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エレノアの弟の夏

ハロルドは、夏の休暇を利用して魔法省を訪れていた。

表向きはホールデンの用を手伝うという名目だ。これは魔法省が、目をつけた人材を他に取られないために行っている勧誘活動の延長だ。ハロルド以外にも数人が誘われ、参加している。

領地経営を任される跡継ぎ以外の貴族の男児は、基本的に王都で就職を目指す。魔法省や騎士団など、希望の就職先から勧誘されればこうして就業体験を行うし、それ以外の者は親族の伝手を頼って何か理由をつけて職場を訪れたり偉い人物と渡りをつけたりして、どうにか顔を覚えてもらおうと躍起になる。そのため、この日も魔法省には複数の学生の姿があった。

ちなみにディランは、王子の片腕として国政を学ぶために文官を希望している。

「腐ってもデール侯爵家だからな」

とファレルは言ったが、そういう彼は

「腐っても変態でも王子だからね!」

とディランに首を絞められていた。

ハロルドはホールデンに頼まれた道具の点検をしながら、周囲に目を走らせた。こうして彼が足繁く魔法省に通っているのは、将来の就職先への心証を良くしようとか、早く馴染もうとか、そういったことのためだけではない。それならば、ホールデンの部署よりも興味のある部署が他にある。

彼の一番の目的は他にあった。

その、数日待ち続けた人物が入ってきたのを見て、ハロルドはすかさず立ち上がった。

現れたのは父ウィリアムの兄、ティボルト・シュタインだった。

彼は、現在長男に領地を任せ王都で精力的に国政参加を画策している。記憶にあるよりも白髪が増えたものの、内面の野心を表したような鋭い目つきには変わりがなかった。

「お久しぶりです、伯父上」

「・・・ハロルドか」

長らくあっていないものの名前を覚えられていたことに、ハロルドは手応えを覚える。

彼と同じ家で過ごしたのはわずかな期間だったが、その間に幼いハロルドでも理解したのは、彼が筋金入りの能力主義者だということだ。ティボルトの判断基準は、家の役に立つかどうかという一点だ。故にウィリアムは優しいだけの男として嫌われ、ハロルドは有能さを示すことが生きる道だと信じた。

ハロルドは笑顔で、伯父の好む端的な話し方で言う。

「学校では兄上方にお世話になりました。春には僕も卒業致しますので、リチャード兄上とまたご一緒させていただく予定です」

ティボルトの片眉がぴくりと上がる。

「そうか、お前は魔法省に入る予定なのか」

よそ行きの笑みを深め、ハロルドははい、と返事をした。

このシュタイン家には三人の息子がいた。長男はすでに30間近で領地経営を任されている。三男は一昨年騎士団に入り、地道に働いているようだ。残る次男のリチャードは、ディランから仕入れた情報によれば、20前に父親がなんとか魔法省にねじ込んだものの、元から努力家でもない男で未だ下っ端としてくすぶっているらしい。

そこがハロルドの狙い目だ。

ティボルトが欲しがっているのは中央とのつながりだ。今最も弱い魔法省とのつながりをもたらせるとなれば、伯父は喜んでハロルドにシュタインの姓を名乗らせるだろう。

ハロルドは、さりげない親族の会話を装ったまま本題を口にした。

「魔法使いとして独り立ちできるとなったら、ご挨拶に伺っても宜しいでしょうか?」

伯父は満足げに顎ひげを撫で、こう言った。

「構わん。お前がシュタイン家の人間として家の役に立とうというのなら、悪いようにはしない」

ハロルドの予想通りの反応だった。

内心の高揚を抑えてティボルトが立ち去るのを見送ると、ハロルドはホールデンの席へと進んだ。

「100番台までの点検が終了しました」

本当はとっくに済んでいたものを、入り口から入った人間が捕まえやすい位置だったため終わっていないふりをしていたのだが。ホールデンも薄々分かっているのだろうが、他の生徒も終わっていないので特に文句も言わない。

「なんだか企んでるみたいだねえ?」

半眼で言われても、ハロルドは全く気にしなかった。すでにホールデンの揺動がハロルドを動じさせることはない。

「必要な手順を踏んでいるだけです」

そう笑えば、本気の君は怖いねえ、と大げさに首をすくめる。

「僕のお仕事としては必要だったけど、他の方々にとっては厄介なものを起こしちゃった気がするなあ」

確かに、ハロルドが動くことでこれから忌々しい思いをする人間は出るだろう。しかし、もともと何ももたない人間が何かを得ようというのだから、敵を作らずに事が運ぶわけがない。

必要な手順だ。元より勝ち目の少ない戦いだ、密かに、慎重に、進めなければならない。そしてそれが正しい手順でなければ、生真面目な彼女を手に入れることはできないだろう。

ハロルドはそう思うから、淡々と布石を打っていく。



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