃげるほどの勢いでスズキのポワレにナイフを突き刺した。

そのままぎぎっと音がしそうな動きで背後のアンを見る。すると、彼女はほほほと笑って誤魔化した。自分付きの侍女が淑女の躱しの技を自分より上手く使っている、そして自分の情報をハロルドに売った、とエレノアは愕然とした。

しかしここは修行の成果を見せるときだとぐっと堪え、気を取り直してさっと居住まいを正す。憐れな姿となったメインディッシュはさりげなく口に入れて隠蔽した。そしてなるたけ優雅に咀嚼を終えると、ハロルドに笑顔を向けた。

「そうよ。王女様にお声掛けいただいてから、いろんな方とお話するようになったの。とても楽しいわ。」

姉として余裕を見せたいエレノアは、ちらりと王女との交友をほのめかして弟の反応を見た。

「そう、よかったね。」

特に反応を見せずにパンに手を伸ばしているハロルドに内心がっかりしつつも「ハロルドはどう、楽しい?」と矛先を向けてみる。

すると彼は、

「まあそれなりに。」

と曖昧な答えを返したので、エレノアは、もしかしてハロルドには友達がいないのでは、と少しドキドキした。そして続きを促すように弟の涼しげな目をじっと見つめた。

さあ言えといわんばかりの彼女の沈黙に、ハロルドは小さく息を吐くと「エレノアに言っても誰だか分からないでしょ。」と前置きをして、

「名前が分かる辺りで言うなら、そうだな、特に仲が良いのは第二王子のファレル殿下かな。あとはデール侯爵家のディランとは、よく魔法学の話をするよ。」

さらりと告げられたそうそうたる顔ぶれに、エレノアは目を見開いた。

条件はエレノアと同じ、最下級生の子爵家の子。なにその面子、と言いかけてハロルドの出来の良さに改めて思い当たる。彼は顔良し、頭良し、そして被った猫も良し、さらには習い始めたばかりの魔法にも才能を示している、誰もの目を引く少年なのだ。

「・・・」

「エレノア、どうかしたの?」

ハロルドは心なしか愉快そうだ。最近のあの猫かぶりで感じの良い微笑を装い、押し黙ったエレノアを眺めている。

エレノアは身分の高い知り合いが多いというステータスに黙ったわけではない。貴族の端くれとしてその重要性を理解しているが、友達の身分や数に勝ち負けなどないと思っている。ただ、気がつけば周囲から浮いていた自分と、何の気なしに多方面に人脈を作れてしまう弟の格差には落ち込んだ。おまけにちょっと浮ついて王女様の名前を出した自分の子供っぽさにも。

そんなエレノアを見、そして彼女の背後の侍女と何のまねか微笑みを交わし、ハロルドはエレノアにとどめを刺した。

「まあともかく、エレノアに友達ができて良かったよ。」

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