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エレノアの職場訪問

王宮に就職するのであれば、挨拶に行った方が良いと言い出したのは父ウィリアムだった。

シンシアを夏に連れ帰ってからも領地と王都を頻繁に行き来している父は、このところ少し疲れ顔だ。それでも子どもたちが職場で苦労しないようにと、職場に着ていくのにふさわしい服飾品を買いそろえたり、少ない伝手を頼って自分も挨拶に行ったりと動いてくれていた。

そのため、エレノアもすぐに訪問の伺いをたて、許可が下りると王宮へと向かった。

今日は以前お茶会に呼ばれたとき以上に控えめなドレスだ。基本のラインは春先から流行のものだが、もともとふくらみが少なく機能的な形のため、挨拶に行くのにもちょうど良かった。

緊張しながらも、夜会で実践を積んだ淑女の笑顔を顔に浮かべて各所を回る。

「ああ、あなたでしたか」

「こちらこそよろしくお願いしますわ」

「待っているわ」

おおむね良好な反応をもらい、途中で卒業生のカトレアと会うこともでき、挨拶回りは順調に進んだ。

そしてアイリーンのもとへ向かったのだが、そこで侍女に止められた。

「王女は公務が長引いておいでです。しばらくこちらでお待ち下さい」

通されたのは王女の自室にほど近い部屋だった。普段から客を待たせるために使われているのだろうそこを、エレノアは後学のためじっくり観察しながら待つことにした。

来年はここに客を連れてくる側になるのだと感慨深く眺めていると、軽快な足音が近づいてきた。

バン、と扉が開かれる。

入ってきたのはきらびやかな金髪の人物だった。

「ああ、エレノア」

「お久しぶりです。ファレル殿下」

予想はしていたが、特に会わなくてもよい人物だ。エレノアはよそ行きの笑顔であしらうことにする。

「アイリーンの勧誘を受けたらしいな。歓迎する」

「恐れ多いお言葉、ありがとうございます」

淡々と返してもファレルは気にした様子もない。どうも今日の彼は機嫌がよいようだった。

妹とうり二つの美しい顔に惜しげもなく笑顔をのせている。

「エレノアはアイリーンの側にいることになる。手を貸せ」

言うなりファレルが許可も待たずに手をとろうとしたので、エレノアは反射的に身を引いた。

「なんだ」

王子はわけが分からないと言いたげに眉を寄せる。

動いてしまった以上エレノアも何も言わないわけにもいかない。どうしたものかと思いながらも、彼女はため息を押し殺して答えた。

「たとえ殿下が王子といえども、軽々しく手を握るのはおやめ下さい」

ファレルが一瞬真顔になる。

不敬なことを言った自覚のあるエレノアは、怒られるのだろうかと身を縮めた。それならば最初から従えばいいのだとは分かっている。けれど、思わず動いてしまったのだ。

「・・・申し訳ございません」

今さらながら一応謝ってみたのは、せっかくウィリアムが勧めてくれた訪問なのに、逆効果に終わるのが申し訳ないような気持ちだったからだ。それ以上どうすればいいというのか、エレノアには分からなかった。

ファレルがため息をついたので、エレノアはますます縮こまった。

しかし彼はすぐにこう言った。

「いや、良い。俺が悪い」

「そうです、見ていませんが殿下が悪いはずです」

王子の言葉と同時に入ってきたのは、王子の侍従クリスだった。彼はさすが使用人というのか、王子とは違いあからさまな足音をたてなかった。

「お前は俺を非難するのに迷いがなさすぎるな!」

「日頃の行いをよく知っておりますので」

制御役がやってきたことで、エレノアはほっと肩の力を抜いた。

「遅くなってすみませんでした。この方が走って行ってしまったもので」

栗色の髪の青年は、エレノアに向き直るとそう言った。

「今日は侍女に決まった挨拶に来たんですよね。妹のカーラからも聞いています。どうぞよろしく」

知らなかった血縁関係に驚くエレノアだったが、言われてみればどこに潜んでいても不思議ではない気がしてくる。なにせ、キャンベル家の人間というのだから。

そこで気を取り直して挨拶をする。

「春からお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」

「なぜ俺にはその言葉がないんだ」

言わせなかったのは貴方だと言いたかったが、エレノアは一応先程の不敬を気にしていたので違うことを口にする。

「・・・春からお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」

ファレルはふに落ちない顔をしたものの、まあいいと流した。

「説明を省いて悪かった。警備上、アイリーンの側にいる侍女に魔道具を持たせたい。作るのにお前の魔力を覚える必要があるから、手を出せ」

最初からそう言って欲しかったと思いながら、エレノアは今度こそ素直にはいと頷いた。

差し出されたファレルの手に、そっと指先をのせる。

触れるのが怖いような綺麗な人間の、指の長い手だ。

こわごわ伸ばしたエレノアの手を、ファレルはためらいなく握りこんで緑の目を閉じた。長いまつげがかすかに震え、集中しているのか眉が少し寄る。

それをぼんやり眺めていると、クリスが話しかけてきた。

「すみませんね、この人。触れないと魔道具が作れないっていうのは本当らしいんですよ」

「いえ、大丈夫です」

「全く、普段変態じみたことを言っているから、たまに真面目な用事のときでも避けられるんですよね」

「ええ、いえ、なんと申し上げて良いのか・・・」

「おい、クリス。お前言いたい放題だな」

目を開けたファレルが軽く睨むが、侍従はどこ吹く風だ。そんな涼しい顔がカーラと似ているかもしれない、とエレノアは考えた。

「殿下の行動を解説してさし上げていただけですよ。・・・ところで、終わったんですよね?」

「ああ」

俺は優秀だからな、というファレルをクリスは冷たい目で見る。

「終わったなら、いつまでも握っていないで放してあげて下さい」

気付いていなかったエレノアは、はっとして未だファレルの手の中にある自分の手を見る。

ファレルはにやりと笑うとその指先に口づけた。

「エレノアはとげがあるかと思えば無防備だな」

無理矢理エレノアが手を取り返して睨み付けると、スパンという音と共にファレルが座り込んで頭を抱えた。

「エレノア!待たせてごめんなさい!」

やや息の上がったアイリーンの姿にエレノアは驚いた。

「アイリーン様」

その後エレノアは当初の予定通りアイリーンとジゼルに挨拶をするが、そんなことよりも王女はファレルの行動を詫びるのに忙しかった。

また、今後王宮へ出入りすることになるエレノアに不安を覚えたらしく、彼女は

「あまり殿方を前に気を抜いてはいけません。殿方をじっと見てもいけません」

と教え込んだ。

エレノアは素直に忠告を受け入れようと思ったが、後半の意味が分からなかったため、

「・・・では、目を、閉じればよいのでしょうか?」

と聞き返し、王女を絶句させた。

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