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エレノアの観劇

「おやエレノア嬢」

劇場前で偶然出会ったディランに声をかけられ、エレノアはまあと声をあげた。

「ごきげんよう、ディラン様」

「デート?俺とはしてくれないのに」

大げさに嘆かれても、笑って流すだけエレノアには余裕がある。なんといっても、ずっと会いたかった婚約者と一緒なのだから。

「デートだなんて、少しお芝居を見に来ただけですわ」

「その『少し』で、誰かさんがイライラして大変だよ。帰りに土産でも買ってやってよ」

「あら・・・ご忠告ありがたく伺っておきますわね」


春の終わり、待ちに待ったエレノアの婚約者コールが、ようやく王都へやってくることとなった。

早速デートに誘ってくれたコールに、エレノアはもちろん喜んで応じた。

コールのクリーム色がかった優しい髪は風に遊び、華やいだ社交シーズンの先触れのように見えた。

エレノアの方も若緑色の装いである。

迎えの馬車に乗り、王都で人気の劇場で芝居を見る。コールは少女の好みそうな恋愛物を選んでくれており、エレノアはハンカチを握って芝居に見入った。

芝居の後は優しい婚約者にエスコートされ、ランチを頂く。

「さっきの彼は、デール侯爵家の御子息だったっけ」

コールは貴族としてきちんと挨拶を交わしていたが、個人的な関わりはないようだった。

「ええ。ディラン様は、弟と親しくしてくださっておりますの」

「ああ、それで・・・」

コールはディランの言葉を思い出したようで、苦笑した。エレノアもその内容を反芻した。思えば俺とはデートしてくれないだなどと、彼にはいつもの冗談だが、婚約者の前で誘いをかけるような言い方だった。そう思い当たるとコールの苦笑に若干気まずさを覚え、急いで話題を変える。

「ここのお料理、とてもおいしいですわ」

「気に入ってもらえたなら良かったよ」

「ええ、とっても。このお茶も、良い味ですわね。家族も気に入りそう・・・。帰りに少し頂いていこうかしら」

「エレノアは家族思いだね。それに、仲の良い家族みたいだ」

「いえ、そんな。弟にはいつも呆れられてばかりですわ」

「そう?」

そこで丁度給仕係が姿を見せたので、コールはエレノアのために茶を頼んだ。エレノアは、彼の仕草の一つひとつが紳士的で優雅であることにこっそりと見惚れていた。しかしコールが気付いて青みがかった目を細めて笑いかけると、エレノアは急に恥ずかしくなって、目を伏せてカップを見つめることしかできないのだった。


ガーラント家のその日の夕食は、酷く雰囲気の悪いものだった。

「ハロルド、猫が剥げていますわ」

「何のこと?」

明らかにつんつんして、不機嫌が隠せていないではないかとエレノアはため息をついた。

「全く、困った子だね」

ウィリアムも苦笑している。

「貴方がそんなに観劇に興味があったとは知らなかったわ」

エレノアの言葉に、ハロルドとウィリアムが妙な顔をした。

その表情の意味が分からなかったエレノアは、表情を見るとやはり親子だなと思いながら続けた。

「このお茶、いかがです?」

「ん?ああ、いつもと少し違うが、とてもおいしいね」

「帰りに寄ったお店のお茶を、少し買ってきましたの。お父様とハロルドが好きそうな味でしたから」

お茶で機嫌が直るとは思わないが、エレノア自身はアンのお茶を飲むと気分が良くなる。ウィリアムは相好を崩し礼を言ってくれたが、ハロルドはどうだろうかと見ると、むっつりと黙りこくったまま、茶器を睨んでいる。

「気に入りませんでした?」

返事のないハロルドに、今までのエレノアならば小さく息を吐いてため息を逃がしたことだろう。しかし、何事からも逃げないと決めたばかりである。物分かりのよい令嬢の顔で、自分のもやもやした気持ちから目をそらすことは止めようと思った。

エレノアは正面に座ったハロルドをじっと見つめてもう一度、声音を強めて尋ねた。

「気に入った?」

するとハロルドは数秒だけエレノアの目を見返した。

「・・・お茶はね」

土産を買ってきたことだけは評価してやろうという意味だろうか、まあともかく気に入ってくれたと思おうと、エレノアは自分も一口茶を口にした。爽やかな後味を楽しみながら彼女は、反抗期の弟というのは本当に気難しい、と微笑んだ。

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