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エレノアと冬の戦い

季節は巡る。

王都ではいつも冬の訪れが早いが、この年の秋は特に駆け足で去っていった。

「エレノア。お母様が・・・君に直接話したいことがあると言っている。次の休みこそ、会いに帰らないかい?」

「王女様のご用があるの。ごめんなさいお父様」

またこの年の冬も、エレノアはアイリーンの離宮行きの共を務めることになっていた。

それに母に会って顔を見れば、きっとデビューのことやイングラム伯爵のことなど、病人を責めることを言ってしまうと思った。


離宮に向かったエレノアは、道中の転移に不安はあるものの、昨年と同様の面々と共に過ごすということでさほど緊張していなかった。

しかし今年は、前回のようにのんびり過ごすというわけにはいかなかった。亀を発動させることになってしまったのだ。

王女を乗せた馬車が橋の上に差しかかった際のことだ。

橋が爆発したのだ。

いち早く気付いたファレルの合図で亀を発動し、車上の人間は皆無事だった。

ただし丁度橋の上だったため、一行はそのまま亀ごと川を流されることになった。その間いくつか物理的な攻撃を受けたものの、亀の中の人間は流される浮遊感に慌てていて気付かなかった。

「この亀、下にも甲羅があったのね」

「ええ、カーラが亀の甲羅は上下揃ってこそだと言ったので」

「それより何か移動手段はないのか?」

「ございません。この亀はドーム状の陸亀をイメージしております」

「じゃあ、攻撃方法は?」

「ございません。それをすると強度が下がってアイリーン様を危険にさらしますので」

「まあ、エレノアったら。どうもありがとう」

「お二人とも、のどかに話していますけど、今流されていますからね」

結局数十分後に騎士団によって襲撃犯が捕らえられ、亀も川から引き上げられた。

「犯人は捕らえましたが、すでに自害用の毒を飲んでいたようです」

「そう。皆の様子は」

「先導の騎士に負傷者が3名出ましたが、民間人は無事です。御者は、残念ながら」

「そう・・・どうもありがとう。後で、報告書をよろしくね」

警備の騎士団長が下がると、それまで静かな表情を保っていたアイリーンは額に手を当てため息をついた。

「アイリーンは悪くない」

「・・・」

「どんな主義主張があろうとも、暴力で解決しようとして無関係の人間を傷つける奴に道理はない」

「・・・」

「そんな奴に傷つけられるな。お前は何も悪くない」

「でも、私の代わりに人が死んだのよ」

「アイリーンが殺したのではない」

「もう!少し黙ってて!」

ファレルに怒鳴ったアイリーンは、このときスリッパを投げなかった。

そのまま顔を覆っている王女に、ジゼルがそっとお茶を差し出す。

ようよう顔を上げたアイリーンはそれを一口飲んで、エレノアと目が会うと微笑んだ。

「・・・取り乱してごめんなさいね。あなたに恥じない主になると言ったばかりなのに」

そのアイリーンが、いつもより小さくはかなく見えて、エレノアは側に膝をついてしゃがみ込む。

「何がどうあっても、私はアイリーン様が無事で嬉しいです」

それを聞いてアイリーンは、ふわりとほどけるように微笑んだ。

そして残りのお茶をかなり豪快に飲み干すと、今度は優雅に立ち上がった。

「一度外に出るわ。私は無事だと、皆を安心させなければね」

そうして、離宮のバルコニーから詰めかけた野次馬に語りかける。

襲撃直後に再び姿を現した王女等の、何をも恐れぬ見事な姿に、民衆はさすがは王族としきりに感動したのだった。


このころ、すでに就職の仕込みがすんでいるハロルドはシンシアと共に領地に戻っていた。

「会えない?」

「はい。お加減が優れず・・・ハロルド様とシンシア様には本当に申し訳ないと仰っておいでです」

ハロルドは、久々に帰った屋敷で母の姿がないことに眉をひそめた。

これまでセリーナは、毎回必ず帰りを出迎えてくれていたのだ。具合が悪いとは聞いていたが、快復に向かうどころか悪化しているようだと彼はいぶかしんだ。

しかしシンシアの反応はもっとあっさりとしており、

「いつものことよ」

と言うだけだった。

ハロルドは、そう言えるほど慣れている妹の様子に驚いた。

もちろん、貴族の家では女親も社交に忙しく、親が四六時中子どもの面倒を見ているわけではない。それを考えればガーラント家は、親が子どもへ愛情を注いでいる方だと言える。

