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エレノアの弟2

エレノアに対する複雑な感情は、その辺りだ。自分が彼女にある種のこだわりを持っていることは、ホールデンに言われるまでもなく知っている。それは、幼い嫉妬に始まり、苛立ちや興味を混ぜ込んで現在に至る。

ただ、それがどう魔力に関係するのだとハロルドは思う。

魔法には集中力とイメージが重要だ。だから、ああしてホールデンにからかわれるたびに集中が乱れるのは確かに困りもので、課題ではある。しかし使える魔力量の話とは関係がないだろう。

「珍しく表情が崩れているな」

「ファレル」

そういえば、とハロルドは思い出し、小声で尋ねた。

「お前、俺の魔力も見えるんだよな」

ファレルの変わった体質を知る者は限られているので、彼も声をひそめて答えた。

「ああ、お前の腹は真っ黒だ」

「・・・青じゃなくて?」

ファレルは頷くとがらりと話題を変えた。

「そうそう、ハロルド。お前が読みたがっていた異国の本だが、王立図書館に入ったらしい」

すぐそばを、少年達が通り過ぎる。あまり仲の良くない相手だったので、聞かれたくなかったのだなとハロルドも話を合わせた。

「本当か。行ってみるよ」

ファレルはひらひらと手を振って去っていった。すでに授業時間は終了し、屋上に残っているのは自主的に練習したい人間だけとなっていた。

それを見送りながら、ハロルドは考える。やはり自分の中には、得意の水に親和性の高い魔力の他にも何かがあるらしいと。そしてそれを使えていないことは少なくとも確かなようだと。



読みたいと思っていた本は、奇しくも魔力の親和性に関するものだった。

翌日の放課後、自分も用事があるというディランの馬車に同乗させてもらって、ハロルドは図書館へ向かった。

焦げ茶の革表紙の分厚い本を借りると、ハロルドはそのまま人の少ない閲覧室で読み始めた。

自分の専門である水の項目を読み終わると、彼はぱらぱらとページをめくった。

基本の要素が、水、火、緑、土、風と分かれて項立てられている。この中に、黒を連想させるものはないなとハロルドはため息をついた。

ふと、土の字が目に入り、そこで彼の指が止まった。そういえばエレノアが王女を守ったのは土の魔法だった、と思考が滑る。

彼女は危険から身を守るためにと修行をしていたはずが、なぜか王女を守るという最も危険な目的のために修行を再開している。

本当のところハロルドは反対だった。青い顔で横たわっていたエレノアの記憶が、反射的に彼女の更なる危険を拒否する。しかし結局、自分を真っ直ぐ見つめて訴える彼女に何も言えなくなってしまった。今も気持ちの上では反対したいのだが、彼女が本気でしようとしていることを止めることができないでいる。

「さっきからずっと同じところを読んでる」

ディランに指を差され、ハロルドはようやく本を開いていたことを思い出す。

いつの間にかディランが向かいに座って本を開いていた。

「何かあったのか?」

ハロルドは話すべきかしばし迷ったが、結局ホールデンに言われたことをこの悪友に話すことを決めた。

「・・・それで、魔力が全部使えないのは、俺が無意識に制限しているせいらしい。そしてそれには、その、・・・エレノアが関係していると言われた」

私語厳禁の閲覧室だが、小声になるのはそのせいばかりではなかった。件の彼女の名を口に出そうとすると、ハロルドの心臓はやけに苦しくなり、絞り出すような声になる。

「で、それで何を考えているの?」

「どう関係しているのか分からない」

ため息をつくハロルドに、ディランは何を今さらといいたげな顔をした。

「自分で制限してることって、お前が彼女のことを好きって辺りじゃないの」

「は?・・・それは一応家族だから」

馬鹿だな、とディランはあきれ顔をした。

「家族が婚約者と出かけてイライラするか?他の男と踊って気になるか?第一、お前彼女のこと『姉』だと思っているわけ?」

ディランの言葉にハロルドは応えられなかった。

そんなハロルドに、今度はディランがため息をついて言った。

「まあ、お前の立場を考えたら、簡単に認められないのも分かるけどな」

ディランはハロルドがガーラント家に連れ子として入ったことを知っている。そして、エレノアに婚約者がいることも。

「でも、方法はいろいろあるわけで。本気なら俺は協力してもいいと思ってるよ」

お前次第だ、とディランはハロルドをほおづえをついて笑った。

「・・・俺は」

「本気じゃないなら、さっさと諦めろよ?傷が浅いうちに」

諦めるも何も、と言おうとして、結局口は閉じてしまう。

ハロルドは、本の表紙を撫でた。

自分が、エレノアを、と胸の中で呟く。

エレノアを好きならば。

エレノアを好きと認めるならば。

エレノアがハロルドの中で大きな位置を占めていると、本気で認めるならば。

ハロルドは目を閉じ、ファレルの視線が向いていた辺りに手を置いた。

身体の中で渦巻く力は混濁している。それは、本当は二つに分かれていた。

さらさらとして水に馴染む、恐らく青いだろう魔力と、それとは別の濃いざらざらした魔力。それがきっと茶色をしているのだと、今ハロルドには分かった。

エレノアと同じ土の力は、彼女の心を傷つけたりしないのだろうか。

この力を出したとき、またエレノアが自分に背を向けて去っていったりはしないだろうか。

最近のエレノアは、以前よりハロルドに余所余所しくない。しかしその原因は自分の努力ではなく、彼女の成長だ。ハロルドはまだ何も、彼女に認めてもらえることをできていない。そんな状況でこの力を出すことを思うと、ハロルドの心は震え縮こまる。

臆病なのは自分じゃないか、とハロルドはため息をついた。

彼女への思いを認められないのは、家を混乱させて迷惑がられるのが怖いから。特別に思った相手に、拒絶され傷付くのが怖いから。

彼女と同じ魔力を認められないのは、彼女に嫌われたくないから。自分に負けたと、また悲しい顔をされたくないから。

怖い、認めたくない、と臆病な心が叫ぶ。

しかし、この力を認められていない時点で、すでに答えは明白だった。ハロルド・ガーラントは、エレノア・ガーラントに嫌われたくない。ハロルドは、エレノアが好きなのだ。


「・・・色が変わった」

翌日会ったファレルに驚かれ、ハロルドは苦笑した。そしてその穏やかな表情に、ディランがおやと片眉を上げた。



「おー、出てるでてる、ほとばしる青春の力って感じだよ。いやあ、若いっていいねえ」

「戯れ言はいいので、先生、早く指導をお願いします」

つれないなあ、とにやつきながらも、ホールデンの視線は鋭い。

「うん、威力を増すには十分すぎる・・・ただ、もともと水に馴染む魔力じゃないみたいだね。君の得意な水分野だと、繊細な技の主体にはできないか」

「多分土に親和性が高いと思います」

「土?・・・・ああ、なるほど。それでねえ」

ホールデンが肩を慰めるようにぽんぽんと叩いたので、ハロルドはむっとする。

「もうおわかりでしょうから、無駄な会話は避けたいのですが。それで、この力をどう使っていくか相談にのっていただきたいのです」

「ようやくハロルド君も本気になったねえ。よろしい、そういうのは面倒だけど好きなんだ」

それから二人は頭を付き合わせてああでもないこうでもないと日が暮れるまで話し合った。


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