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エレノアと冬の戦い3

卒業を前に足踏みしていてすみません。4で次の話に移ります。

ハロルドは宣言通り、エレノアを一人にしないよう動いてくれた。

朝は今までハロルドが先に馬車を降りていたのを、エレノアとシンシアを先に学校に送らせ、その後に王立学校へ向かうようになった。

下校のときは、エレノアとシンシアが同じ時間に帰れるときはよいが、侍女になるため補講をいろいろと受けているエレノアは帰宅が遅くなることがある。そのため、そういうときにはハロルドがエレノアと帰宅時間を合わせた。

幸い冬で社交シーズンではないため、夜会や茶会などは最小限である。

しかしそれでもヘンリー・イングラムとの接触は避けきれなかった。

「エレノア・ガーラント嬢ですね。僕はヘンリー・イングラムです。手紙は読んでいただけましたか」

ねっとりと粘着質な口調で言われ、エレノアはぞわりと鳥肌が立つのを感じた。

ヘンリー・イングラムの手紙はハロルドとアンと共に開封していた。

そこには、自分こそが君にふさわしいといったエレノアにしてみれば意味の分からない言葉が並んでいた。自分はイングラム家の跡取りであり、エレノアが自分と一緒になるのは正しいことだというのが彼の主張のようだった。さらにエレノアの長い髪に口づけたいだとか、大きな瞳にみつめられたいだとか、そうしたコールからすら言われたことのない言葉をよく知りもしない人間から手紙に書かれたということがエレノアの嫌悪感をあおった。

アンはエレノアの実の父が死んだ後に雇われたため、イングラム家のことは知らなかった。王都の屋敷にはアンより古い使用人はおらず、彼女が言うには「セリーナ様の侍女ならば詳しいことを知っているのかもしれません」とのことだった。

「エレノアに何かご用でしょうか」

ハロルドが割って入るとヘンリーは鼻に皺を寄せた。

「なんだお前は。僕はエレノア嬢に話しているんだ。どけ」

「そうはおっしゃいましても。エレノアには婚約者もおりますので、こうして往来でむやみに話し込まれるわけにはいかないのです」

ハロルドの婚約者という言葉にも、ヘンリーはどこ吹く風だった。

「そんなもの。子爵家風情の口約束など、どうとでもなる」

その子爵家風情の中に含まれるエレノアも気分を害するとは、彼は思わないらしかった。

「ともかく、あなたは僕とお付き合いするべきだ。さあ、今からお茶に行きましょう」

そう言うと無作法にもエレノアの手をとろうとする。もちろんハロルドがその手を代わりに握った。

「何の真似だ」

「おや、違いましたか?」

「当たり前だろう!」

「レディの手を許しなく触ろうなんて紳士ならしないはずですから、僕の手が入り用なのかと思いまして」

「・・・ふざけるな」

「僕は真面目に紳士の振る舞いについて語っているつもりです。御理解いただけたらそろそろ馬車に乗らせていただきたいのですが」

ハロルドの声が大きくなれば、周囲の目は何事かと集まってくる。エレノアは学校の前で馬車に乗り込もうとしているところだったのだ。王都の中心部のことであり、当然往来もある。

冬の夕方で薄暗いとはいえさすがに視線に耐えきれなくなったのか、ヘンリー・イングラムは鼻を鳴らして退散していった。

「・・・大丈夫かしら」

「何が」

馬車に乗るようにと手を貸しながらハロルドが問えば、エレノアはその手におずおずと触れて言う。

「こんな風に直接ぶつかってしまって、後でハロルドが何かされることはないかしら」

「大丈夫。学校には味方もいるから」

確かにディランや、一応王子であるファレルは力強い味方だろう。しかしそれでもエレノアの気持ちは晴れなかった。

顔色の優れないエレノアに、ハロルドは言う。

「それより、エレノアだよ。あいつが何しようとしているのか分からないんだから、もっとしっかり拒絶しないと」

「だって」

正面でじっと言葉を待つハロルドに、エレノアは小さな声で答えた。

「イングラム伯爵は、お母様に息子をとられたのでしょう。元々はお母様や私が、伯爵を傷つけたのかもしれない」

「それはエレノアには関係ないでしょ」

ハロルドに否定されても、エレノアの迷いは消えない。母に非があったのではないかという引け目から、エレノアはイングラムという名に対して強く出られない。

先程ヘンリー・イングラムが自分の手を掴もうとしたとき、あれだけ手紙に嫌悪感を抱いていた相手なのにエレノアは固まってしまっていた。王子相手ですら反射的に避けたというのにだ。ハロルドが止めてくれなければ、なし崩しで連れて行かれかねなかった。

