エレノアと秋の豊饒祭
豊饒祭は収穫を祝う祭りだ。
庶民も貴族も、その年の実りに感謝し、ごちそうを食べて祝う。
領地を持つ貴族は、一年頑張った領民を祭りで労う。
ガーラント子爵領でも、毎年各街々で大がかりな祭りを催していた。
ただし、これは地方での話であり、田畑の乏しい都の豊饒祭はというと少し違っていた。
地方から届いた酒や農作物といった特産品が市をなし、その市を目当てに人が集まる。
王都で暮らす貴族は、親しい人々を集めてそうした珍しい品や領地の特産品でもてなす。基本的に高位の家が招待する側となるが、招待を受けた側は事前に出身地の特産物を送るのがこの祭独特の習わしだ。ちなみにガーラント家の場合は、ガーラント印の刻印が入った地鶏を送る。
この祭りは三日間続く。
祭りの前日と1日目、エレノアは他の特別補講生と共に王宮の晩餐会の準備に駆り出された。
王宮のお仕着せを借りた少女達は、年配の侍女の指示のもと廊下の清掃に勤しんだ。
日頃この役目に就いている者たちが晩餐会の会場作りに行っているため、手の足りない穴を埋める形だ。
彼女らはホールデンの補講授業で使った教室を毎回掃除することになっているので、今さら雑巾ごときに戸惑うこともない。さらに今年はエレノアが盛大に泥団子をまき散らしていたため、少女等の掃除技術は必要以上に上がっており、手伝いは滞りなく済んだ。
ただしエレノアは終了後に、カーラに問いただした。
「この前の紺色の服、このお仕着せに似ている気がするのだけど・・・というか違いが分からないのだけど、気のせいよね?」
カーラに笑って「知りたい?」と返され、エレノアはふるふると首を横に振ったのだった。
2日目からは、社交界デビューを果たしたエレノアとハロルドもガーラント家の人間としていくつかの招待を受けることになった。
エレノアは婚約者としてマクレーン家の招待を受けていた。
ハロルドもディラン・デールの招待を受けている。
女主人不在のガーラント家では、子爵家という招かれる側でも許される立ち位置をいいことに、今年も客を招くことはない。そしてそのことを指摘する者はなかった。エレノアが領地へ向けて出す手紙は、ここ数か月シンシア宛のものだけになっていた。
「ようこそ、エレノア」
コールににこやかに迎えられ、エレノアは優雅に微笑んだ。
今日の客は、マクレーン家が日頃から親しくしている親戚筋の人々と、エレノアだけだという。すでに顔を合わせたことのある人ばかりだったので、エレノアもさほど緊張せずにすんだ。
コールの両親、マクレーン子爵とその奥方も、いつも通りの気取らぬ様子でエレノアを歓迎してくれた。
マクレーン氏は息子に似ず豪快な紳士で、大きな声でよく笑う。夫人の方はそんな夫の影に隠れてしまうような、穏やかで静かな人だ。
「エレノアさんは、得意の魔法でアイリーン王女を刺客からお守りしたとか」
「まあ、お恥ずかしい話ですわ・・・本当に偶然居合わせたというだけですのに」
「いやあ、謙遜せずともよいことです。実に素晴らしい」
赤い丸顔に満面の笑みを浮かべ、マクレーン氏はエレノアを褒め称える。
エレノアはこの、コールに似たところのない父親が苦手ではなかった。それは、彼との会話が楽だからだ。マクレーン氏がエレノアにする話は大抵がアイリーン王女や学校に関することで、それもほとんど彼が話しているのに相づちをうてばよいからだ。
むしろ、息子によく似た優しげな夫人と話す方が緊張する。
夫人はいつも静かに微笑んでいるものの、あまり自分から会話を弾ませる人ではなく、何を話せばよいのか社交下手なエレノアには分からないのだ。
「父さん、その辺にしましょう」
コールが饒舌な父をなだめ、エレノアに笑いかける。
「さあ、豊饒祭なのだからご馳走も食べなくては」
「うむ、そうだな。そうそう、これはお宅の特産だとか。いやあ、実にうまい!」