ただハロルドは、両親の血をひく末娘のシンシアは母にも父にも愛情をたっぷりと注がれて育っているものだと思っていたのだ。それが自分の勝手な想像だったと知ると、急に妹の横顔が違うものに見えた。

シンシアは鮮やかな金の髪を翻し、くるりとハロルドを振り向いた。

そしてにっこり笑うと、

「いいの。その分ばあややお姉様が甘やかしてくださるし。それに、私にはお兄様もいる、でしょう?」

最後は少し伺うように見上げながら言う。

ハロルドはそんなシンシアの髪をゆっくりと撫でた。

「・・・お茶でも飲む?」

シンシアは満面の笑みで、はい、と頷いた。


結局3日間の帰省中、兄弟は母親に一度も会えずに終わった。そのためハロルドは戻ったらエレノアに母の様子を伝えなくては、と考えていた。

しかし戻るとおかしな事態がおきており、すっかり忙殺されることになる。

エレノアの周りに、不審な影が見え隠れするようになったのだ。

ハロルドは、シンシアと共に王都に戻るとすぐに、アンに呼び止められた。

「見ていただきたいものがあるのです」

アンはエレノア付きの侍女である。王都の屋敷にいる使用人では一番付き合いが長いが、普段ハロルドの世話をするのは別の侍女だし、彼女がハロルドに何か相談することはまずない。その役目は雇い主であるウィリアムのものだ。そのためハロルドは少し驚いたが、アンの不安げな様子を見て頷いた。

アンに見せられたのは、エレノアあての贈り物だった。アンが自分に相談するのだから十中八九エレノアがらみだろうとは思っていたため、そこは特に驚かなかった。

しかし、添えられたカードを見て眉をしかめた。送り主の名はコールでも、エレノアの友人でもなかった。ハロルドはその名を知っていたが、それでもエレノアと関係が深いとは思えない人物だったのだ。

「ヘンリー・イングラム?」

「ええ。どなたかご存じですか?」

「一応。同じ学年に、この名前の男が居るけど」

ハロルド自身親しくはない。むしろ、仲は悪い。この男は身分を笠に着て下位の貴族を家来扱いしたがり、従わないものにはねちっこく嫌がらせをするのだ。ハロルドのように身分はさほど高くないが能力が高い者は特に目の敵にされるため、校外活動などで監督生となると面倒を見るのが大変だった。

そこまで考えて、ハロルドは不意に思い出す。

「・・・エレノアは一度こいつに会ったことがある。でも、たった一度だけだよ」

「夜会でもハロルド様がご一緒ですし、そうでなければコール様がいらっしゃいますよね。そんな一度会っただけの人が、突然何度も手紙や贈り物を送りつけるなんて」

「他にもあるの」

ハロルドの問いに、アンは頷いて手紙の束を出す。

「・・・エレノア様はまだお勤め中ですから、ご覧になっていません。旦那様はまだ領地ですし・・・」

ごっそりと出てきたその束が全て帰省中の短期間に送られてきたのだと理解し、ハロルドは眉間の皺を深めた。

「とりあえず、エレノアが帰るまでに調べてみるから」

ウィリアムがいない間、王都の屋敷には男手が少ない。その上侍女も女中も若い者が多く、使用人仲間から他家の情報を集められる者などいないだろう。

ハロルドはすぐに、一番信頼できる情報源へつなぎをとることにした。



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