エレノアの品種改良1
「エレノア様が戻っていらしてうれしいわ」
そう言って迎えてくれたのはカトレア。エレノアがホールデンに受講終了を願い出たときに、最後まで食い下がってくれた黒髪の令嬢だ。豪華な黒い巻き毛を動きやすく後ろにまとめた彼女は一つ年上で、魔法感知と危機察知を専門に修行していた。
一月ほど前、エレノアが亀と連呼していたとき、彼女はその同じ部屋で神経をとぎすませ、落ちてくる針を察知しようとしていた。そう聞くと自分の絶叫を思い出して大変申し訳ない気持ちになり、エレノアは冷や汗をかいて謝ったのだが、カトレアは気にしないわと笑った。むしろその程度で失敗するようでは駄目なのだと。
見回せば彼女らは実に様々な魔法を修行していた。その誰もが、格別魔力が高いというわけではないことにエレノアは気付いた。
ここに集まっているのは、魔力が高い選ばれた人間ではなく、魔法を何かの目的に役立てようと自ら志した人間なのだ。考えてみればそれもそのはず、この国では貴族の令嬢といえば美容と社交に精を出すものである。王立女学校に集まっているのは、本来高い魔力をもとうとも優雅に座って自ら魔法を駆使する必要のない人間なのだ。
「私は王宮で貴人を守る侍女になりたいの」
カトレアははきはきとこう言った。王族やその客人の警護には騎士がつくが、彼らが女性の貴人のそばに常にはべることはできない。そこで、妃や王女の侍女にはある程度の能力が求められるのだという。
「そういえばカーラは・・・」
「私?まあ、平たく言うと文官ね。魔力から何かを生み出すことは苦手だけど、もともとある物を形作ることは得意よ」
エレノアは、自分が長年親友と思ってきた相手の、夢も能力も知らなかったことに気付いた。
「私、本当に何も見ていなかったのね」
深い後悔を声に滲ませたエレノアに、カトレアは笑って言った。
「無我夢中のときは誰でもそんなものよ。貴方が見ていなかったのは、興味がないからでなく余裕がないくらい頑張っていたからでしょう」
だから私は貴方を歓迎するわ、と言われ、エレノアは心の底からうれしくなった。
「さあて、エレノアちゃん。君の課題はなにかな?」
「はい、魔法の発動が目視任せなことと、範囲を広げたときの魔力不足です」
エレノアは、アイリーン襲撃の際の問題点をそう分析していた。目視で分かってから亀を発動したのでは、刺客相手には危険すぎる。また、自分一人では余裕をもって出せた大きさの亀でも、人を守ろうと思えば小さすぎた。
「よろしい。僕もその二つが軸だと思うよ」
満足げに頷くと、ホールデンはまず、エレノアに魔力を効率的に使う訓練を言い渡した。
「エレノアちゃんは、もともとの魔力量の割に一度に大量の魔力を出すことができるのが長所だけど、それが原因で倒れることになったわけだ。だから、今より出す量を増やすんじゃなくて、節約して使えるようにしないといけないんだ」
「はい!・・・でも。これで、いいのでしょうか?」
力強く頷いたホールデンに、エレノアは、自信なく眉を下げた。
エレノアの課題は、小さな穴の開いた瓶を前にして、そこに魔法で砂を流し入れるという、ひたすらに地味な作業だった。長い時間糸のように細い魔力を出し続けることで、繊細な魔力の調整を身につけるというのだが・・・
「砂時計は見たくもない!」
エレノアのそんなわがままで、アンにはお茶の準備のための鎖時計が渡されることになった。
再びホールデンの授業を受けることを、エレノアは父とハロルドに伝えた。
父は危険な目にあう想定でエレノアが魔法の特訓を行うことに渋った。その辺りはエレノアも想定内だったのだが、ハロルドまで反対したのには驚いてしまった。
「ハロルドだって言っていたじゃない。何でやめたのかって」
ほんの数日で手のひらを返され、エレノアはハロルドに詰め寄った。
「賛成してくれると思ったのに!」
家族の誰も応援してくれないとはと、悔しくなってエレノアはハロルドをなじる。壁際まで追い詰める勢いの彼女に、ハロルドはぎょっとして後退る。
「それは、倒れる前の話でしょ」
「すごくすごく考えて決めたのに!ハロルドの裏切り者!」
「だって、また倒れたらどうするのさ」
エレノアもこうと決めると頑固だが、ハロルドも譲らなかった。
「だから、簡単に倒れたりしないように改良するの。そうじゃなきゃ技として使えないじゃない!」
「それで王女様を守るっていうんでしょ。なんでそんなことエレノアがしなきゃいけないんだよ」
「したいからよ」
「そんなのエレノアがやらなくても、ずっとしっかり守ってくれる侍女だの騎士だのがいっぱいいるよ」
エレノアは、ハロルドの正論に傷付いて一瞬ひるんだ。
こんなに自分の中で大きな変化があって、その結果として一歩踏み出そうとしているのに家族が誰も賛成してくれないこの状況に、エレノアは段々切なくなってきていた。そこにきてハロルドの言葉は、エレノアのちっぽけさを正しく伝えてくるものだったのだ。
エレノアの唇が震え、瞳が潤んだ。
「そんなの、知ってるわよ」
彼女の頬は、興奮で赤い。ぎゅっと組まれた両手の指は白い。
「でも・・・それでも、アイリーン様のこと大事なんだもの」
目の前で震えながら、それでも真っ直ぐ見上げて訴えてくるエレノアに、ハロルドは黙り込んだ。
不思議なことに、エレノアはこのとき姉らしくも令嬢らしくもない言動をとったのに、ハロルドは眉間に皺をよせることがなかった。ただ、綺麗な口元を片手で覆い、困ったような顔をしていた。
「・・・分かったよ。好きにすれば」
それは決して賛成の言葉ではなかったが、エレノアは満足した。
今まで家族に誉められることばかりを考えてきた彼女にとって、親の反対を押し切って行動するのは物心ついてから初めてのことだった。だから、たとえ一人でも家族の中に味方ができたことが、エレノアには心強かったのだ。
「もうね、ハロルドに負けるからって、逃げないことにしたの」
うれしくなったエレノアが笑顔でそう伝えると、ハロルドは怪訝な顔をした。
「何それ。意味が分からないんだけど」
いいの、と機嫌良く去っていくエレノアに、ハロルドは答えを問うようにアンを見た。しかし笑いを堪えるアンに気付くと盛大に顔をしかめて部屋を出て行った。
ちなみにハロルドより立場の弱い父・ウィリアムは、ハロルドの説得で渋々ながらエレノアの特訓を認めるのだった。




