エレノアの侍女見習い2
冬中祭の前、村々は忙しい。どの家も一年分の大掃除を行い、商家であれば集金に追われる。そうした事情を考慮し、王女達が訪問するのは冬中祭の空けたあとなのだという。
そのため到着の翌日から、アイリーンはほとんどの時間を離宮の私室で過ごし、またファレルもそこに入り浸った。彼の侍従は他に仕事があるらしくいなかったので、もう一人の侍女ジゼルと合わせて4人、のんびりと時間を過ごした。
あまりに当然のように二人が一緒にいるので、エレノアは世の中の兄妹とはこういうものなのだろうか、と思うほどだった。
「まあ、私たちは双子だというのもあるし」
「万一アイリーンがいなくなると、俺も兄上も困ったことになるからな」
それは一国の王女がいなくなるなど一大事だ。つまり王子は護衛のつもりで妹姫の側にいるのか、とエレノアも納得する。そんなエレノアにアイリーンはふふふと笑い、話題を変えた。
「そういえば、エレノアのご兄弟はお元気?」
「はい。妹は来年の春入学するので、そのための準備をしているそうです」
「あら、それでは私の後輩になるのね」
「ふつつかな妹ですけれど、よろしく御願いいたします」
ふつつかなと言いつつもエレノアの胸はシンシアを慈しむ気持ちでいっぱいで、それは見ている者にも伝わるほどだった。
ファレルまでが興味をもって口を挟む。
「エレノア・ガーラントの妹で、ハロルドの妹か。面白そうだな」
「・・・ファレル殿下によろしくしていただく機会は残念ながらないかと存じますわ」
「つれないな。土色か水色か、どちらだろうな」
「シンシアはまだ魔法が使えませんわ」
「使えなくても見れば分かる」
「シンシアはまだ7つです」
この変態を近づけてなるものかとエレノアは、ここにはいないシンシアを庇うようにファレルの前に立ちはだかる。
ファレルはそんなエレノアを面白そうに眺めると、
「じゃあ、もう14のエレノアをじっくりと見るか」
と人の悪い笑みを浮かべた。
「ファレル!」
この日一番の打撃に、アイリーンお気に入りのスリッパは絶命した。
明くる日は冬中祭の当日だが、南の離宮はまだ晴れていた。
「ガーラント領にはもう雪が積もっているかしら?」
アイリーンが朝食後のお茶を飲みながらそう言ったので、エレノアは故郷の冬を思い出した。
「あちらも、国内では南の方ですからあまり雪は多くないのです。ただ、冬中祭の前には必ず森の方から白く染まってまいりますから、今朝は全てが真っ白に雪を被っていると思いますわ」
「そうなの。一度見てみたいわね」
「何もないところですわ」
ガーラント領には大きな山がない。全体が海からなだらかに隆起した広い斜面のようになっており、その4分の1が森に覆われている。エレノアの育った領主の館は、その森を背後に背負い、領地全土を見下ろすように立っていた。
エレノアの原風景はそこから見る黄金の麦の穂と、その中に固まって立つ家々だ。
「いいわね。私は王都やこの離宮のような、大きな街道沿いにしか行ったことがないのよ」
「王都は、今頃雪の中でしょうね」
「そうね。従兄弟が、家の人間に雪の始末をさせられて嘆いていると思うわ」
「アイリーン様のご親戚がですか?」
「ええ。火の魔法が得意なものだから。エレノアも会ったことがあるでしょう?ディランよ」
エレノアは、立派な紳士でありながら非常に気さくな印象のディランを思い出して頷いた。たしかに彼ならば、「酷いなあ」などと言いながらも、雪かきでもスマートに終わらせてくれそうだ。
「魔法で雪を溶かすなんて、面白い発想ですわね」
「子どもの頃、早く春になればいいのにと言って溶かしたのよ。それ以来デール家では、雪が降るとお前が何とかしろと言われているらしいわ」
貴族の子弟が使用人に混ざって庭の雪をいじっている姿は奇妙なはずだが、不思議とエレノアはそんなディランの姿を想像しても違和感を感じなかった。
その夜の夕食は、ささやかなお祝いの料理が並んだ。
冬中祭には、他の祭りのように飲めや歌えとご馳走を食べることはしない。
カボチャのパイを家族で分け合い、あとは質素に過ごすのがよいとされる。そのため簡単な食事の準備がすむと、王女は離宮の使用人を「今夜はもう大丈夫だから」「あなたたちも今日くらい早く夕食をとりなさいな」などと言葉巧みに下がらせた。
そうして何を言うかと思えば、
「二人で食べるのは味気ないわ」
と言い出した。
一度お茶会に招かれたことがあったとはいえ、お仕着せを着ている今王女や王子の食事に同席することにエレノアはかなり抵抗があった。
しかしアイリーンに繰り返しお願いだと言われ、結局エレノアは諦め顔のクリスとジゼルと共に、おっかなびっくり席に着いて相伴に預かることになった。
「アイリーンは我が儘だ」
ファレルが言ったが、さすがに食卓でスリッパは飛んでいかない。
「貴方の我が儘に比べたら、王女の我が儘など可愛いものです」
ため息混じりに言ったのはクリスで、彼は到着以来、王子の視察の代わりにいろいろな場所に入り込んで内情を調べているらしい。
「お前が行った方が分かることが多い」
「それを言うなら、王子が正面から視察なさっている影で調べた方が動きやすいのですが」
「このパイは、いい出来だ」
ためらいなく側近の苦言を聞き流し、王子はパイを囓る。ちなみに彼のフォークとナイフは未使用だ。
「カーラに聞いたのだけれど、隣国ではこのパイの中に宝物を隠しておいて、当たった人がその年何でも願いを命令できるのですって」
「翌年ではなくてですか?」
侍女ジゼルが不思議そうに尋ねると、アイリーンはこくりと頷く。
「ええ。だから実質は数時間ね。でも、面白いと思わない?皆なら何を願うかしら」
顔を見合わせたものの中、クリスが口火を切る。
「私はファレル殿下に『来年一年間何があっても大人しくしている』と誓約書を書いていただきます」
「おい、ずるいな。それなら俺はクリスに『来年一年間ファレル殿下の足を踏みません』と誓約書を書かせる」
仲の良い主従が二人で騒ぎ出したところで、ジゼルが言った。
「私は、おいしい果実水を開けていただきます」
彼女の望みは簡単なものだったので、アイリーンが朗らかに笑ってそのまま許可した。
「エレノアは?」
エレノアは真剣に考えたが、思い浮かばず首を振った。
「私は、こうしてアイリーン様とご一緒させていただいている今がすでに幸せです」
欲がないわね、と笑ったアイリーンに、エレノアは尋ね返す。
「アイリーン様なら何をお願いなさるのですか?」
アイリーンはエレノアの瞳を見つめ、言い聞かせるように優しくゆっくりと話した。
「私のお願いはね、とっても欲深いものなの。命令になんてしたくないから、パイの宝物が当たっても言えないわ」
不思議に思うエレノアだったが、ファレルが
「やっぱりアイリーンは我が儘じゃないか」
と混ぜっ返したので、聞き返すことはできなかった。