マクレーン氏が機嫌良く他の客との話に移ったところで、エレノアもようやく一口ご馳走を口に運んだ。
たっぷりとクリームを使った濃厚な味の料理は、エレノアにとって新鮮だった。
「おいしい?」
肯定すれば、コールは嬉しそうによかった、と言う。
「それは、うちの領地の伝統料理なんだ。しつこいという人も居るけれど、僕にとっては懐かしい味なんだよ」
「濃厚で、とてもおいしいですわ」
「エレノアの地元の料理は、あっさりした味が多いよね」
「はい。ガーラント領は酪農があまり盛んではないので、こんな風に乳製品を贅沢に使った料理は少ないのです」
答えながら、エレノアはコールが自分の地元のことまで知っていてくれることを嬉しく思った。
「その代わりガーラント領は海産物も届くし農業にも適しているから、食材の種類が豊富でしょう」
「これといった名産が無いだけですわ」
自分の育った場所をコールに誉められて嬉しかったが、エレノアは淑女の鉄則として謙遜した。
そこへ隣から声がかけられた。
「エレノアさんから頂いたこの鳥、とてもおいしいですわ。どうもありがとう」
マクレーン夫人だった。
「こちらの料理人さんのおかげですわ。でも、気に入って頂けたなら嬉しいです。その鳥は昔から領地で育てている鳥ですの」
「気候がよろしいから、いい鳥が育つのでしょうね。少し前からガーラント領の地鶏は都でも人気ですわね」
珍しく話しかけてきたマクレーン夫人に、エレノアはどきどきしながら答える。
「そういえば、お母様はお元気かしら」
「・・・ええ、少し体調が優れず領地におりますが、よくなってきました」
「まあ・・・心配ですこと。でも、あちらの気候なら身体にはよいでしょうしね」
「ご心配ありがとうございます」
それから二人の間にしばし沈黙があった。
「・・・この間」
はい、と答えたエレノアの声はひっくり返る寸前だったが、夫人は気にした様子もなかった。
「デビューの夜、いろいろ言われたようでしたわね」
「ええ・・・」
話の先が読めず、エレノアの緊張が募る。あの夜の発端には、マクレーン氏も触れなかった。学校の友人達も、その後のファレル殿下とのダンスやドレスのことしか聞かなかった。マクレーン夫人がそこに触れて、何を言おうとしているのかと、エレノアは身構えた。
「あのね、あなたのお母様のことはわたくしも存じ上げていますの。わたくし、丁度セリーナ様と同じころにデビューしましたから」
夫人は穏やかな笑みのまま、エレノアを見つめる。
「だから分かりますのよ、あの方がいろいろと言われる理由も」
エレノアの心臓は止まる寸前だった。奇しくも、あの夜口さがなく噂をしていたご婦人たちもマクレーン夫人と同年代だった。扇の影で交わされていた意地の悪い会話が、エレノアの脳裏に蘇る。
夫人の薄い唇が動く。
「美しかった上、恋愛結婚だったからです」
エレノアははしたなく口を開いてしまった。
「セリーナ様は当時大層人気のあった貴方の実のお父様と、恋をして結婚なさったのです。貴族の結婚は、大抵家どうしの決め事でしょう?昔は今よりもっとその風潮が強かったのです。ですから、噂になったのですわ。お父様のご実家が二人を許さず、勘当したこともあって」
マクレーン夫人の言葉は、エレノアの知らない母の過去を説明してくれているようだった。母に聞くこともできず、埋められずにいた過去の事情を。
「わたくし、セリーナ様のように美しくも賢くもありませんけれど、夫とは恋愛結婚をいたしましたの。ですから、風当たりの強さは存じております」
「お気遣い頂いて、ありがとうございます」
ようやく気持ちを立て直して礼を言ったエレノアに、夫人は薄藍の瞳を細め、にっこりと笑った。
「貴方とコールは家どうしが決めた婚約者ですけれど、愛情が育ってくれることを願っていますわ」
エレノアはそれから夫人に勧められて、チーズの掛かった薄いパンを食べた。塩気の効いたそれは素朴な味わいで、大層おいしかった。