「・・・ごめんなさい」

情けなさから謝るエレノアに、ハロルドは首を振った。

「怒ったわけじゃないよ。ただ、エレノアに危険な思いをさせたくないだけ」

だから謝らないでというハロルドに、エレノアは、今度はありがとうと伝えた。



不都合は他にも生じた。

「放課後にコール様からお茶のお誘いがあったのに」

エレノアは廊下を歩きながら胸の中で呟いた。

冬場はほとんど領地に戻っているコールから、用事があって王都に来るから会わないかと手紙をもらったのだ。

それをお断りしてハロルドにぴったり付添われて家に帰ると思うと、エレノアは胸苦しく感じた。

ヘンリーの件を手紙に書くと、コールは申し訳なさそうに「力になれなくてごめん」と返事をくれた。

伯爵家であるイングラム家に対して、子爵家のコールは、自分には対応ができないと判断したのだろう。本来ならば自分が婚約者だと堂々と主張すればよいのだが、ヘンリーの横暴な理論の前ではそれが通用しないことがエレノアにも分かっていた。

エレノアは「こちらこそ、こちらの問題で申し訳ありません」と再度手紙を書いた。エレノアの方も、イングラムとガーラントの問題にコールを巻き込みたくはなかった。

それでもコールが王都に来る日だと思うと、王都のマクレーン家の方向へと自然に目が行ってしまう。

「お姉様、浮かないお顔ね?」

いつの間にか隣に来ていたシンシアに指摘され、エレノアは慌てて微笑んで見せた。

今日は放課後の補講がないので、シンシアと共に下校するのだ。

馬車が来るまで玄関ホールのソファに二人座って待つ。

でも、この時間帯ならば、まだヘンリー・イングラムは学校にいるはずだ。あちらの学校とは下校時間にずれがあるので、本当ならほんの一時間ほどだが無理して会えないことはなかった。

それをしなかったのは、コールへの気兼ねとハロルドへの遠慮からだ。学生ではない忙しいコールに、一時間だけなどと条件をつけて会うのは申し訳ないし、ハロルドがエレノアをヘンリーと接触させないようにあれほど労力を裂いてくれているのに、デートに行きたいなどと思ってはいけないとエレノアは自分を戒めていた。

「あら・・・ジムが誰かと話しているわ」

シンシアがガーラント家の御者の名を出したので、エレノアは外へ目をやった。そしてその目を見開いた。

素早く立ち上がり、シンシアを伴って外へ出る。

「コール様、お久しぶりです。どうなさったのですか」

そこにいたのは、たった今考えていたエレノアの婚約者だった。

彼はエレノアを見ると、目を細めた。

「やあ、エレノア。また大人っぽくなったね」

優しく微笑まれて恥じらい俯くエレノアに、コールはいたずらっぽく言った。

「ほんの少しだけ、出かけないかと思って誘いに来たんだ」

「でも・・・」

「一時間くらい、どうかな」

正直なところ、エレノアはとても嬉しかった。婚約者が自分のために短い時間でも良いからと、会いに来てくれたのだから。けれど、頷いていいのか迷っていた。

するとコールは、御者とシンシアに向かって尋ねた。

「帰りは責任をもって僕が送り届けるから、いいよね?」

御者のジムは穏やかで礼儀正しいコールの態度に好感を抱いたようで、すでににこにこしていた。

シンシアの方も先程のエレノアの顔を見ていたせいか、

「お姉様、よかったですわね」

とエレノアの身体をコールの方へ押し出した。すかさずコールがふらついたエレノアの手をとり、自分の馬車へと誘導する。

こうしてエレノアは、コールと共にほんの少しだけのデートに出かけることになった。


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