エレノアと15の春
春、この年の建国祭も、昨年と同じくらい新鮮なものになった。
一日目の祭事には、シンシアと二人、馬車で行くことになった。
ハロルドが初日からバイトで家を空けることになると、エレノアは迷わずそう決めた。シンシアにとっては、王都で迎える初めての建国祭だ。コールもそれなら午後から会えばいいと言ってくれた。
「本当にいいのですか、お姉様」
「大丈夫よ。コールとは午後にピクニックに行くから」
シンシアはまだ心配げにしながらも、青い瞳を嬉しそうに細めてエレノアに抱きついた。
ハロルドは建国祭の初日に初めて花をくれた。
「これ」
と例の如く言葉少なに、押しつけるように渡されたそれは一輪の紫の薔薇だった。
エレノアはその大輪の薔薇に、しばらく見入ってしまった。王都の屋敷には春咲きの薔薇が少なく紫の花は咲いていないことを、エレノアは知っていたのだ。
そんなひいき目を差し引いても見事な花で、
「髪につけるには大きいし、もったいないですね」
とアンが部屋の花瓶の差すほどだった。
そのため今年もエレノアの髪には、ウィリアムから贈られた可愛らしいスミレが飾られた。シンシアの髪にもウィリアムの贈ったピンクの小花が編み込まれている。姉妹は二人で顔を見合わせて笑い合い、薔薇のかぐわしい香りに送られて馬車に乗り込む。
馬車から見る祭事はあまりに遠く、遮るものが多いため目で楽しめたとは言えない。特に昨年コールと観覧席からの祭事を経験しているエレノアはそう思った。それでも、聞こえてくる王の朗々たる宣誓や祭りの空気を楽しむことはできたし、何より頬を紅潮させて小窓に張り付いているシンシアの喜び具合を見れたので、大満足だった。
読書のせいか視力が少し落ちたエレノアよりはシンシアの方が遠くまで見通すことができた。王女様がレモン色のドレスを着ていただとか、王子様らしき人がマントを脱ぎ遅れただとか、一生懸命解説してくれる妹を眺めて、エレノアは至福の時間を過ごした。
午後はコールと共に昨年も訪れた丘に行った。
エレノアがお詫びもかねて持っていった昼食を食べながら話をする。
コールは朝、親戚に同行を頼まれて観覧席から祭事を見たといい、その様子を詳しく話してくれた。
特にアイリーンの様子に関しては「王女の様子を一番知りたがると思ってね」と詳しく教えてくれたので、エレノアは感動した。
「最近はやっていた腰にボリュームのあるスカートじゃなく、腰上からスカート部分を長くとるようなスタイルだったよ」
コールがそんなことまで教えてくれたのには、目を丸くして驚いた。
確かに王女の服装は流行の最先端となるため、若い女性ならば形から色から細部にわたって知りたい情報だ。しかし男性には見ても分からない部分が多いだろうと思ったのだ。
「驚きましたわ。コール様は服飾に詳しいのですね」
すると彼がすぐに、
「実は一緒に行った親戚の受け売りなんだ」
と白状したので、二人で笑ってしまった。
2日目にはカーラと、王立図書館から魔法使いによるショーを見た。
これは昨年通りだが、この日はエレノアにとって忘れがたい一日となった。
まず、今年はウィリアムに泣かれないよう、そして止められないよう、きちんと侍女見習いという名目を手に入れた。
そのため早朝から王宮で支度をし、来賓のアイリーン王女とその正式な侍女と行動を共にした。
控え室から観覧する際にも王女の上着の手入れや休憩の準備など、カーラに教わりながらエレノアも少しずつ手伝った。
もちろんそのカーラも、ホールデンの出番にはしっかりと窓辺に陣取って黄色い声を上げたことは言うまでもない。そしてエレノアも、貴賓席のアイリーンの姿と魔法の大技の両方を十二分に堪能したし、途中こちらを見上げたバイト中のハロルドに手を振ったりもした。
それでもショーが終わる少し前に、さっと表情を切り替えるカーラに倣い、エレノアも王女を迎える準備をする。
出迎えのため、二人は終了前に部屋の外に出た。
先に廊下に出たエレノアは、警備の人間に挨拶をした。そして人の気配に気付いて階段に目を向けた。
上ってきたのは、一人の老人だった。
その顔を見て、エレノアははっとする。入学式で会ったあの来賓の老人だったのだ。
