エレノアの品種改良2
「せ・先生・・・もう・・・だめです・・・」
エレノアは大きな球体の前でがくりと膝をつく。
「まだまだぁ。ここからだよー、エレノアちゃん」
「お・・・鬼・・・」
「え?あと30球追加したいって?」
甘い声でそう言ってホールデンがとばしたウィンクに、エレノアはとどめを刺された。
エレノアはぶすぶすとフォークでケーキを突き刺す。
「エレノア様、ケーキがかわいそうです」
アンが呆れた声を上げる。
「このケーキが土に見えて仕方がないのよ」
「大好きでいらっしゃったじゃないですか」
「だって・・・」
確かにチョコレートは大好きだ。そのなかでも、チョコレート色のココアスポンジにナッツやチョコクリームがかけられたこのチョコレートケーキは、最高に好きだ。じっとりとケーキから室内へと目を移したエレノアは、ぼそりと言った。
「・・・この部屋の壁、砂色なのね・・・」
「やめてくださいよ!これはクリーム色です!」
アンがエレノアの視線から壁を庇うように立ちはだかる。
「まったく・・・これ以上模様替えはできませんからね」
すでに談話室のクッションがいくつか、エレノアの餌食になっているからだろう、アンはそう言って壁を撫でた。
エレノアは現在、スランプに陥っていた。
ホールデン監督のもと行われる『亀』改良は、彼の宣言通り甘くなかった。
砂を延々と小さな穴から送り込み続ける修行がおわると、次は大小様々な大きさの泥団子を作らされた。勿論魔法でやるのだが、その作業の地味なことと言ったらない。さらには地味な割に、指一本の幅を単位に何度もやり直しをするので、大変難しい。
しまいに泥団子は制御不能に陥ってしまい、スランプに悩むエレノアはただ今茶色の物を目の敵にしている。
「やっぱりこれって、あのとき食べた亀の呪いなのかしら・・・」
「まさか。それなら私たちは今頃皆豚や牛に踏みつけられて生きていませんよ」
アンは現実的な人間らしくそういった。
「少し、息抜きをなさってはいかがですか?」
「息抜きねえ・・・」
いつもは大好きなチョコレートを食べると元気が出るエレノアだ。これといって思いつかない。
「コール様とお出かけなさるとか」
婚約者の顔を思い浮かべ、エレノアは首を振った。コールには、情けない姿を見せたくない。それに、自分から誘ってはしたないと思われるのではないかと思ったのだ。
「でしたら、他のお友達と遊ばれては?」
こうしてエレノアは、カーラと遊ぶことになった。
友達といわれて最初に浮かぶのはカーラとアイリーンだが、アイリーンは王女なので、おいそれと遊びに誘うことはできない。ついでにいうならば、未だ亀の呪い説を捨てきれないエレノアが、カーラを付き合わせることにあまり遠慮を感じなかったこともある。
「よくきてくれたわね、いらっしゃいカーラ」
玄関ホールで少女等がのんびり話していると、そこにハロルドが帰ってきた。
「ハロルド。お帰りなさい」
「ただいま戻りました。お客様ですか。・・・ああ、エレノアの見舞いに来てくださったカーラ様ですね。あのときはおもてなしもできず、申し訳ありませんでした。今日はゆっくりしていってください」
きらきらしい好青年ぶりを発揮してハロルドは言った。その言葉遣いと笑顔に、エレノアはいつもながら肩をすくめたくなる。
彼が完璧な猫を被ったまま立ち去ると、カーラが呟いた。
「エレノアとハロルド様、似ているのね」
エレノアは心底驚いた。
「初めて言われたわ。私たち、血はつながっていないのよ」
「顔かたちは全く似ていないけど。他人に礼儀正しく振る舞おうとするところとか、努力家なところとか」
礼儀正しいはともかく、ハロルドと努力という言葉が結びつかず、エレノアは首を傾げた。彼女の中のハロルドは、いつも涼しい顔をして何でもやってしまう少年だ。
「あの本、王立学校で習う魔法の本じゃないもの」
何冊ももっていた本を指しているのだろう。エレノアは、分厚い本だと思うだけで全く気付かなかった。
「そう・・・ハロルドも努力しているのねえ」
感慨にふけっていたエレノアは、「あとはからかいがいがありそうなところとか」とカーラが付け足したことには気付かなかった。
それから二人の少女は、流行の物語を読んだりお茶を飲んだりとのんびりとした時間を過ごした。
「スランプのとき?」
エレノアの問いかけに、カーラは頬に手を当てて考える。
「そうね。私は5歳で魔法を教えられたんだけど・・・スランプも何も最初から上手くいかなかったわね。だって、火も水も土も、何も出せなかったもの」
あれは悲しかったわ、とカーラはため息をついた。
「でも、家族の伝手で魔法省に行って、そこでホールデン先生に出会ったの。ホールデン先生から、自分に何ができるのか教えて頂いて。それで立ち直って、今に至るという感じかしら。先生は、私の恩人なの」
エレノアの中ではホールデンと書いて『鬼教官』と読む。
気を抜いていたところで聞いたその名に思わず吹き出しそうになったエレノアは、カーラの顔を見て今度はひくりと頬を引きつらせた。
ホールデンの名を口にしたカーラの顔が、なぜか先ほど恋物語を読んでいたときと被って見えたのだ。
「あの・・・突然だけど・・・カーラの好みのタイプを聞いてみてもいいかしら?」
「蜂蜜色の髪の大人の男性よ」
全く恥じらいもせず答えた彼女に、エレノアの方が赤くなる。
「ついでにいうなら、魔法が得意で、人の気持ちに敏感で、少し茶目っ気がある方が良いわ」
「そ、そう・・・」
「エレノアは?」
「考えたこともないわ・・・」
「あら、コール様は好みではない?」
いたずらっぽく言ったカーラに、エレノアは今度こそ真っ赤になって慌ててカップで顔を隠した。
「そうね、コール様のような・・・青っぽい目は好きだわ。それに、ああいう金色っぽい髪も、好きよ」
お茶のカップに呟くように言ったエレノアに、カーラは声を上げて笑った。
「可愛いのね、エレノア。アイリーン様にも教えてさし上げなくっちゃ。エレノアの好みは、金髪碧眼、と」
「なぜアイリーン様に?」
当たり前のように王女に自分の情報が伝わっていく様子に、エレノアは首を傾げた。
「だって、アイリーン様も知りたがっていたもの。でもあんまり人のいる場所で聞くと、初心なエレノアが茹だってしまうでしょう」
初心だと断定されたエレノアはそんなことはないと否定したが、その顔は茹で上がった蛸のように真っ赤で、かえってカーラの言葉を肯定する形になった。
そんなことを話して大騒ぎをしたせいか、エレノアはその夜、出されたミートローフの色に文句を言うことなく食べきった。
清々しい顔でフォークを置いた彼女にガーラント家一同がこっそり胸をなで下ろしたことに、本人は全く気付いていなかった。