老人もエレノアに気付いたらしく、その紫の目でエレノアを睨み付けたので、エレノアは自分の無作法を思い出して赤面した。
扉が閉まる音がして、彼が部屋へと入ったのが分かった。
赤い顔を伏せるエレノアに、いつの間にか隣にいたカーラがそっと呟いた。
「イングラム氏ね。・・・確か、貴方のお爺さまよね」
胸のざわめきを抑えつけて勤めを終えると、エレノアはカーラに誘われてキャンベル家へ寄った。
自室に入ると、カーラはすぐに聞いた。
「お家の方は、仰らなかったのね」
「ええ」
頷いて考え込んだエレノアに、カーラは表情を改めた。
「それなら、私が教えるわ。この先また会うこともあるでしょうし。デビューを終えた以上、貴族社会のつながりを知らないでいるのは不利だもの」
現イングラム伯爵は、広い領地をもつ伯爵であり、なおかつ魔法省の重鎮でもある。
伯爵家という身分にあぐらをかかずに研鑽を積んだ、自分にも他人にも厳しい人物として有名だ。身分も実力も申し分ない人物だというのにあまりの厳しさに、派閥すら存在しない。
彼のもう一つ有名な話といえば、やはり息子の件である。イングラム家には遅くにできた息子が一人いたが、その息子は社交界にデビューしてまもなくセリーナ・ガーラントと恋に落ちた。そして親の許しも得ずにガーラント子爵家に婿に入ってしまい、勘当されている。
結局その息子も結婚後数年で死んでしまい、現在、イングラム家に正式な跡取りはいない。噂では、遠縁の子どもが養子になる予定だという。
これが、カーラが話したイングラム伯爵の話だ。
「そう。それで私、お祖父様に会ったこともなかったのね」
エレノアは、自分の口から出た『お祖父様』という響きに不思議な感慨を覚える。
それだけガーラント家では聞き慣れない、使い慣れない言葉だった。実際、自分に血のつながった祖父がいるという実感はエレノアにはまだ沸かない。
ただ、自分を睨むように見ていた紫の目が、自分と、顔も思い出せない実の父と、祖父とのつながりを思わせる唯一の手がかりだった。
「イングラム伯爵は、私たちを今も憎んでいらっしゃるのかしら」
その目の鋭さを思い出してエレノアは呟いた。
「そう感じたの?」
カーラの問いかけに、エレノアは頷く。
「実は入学式のとき、私がエレノア・ガーラントだと分かったら、凄い目をなさったの。今日も睨んでいらしたわ」
そう、とカーラは呟いて頬に手を当てた。
「貴方の実のお父様のことは、聞いているかしら?」
首を横に振るエレノアにカーラは話し出す。
「本当はお母様から聞くべきかもしれないけれど、新しい家族の手前もあるものね。私が知っているのは、貴方のお父様が優秀な方だったらしいということ。後ろ盾もない貴方のお母様と二人で、寂れてしまったガーラント領を今のように落ち着かせたのですもの」
そういえば、数少ない特産品であるガーラントの地鶏も、ここ10数年程の間に都まで名が知れるようになったものだ。エレノアが物心ついたころ、ガーラント領はすでに落ち着いたまずまず豊かな土地だったが、考えてみれば母方の祖父母も早くに亡くなっているのだ。屋敷にいる使用人も、エレノアが生まれた頃から勤め始めた者が多いことも考えてみれば、それまでの暮らしがおしはかれる。
「それだけ有能な方だったのに、急に亡くなったらしいの。それも、事故と伝えられているけれどよく分からないのよ」
つまりイングラム伯爵からすれば、ガーラント家は、優秀な息子を奪った上に不慮の死を遂げさせた相手となる。憎んでも余りあるわけだ。
黙り込んでしまったエレノアを気遣うように、カーラはこう締めくくった。
「まあ、本心は当人にしか分からないけれど。貴族社会の力関係で見ればね、伯爵はガーラント家に圧力をかけて潰すこともできたはずで、勘当ですんでいるのは温情ともとれるわ。・・・ただ、今後顔を合わせたときに、どういう動きがあるかは注意が必要ね」
エレノアにとって忘れがたい一日は、こうして幕を閉じた。
しかし閉じた幕の裏では何かがうごめく気配があった。
この夜エレノアは、ベッドに入ってもなかなか眠りにつくことができなかった。
次話はシリアスにならない予定です。




